日常の果て
それから私たちは列車に乗ってどんどん空へと旅立っていった。
本当に月の世界にまで届くのだろうか。
自分の口ではいいながらも、本当にそこまで行けるのかはまったくの確証があるわけではなかった。
けれどそんな私の気持ちを差し置いて列車はどんどんスピードを上げていって、銀河にも届いてしまいそうな勢いで進んでいく。
「銀河鉄道…ですか。ふふっ、あの人もあなたも面白いことをするんですね。」
「あの人?」
七瀬が親しみのこもった口調でそう呼ぶものだから、つい気になってしまう。
「あ、いえ。たいしたことではないんです。それよりも…。」
聞いてはまずかったのだろうか。彼女はその話題から逃げるようにして、あるものを取り出す。
それは二つの切符だけれど、両方色が違う。
「切符を拝見いたします。」
「うわっ。」
いつの間にか、私たちの座る席の横に赤い帽子をかぶったせいの高い車掌がまっすぐに立っていた。
七瀬はこれをといって小さな鼠色の切符を差し出す。
それを簡単に確認すると次はと私の方に振り返った。
そして、私が彼女から握らされていたのは…
「これは…。」
車掌は私の四つに折られたはがきぐらいの大きさの緑色の紙を見て開くとまっすぐに立ち直って丁寧にそれを開いてみていた。
そしてそれを読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていたしそれを開いて言葉を放った。
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」
え…?三次空間?
車掌が尋ねる。
「よろしゅうございます。南十字へと着きますのは、次の三時ごろになります。」
車掌は紙を七瀬に渡して向こうへと歩いていった。
「ふう…。」
なぜか緊張してしまった。一体これは何の切符なのだかと彼女に聞こうとすると
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どころじゃない、どこでも勝手に歩ける通行券です。」
さきほどから近くに座っていた乗客の一人がいきなり興奮気味にそう話しかけてくる。
「は、はぁ…。」
何だかよく分からないけども…。
そして、その後も私たちは様々な駅を経由しながら列車に乗り続けていた。
どこまでも広がる銀河の中、散りばめられた星をよそにとうとう月を越えてしまった。
「さて、そろそろですね。」
「ああ…。」
どこまでも続くと思っていた銀河の世界。
しかし、気付くと私は真っ白な世界に立っていた。
ここは…?
「ここがいよいよ魔女のいう世界の裏側、そして世界の果てです。」
なるほど、そこは確かに世界の果てなのだと思った。
周りを見渡してもどこまでも白の世界。そこには何も存在することが許されないような空間がただただ広がっていた。
「お別れです…。」
彼女の言葉に違和感を覚える。
「え?一緒に行くんじゃなかったの?」
「私は貴方と違ってここで降りることはできませんからね…。」
先ほど彼女が手渡していた鼠色の切符を思い出す。
「私はずっとこの世界に居続けます。繰り返される世界にも大事なものがあるので…。」
彼女の言葉でようやく思い出す。片桐や新堂たちは…。
「安心してください、彼女たちは無事ですよ…この世界が続く限りは。だから、あなたはどうか先に進んでください。自分が正しいと思った道を。そうすれば、きっとあの人も…。」
「…七瀬?」
慌てて後ろを振り向くと、彼女は消えていた。黒いビロードのようなものを残して。
……。
記憶を取り戻しても分からないことだらけだった。
彼女たちは結局私にとっての何だったのか。
けれど立ち止まってはいられない。
彼女たちを思うと、なぜかそんな気がした。
私は進んでいく、白の先にある青の世界へと。
そこに例えどんなものが待ち構えているとしても…。
私は進む、歩いていく
世界の果てへ。
そこでようやく目にしたのは新しい世界だった。