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逃避行

夢だったのだろうか.

死者の国からやってきた銀髪の少女。

自分がそう思ったのは、朝目が覚めて彼女を寝かせた部屋に見に行くとその姿がどこにも見当たらなかったからだ。

いない…というよりもまるで、最初からそこにいなかったかのように。

「これって…。」

けれど、そこにはある物が置いてあった。

「時計…。」

彼女が寝ていたであろうそこには、古めかしい時計があった。

……なぜだろうか。

それは初めて手に握ったはずなのに、ひどく懐かしくて。

私は無言でそれを手に取り、無意識的にポケットへと仕舞った。


「悠…。」

片桐の嬉しそうな笑顔を横に、私は久しぶりに授業に出てみることにした

なんとなく過ごしていた自分の日常。

毎日が自分の知らない遠いどこかへと一瞬に消えてしまうのではないか。

手元にある時計から発せられるような臆病な気持ちに押しつぶされるようにして学校の椅子に座っていた。


不思議と何度も彼女のことを思い出す。(もしかしてこれって…恋!?)

「もちろんそんなわけないけど…。」

眩しい光を受けながらも空調の効いた教室は意外と居心地がよかったものの、私はその良さに馴染むことはできそうになかった。

だが、自分の眠くなる病のもあってかこのままだと寝てしまいそうだ…。

机に突っ伏しながら、うとうととしていると教師が意外な言葉を口にした。



「突然だがみんなに、報告がある。今日から一人、うちに転校生が入ることになった。早速だが入ってきてくれ。」

教師のその一言にクラスが一瞬ザワつく。

合図とともにガラりと扉の開く音がした。

「はい。」

少女の凛とした声。そして、同じ制服を着た彼女は教室の前へ立ち声を発する。

彼女の声に眠気が一瞬にして消え去ってしまう。

「七瀬星奏と申します」

「ええと…。」

彼女は少しだけ何か考え込むように左右の瞳を揺らしたあと…。

「親の都合で、隣の県からやってきました。昔から学校の方を転々として、慣れないことが多々あると思いますがいろいろ教えてもらえると嬉しいです。」

「みなさん、よろしくおねがいします。」

一礼。

彼女を目にした同級生からどよめきが漏れる。

そのどよめきには感嘆、見とれの感情が込められていた。


そうだ、彼女は美しかったのだ。

いや…、あまりにも美しかった。

昨日目にしていたのもあったが、学校の制服を身に凛とした表情の彼女は別人のようにも見え、その輝きを灯したような美しさのこもった微笑は、周りの男子だけでなく女子すらも虜にしてしまう。

まるで、人の心を簡単に手繰り寄せるように…。

「七瀬さんは越してきたばかりで分からないことがたくさんあるだろう。みんな、仲よくな。よし、それじゃあ早速空いている前の席に着いてくれ。」

「はい。」

彼女はゆっくりと歩いていくと、奥から二つ後ろの席へと腰を下ろした。

彼女への視線は、まだ他の生徒たちによって釘づけだ。

「じゃあ早速だが、授業を始めるぞ。」

こうしていつもとは違う一日が幕を開いた。


「七瀬さんって…」

「へぇ~!そうなんだ!…」

ガヤガヤ…。

授業の時間が終わるたびに、彼女の周りからは楽しそうな声が聞こえる。

彼女を取り巻く声に誘われ、他の生徒も何だ何だと彼らの中に加わる。

彼女は美しい花のようだ。

蝶や蜂を誘う、鱗粉を餌に優雅におびき寄せる美しい花。

今日という一日であっという間に、彼女は人気者であるポジションを獲得したようだ。

同時に彼女は人と話すことに慣れているようで物腰が柔らかく、対応が一つ一つとても丁寧だ。

笑う生徒が多いのも彼女がそういった力を強く持っているということなのだろう。

「…!!」

彼女と視線が合う。

そして何を思ったのか

パチッ。

なぜか突然ウインクを送ってくる。

瞬間、彼女に突き刺さっていた視線がこちらに向けられた。

訝しむように自分に突き刺さる棘のような視線。

生憎私はクラスの連中と仲が良い訳ではない。

どちらかというと、極力関係を持たないようにしてきたので、彼らが私に良い感情をもっていないのは確かだ。

やっぱり授業なんか受けるなんじゃなかった。

周囲からくるだろう彼女との関係について聞かれる前に、私は教室を飛び出す。

「悠くん…」

片桐の掛ける声が聞こえたがもう面倒だ。

私は屋上に向かおうと、教室に入るより見慣れた階段を昇っていった


「ここが一番だな…。」

元々人に囲まれて何かをするというのは抵抗があったし、今日は何かと騒がしくて叶わない。

貯水用のタンクが設置された白いコンクリートの壁に背を預けて、適当に本を読んで時間を潰すことにした。

本を開こうとすると、見開いたページを影が覆った。

「ん?」

上を見上げるとそこには…。

「何を読んでいるの?」

自分に話しかける、制服を着た女の姿があった。

一人ぼっちの私のために、誰かがよこしてくれたのだろうか。とくだらない妄想をしてしまった。

まあ、そんなわけないのだけどね。

「日月両世界旅行記…。言っても分からないと思うけど。」

「ああ、シラノね。いい趣味をしているわね。月の世界に旅立つご予定でも?」

彼女が自分の読む本を知っていると分かった途端、童心めいた好奇心が湧き上がる。

「いや、昔夢を見たんだよ。面白い夢をね。」

「面白い夢?それってどんな?」

なぜか目を輝かせて、しきりに尋ねてくる少女。

「どうしても聞きたい?」

「うん、どうしても。」

どうせ暇だし彼女と会話するのも悪くないか。

いつの間にか、彼女に対する敵対心めいた暗い感情はどこかへと消えていた。

私は彼女の透き通った肌の顔を見ながら、語るようにして話を進める。

「そこでは、どこか宇宙みたいな空間に漂っていて…月に住む女の子が私の元にやってきて助けてくれる不思議な夢。それでこれに興味を持ったんだ。」

「夢…ねぇ…。なかなか興味深いね。」

今話しているのは日月両世界旅行記という、主人公が本当に月が地球と同じような天体であるかどうかを確かめるために、いくつかの装置を作成し、月を目指す物語だ。

やっぱり昔の人は良い物語を書くんだよなぁ…。


「それよりも…何でこの場所に入れたんだ?」

確か鍵は職員室にあるものと自分が手にしているものの二つしかない。

すると、彼女は鍵を取り出した。

「貴方だけじゃない、私ももっているの…。保健室でサボるのは何だか味気ないからね。教師の目を盗んで作っちゃった。」

彼女の言葉に自然と興味がわく。

「君もサボるのか…クラスは?」

私がそれを言うと、彼女は大きな溜息を吐いて

「やれやれ…自分と同じクラスの名前くらい覚えておきなさいよ…。」

「私の名前は新堂。よろしくね橘さん。」

初めて会話を交わしたその少女は自分の名を新堂と呼んだ。

「ああ、よろしくな。」

同じクラスだったのか…確かに…。

初めてあったはずだけど、私たちはもう何度も会話を重ねていた気がして少し気が変わった。

「この後って時間空いてる?」

「もちろん空いてるわよ、この後もサボる気満々だったし。」

「それなら…。」

私は彼女にある提案をすると

「時間潰しにはもってこいね、いきましょ。」

私たちはそっと学校を抜け出した。


うるさいとはまた違う、賑やかな騒音が私たちを取り囲む。

やってきたのは街中に位置するゲームセンター。

ここに来るまでに何度か会話を重ねていると、ほぼ初対面にも関わらず、趣味や気がよく合うようだ。

WIN!!

画面内に連なるWINという連勝の数。

お互いにやり始めた対人の格闘ゲームで、私たちは何かに目覚めたように連勝を重ねていた。

「なんなんだこいつら!?」

「ビクともしねぇ!?」

何だ何だと集まってくるギャラリーをよそに、私たちはただひたすらレバーとボタンを動かし続ける。

「目指すは20連勝!!」

「ええ!!」

こういった好きなゲームならば、人に囲まれるのもそんなに悪いことじゃないな…。

そんなことを思いつつ久しぶりに白熱したこともあって、時間はあっという間に過ぎていった。


「いや~!楽しかった!」

「こんなに楽しめたのは久々でした。」

気付くと、時間は午後の六時を指していて、周囲の街灯がチカチカとつきはじめた。

辺りはほんのりと薄暗くなり始めている。

「この後はどうする?」

朝と変わらない軽快な調子で尋ねてくる。まだまだ元気がありあまっているようだ。

「ええと…まだ時間は大丈夫なの?」

「ええ、まだ全然平気よ。どうしましょうか?」

そろそろ解散しようと考えていたところだけど、どうしようか…。

ああ、そうだ…。

まだ昼飯すら食べていなかったんだ。

ゲームに熱中し過ぎて、私たちはお互いに飯をたべていない。

今更急激な空腹に襲われる。

それなら…。

「ここのすぐ近くに、私の家があるんだけど…。寄っていくかい?まぁ、大した物はないけど。」

「え?それはうれしいけど…いいのかい?」

「まあ、わけあって一人暮らしだからね。寄っていって。」

「なるほど、それなら…お言葉に甘えて。」

確か、大量の冷食が冷凍庫に入っていたはずだということで、私たちは早速自宅に向かった。

が…。

「ただいまー。」

「あっ、おかえりなさい。」

「……。」

帰ってくるはずのない返事が返ってきた。

しかも、その声の正体は…。

「何で声を掛けたのに逃げちゃうんですか。まったく…。」

「お前…。」

オッドアイの瞳でこちらを見つめる銀髪の女、七瀬がそこにいた。

一人暮らしの私の家に、しかもエプロン姿で。

「……。」

「はっ!!」

だんまりとした私の表情に驚愕する彼女。

すると何を思ったのかこちらに親指をぐっと突き立てるとビシッとしたポーズを取り

「大丈夫だよ!一人でも全然寂しくなかったから!!」

「子どもかいお前は!!」

突然の出来事に驚くよりも先に突っ込みをいれてしまう。

新堂も驚いた様子で私を見つめる

「…この子って…。誰…?」

あっ…、そもそも教室にいなかったのね。

「初めまして新堂さん、橘さんと同じクラスの七瀬と申します。」

「ささっ、もうすぐ夕食ができますから。」

どこからか良い匂いがする。

まさか…。まさかこの女は…。慌てて台所に駆け寄るとそこには…。

「何てことだ…。」

夕飯があった。

しかも、今まで目にしたこともないぐらい豪勢な食事が所せましと並んでおり、買った覚えのない食材まである。

「あと、橘さん。これを」

彼女から手渡されたのは手紙だった。

開いて呼んでみるとそこに書いてあったのは、親からの手紙。

しかもそこに書かれていたのはとんでもない内容だった。

「なぜだ…なぜなんだ…。」

疑問を抱えながら、三人で食卓に着く。

書かれていた内容は、両親からの手紙で一人親戚の子と暮らして欲しいという訳の分からない文だった。

「こんな手紙なかったはずなのに、どうして…。」

毎日投函されているポストは確認していたはずだれど…。

もう一度手紙を見てみる。

今自分の手にしている手紙には、確かに両親の直筆のものだった。

「まあ、そんなことはどうでもいいじゃないですか。今は楽しく食べましょう!!」

気を取り直したように彼女が明るく声を振舞う。

「ささ、新堂さんもどうぞ。」

「ああ、ありがとう。いただくよ。」

「一体どういうことなんだ…。」

頭を抱えてしまう。

まぁ、彼女がやってきたのは嫌ではないのだけど…。納得できないなあ。

「魔法かもしれませんね。」

「魔法?」

一体何を言い出すんだこの子は。

「まぁそれはさておき…。橘さん、昨日は倒れていた所をありがとうございました…。」

「あ、あぁ。それよりも、あれは何だったんだ?」

「あれ…とは?」

「私と会ったときの不思議な光景というのかな…あれって一体…。」

「え?それって昨日のことですか?私は自分が倒れていたことしか覚えていませんが…。」

……。

幻だったのだろうか、あれは。

私だけが知っている、彼女のいた風景。

彼女のいたあの世界は、私の夢の産物だったのだろうか。

結局私は昨日の出来事に確証を持てないまま、ただ呆然としてしまった。

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