旅立ち、死者の国へ
私は眠るのが得意だ。
というのも私にはどうしても突発的に眠くなってしまう癖がある。
眠くなる、というよりは…。
「こう…意識が何かに奪われてしまうような感じ。」
ソ連時代にロシア領だったカザフスタンの村、カラチでは眠り病という病が流行しているらしい。
「もっとも、あれは一酸化中毒によるものらしいけど。」
という訳で、私はそんな自身のため(サボりなのだが)学校を抜け出して帰り道にある河川敷で一休みを取ることにした。
「片桐に迷惑かけるわけにもいかないからな。」
風が吹く。
その風は冷たく、初夏である今の時期にはとても心地が良い。
川を結ぶ橋からは電車の走る規則的な音が流れる。
腰を落として芝生の上に背を預けるとすぐに緩やかな睡魔に襲われ、私は流れるようにして意識を閉じていった。
けれど・・・。
閉じたはずの意識は世界のどこかで目を覚ましてしまった。
「これは・・・」。
見覚えのある、けれどどこか歪な風景。
けれど、目に映るそこはなぜか鮮明に映っているような気がした。
これは夢だ。
とっさにそう感じとともに鐘が鳴る。
初めて耳にする。けれどどこかで聞いたような音の旋律
すると自分を覆う白が青い光に包まれ、一瞬だけ白の世界を青が染める
「……。」
「あれを目指しているのか?」
彼らの行く道の先には、一点に輝く星が見え、そこからは少女の歌が聞こえた
その方向へ目をやるとそこには・・・。
天使がいた。
美しい銀髪の長髪をたなびかせて、歌う天使は背についた羽を咲き誇らせながら歌う
私はその歌声にどうしようもなく心が落ち着くのを感じる。
いや、まるで心そのものを溶かされているような・・・。
「……。」
私を呼ぶ声が聞こえ、後ろを振り向くとそこには人がいた。
「待ちくたびれたよ。」
「ほらっ、はやく行こう。」
彼らに腕を掴まれて、私も白い人形たちの中に加わる。
しかしよく見ると、かれらには身体がない。
いや、正確には白い人形のようだった。
頭のないもの、腕がないもの、足がないもの。
しかし彼らはまったくそれを気にした素振りを見せず、皆でどこかへと歩いている。
皆で歩く。
私が歩いていく。
夢の果てまで続く道。
少女の歌に合わせて鐘がなる。
そこでようやく、その旋律が何かを壊す音だと気がついた。
私の視界が
私の音が
私の心が
私の世界が壊れていく音だ
白く霞んでいく視界の中で、横にいた人形が倒れこんでしまう
しかしそれはよく見ると・・・
「??」
うつろな目をした片桐の骸だった。
「!!」
何かものすごく大きな音がして私は目を覚ました。
自分はどこか違う世界に戻ってきてしまったのではないか。
そんな気持ちを抱いたのは寝ていたはずの自分が森に包まれた別の場所にいたこと
そして、夕日のような日の光を受けて立つ少女の影が見えたからだ。
そのシルエットを目にするだけで、彼女がとても美しいのだと気づいてしまう。
その時
「この花びらは…。」
自分の視界を疑う。
「桜・・・?」
いや違う。
こんな時期に桜などあるはずがない。
けれどそれはよく見ると、その花びらは淡いピンクがなく、代わりに透き通るような白。
白く美しい花びらが自身で浮力を得たようにして、彼女の周りを軽やかに舞っていた。
花びらに浮かされるようにして、そよがせる彼女の長く美しい銀髪。
「・・・・・・。」
ふと、振り向いた彼女と目が合う。
抱きとめれば折れてしまいそうな華奢な身体
左右に異なる二つの双方
宝石のような丸みを帯びた赤と青の綺麗な瞳に不意に心をわしずかみにされると同時に、先ほど目にしていた死者の国での続きを見せられているような居心地の悪さも感じた
白い桜は夕日の光を浴びながら周りに死臭を匂わせる。
まるで、大事な何かを訴えかけるようにして
湧き上がる感情の起伏に混乱する私を目の前にして・・・。
そんな私を
思考を遮断させる一言を彼女は放つ。
「・・・お腹が」
「・・・へ?」
「お腹が減りました・・・」
さきほどの威圧的な雰囲気はどこにいったのか
彼女はそう言うと、倒れこんでしまう。
慌てて彼女を抱きとめる。
「お、おい!」
びっくりするぐらい彼女の身体は軽い
慌てて声を掛けるが、代わりにかえってきたのは安心したように眠る彼女の寝息だった
「zzz・・・。」
ええと・・・。
とりあえず、私の感情を弄んだことを謝罪してほしい。
彼女を軽く揺ってみるが起きる気配は一切ない・・・。
「やれやれ・・・。」
気づくと、周りに漂っていた桜はもうどこにもない。
「帰るか・・・。」
このまま放置していても大丈夫そうだが・・・
誰かが、気づいて何なりしてくれるだろう。
誰かが・・・
私は早々とこの場所を立ち去ろう。
立ち去ろうとして・・・
「私も世話焼きな奴だったとは・・・」
背に少女を担いで自宅へと足を向けた。
自分の偽善にも似た行動を恨めしくおもったまま、帰路に着いた。