私の始まり、それは屋上
時刻は午後七時。
明るかった空は夜の星座に隠されているものの、その明るさに少しだけ空の青さが滲む。
「いつもと変わらないなぁ。」
「そんなわけないでしょう…。」
呆れるようにして返事をする少女の声。
「屋上で夜まで寝ていたなんて信じられないわ。」
「昔の人は言いました。食欲なき食事は毒であるように、意欲なき勉学は身につかないと」
「ダヴィンチの言葉を出すなんて、ほんとねじ曲がっているんだから…。」
「まぁそう言わずに、星も綺麗に見えるのだし。」
「いや、それは違うじゃない。はぁ…まぁいいわ。明日はちゃんと来なさいよ?」
「はいはい。」
彼女は同じクラスメイトの友人 五鈴 詠
部員の少ない天文部員の部長で、こうしてたまに星を観察しにくる。
「さてと。」
彼女は、傍にある高そうな望遠鏡を手に何かを期待するように空を眺め始めた。
「……。」
丸い包みをのぞき込む彼女は空をのぞき込み、手探りで星を眺めようとする。
「今日はどんな星をみているんだ?」
「大三角よ。夏の大三角。」
彼女はそういって目を輝かせるわけでもなく、何かに食い入るようにして星をのぞき込む。
その小さな接眼レンズは彼女からしてみるときっと新しい世界への入り口なのだ。
そこからはどんな世界が見えるのだろうか。
私と彼女が決して行くことのできない星の世界。
その世界で、私たちはどのように映し出されているのだろうか。
おそらくそこは鏡を映し出すようにして…。
星は何かを問いかけるようにして私の頭上を飛び回り
そして消えていった。
「いつもと変わらないなぁ・・・」
自分を埋め尽くす青い空、そして白い雲。
「この後の授業とかもう受ける気もないし…学校ごと滅んだりしないかな。」
「こう、ノストラダムスの大予言的な…。」
空を見つめ形にもならない空想に浸っているとふと誰かがいるかもしれない
そう思い周りを見渡してみる
……。
けれど、代わりに出たのは自分の間の抜けた言葉だった
ここは学校の屋上。
私は気がつくと、いつもこの場所に立っている。
強い日差しが照りつける虚無の空間。
こんな場所にいる理由はもちろん、授業をサボることのできる場所であること。
ごくありふれた場所
ごくありふれた時間
そんな私を取り囲む「ありふれた」を青で塗りつぶされた空と雲が演じる。
「ずっとここにいるわけにはいかないよなぁ…。」
授業がどうも面倒に感じてしまい、当たり前のように抜けだしてしまった
「昔の人は言いました。食欲なき食事は毒であるように、意欲なき勉学は身につかないと」
レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉。
「昔の人は良いことを言うものだね。」
(いや、ダメなのだけど・・・)
鐘の音が聞こえた
それは学校のチャイムなのだけど、それは遠くから聞こえたような気がした
どこか遠くで…
「また月曜日から始まるのか…。」
そう考えるだけで、体中から倦怠感が押し寄せる。
月曜日は始まりの日
疲れを知らぬ電車や車は人々を乗せて走り、彼らに大人しく運ばれる人々と喧騒の波が私たちの日常を覆い始める。
しかし、そんなけたたましく動き始めた世界でも、私のいるこの場所だけは一定の静謐さを保ち続けていた。
まるでこの場所だけが、世界から切り離されてしまったかのような…。
再び鐘が鳴る。
今度はより近くで、よりはっきりと。
しかしそんな音でさえもこの世界にまで響くことはないような気がした。
静けさで満たされた世界。
密閉された白と青の世界
私はそんな世界をひっそりと見つめていた。
ただ一人で…。