十年後の君へ
タイムカプセルを埋めようと言ったのはあの子だったと思う。
純粋で、未来に夢を見ていた少女だった。
つい先日、そのことを思い出して聞いてみれば、全く覚えていない、とそんなことを言われた。ぽりぽりと頭を掻きながら記憶の欠片にも無いとそんなことを言われた。あぁ、まぁ、そんなものなのだろうな、と思った。
そして、ちょうど十年後である今日。タイムカプセルを埋めた場所へ行った。
埋めたのは小学校の校庭。その片隅にあった木の根元だった。あの頃は僕達と同じ様な背丈だったけれど、今は……足元に満たなかった。
校庭を重機が走り回っている。
がらがら、がらがらと音を立てて僕達の想い出を……いいや、覚えていたのは僕だけなのだから、僕の想い出を、といった方が良いだろう。重機が僕の想い出を壊していた。なんともいえない物悲しさを覚えながら、けれど、涙の一つも流れない。
がらがら、がらがらと音を立てる重機を眺めながら、情緒の一つもない看板を眺める。施主がどうたら工事期間がどうたらと書いてある。僕の想い出を壊す免罪符はそんな程度のものだ。
胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火を付ける。白い煙が立ち上る。鼻につく匂いが周囲に広がった。
すぅと吸い、ハァと吐く。
すぅと吸い、ハァと吐く。
その後、二、三度繰り返し、携帯灰皿に火種を押しつけてポケットにしまう。少し、熱かった。でも、今の気分にはちょうど良い。
「なんだったっけね」
十年前の自分が願ったことは何だったのだろう?これで一生分からなくなった。
今から工事現場に忍び込み、それを奪ってくる気もなく、僕はその場を後にする。
ここにはもう想い出も願いも夢見たものさえないのだから。
あの頃のように駆けることなく、ゆっくりと靴を鳴らしながら歩く。
―――
「あーっ!」
突然の奇声に周りのみんなが驚いて私を見た。
ぽりぽりと頭を掻きながら、照れ笑い。
ふいに思い出した。
未来の私はどうなっているのだろう?
そんなことを考えながら、五年前に手紙を書いたことを。
ピンク色の便せん。お母さんにお願いして買ってもらったものだった。子供をみるような---事実、お母さんの子供だけれど―――生温かい視線を頂いたのを今でも覚えている。
その便せんをおやつの缶に入れた。
金属製の缶。
先生はこれで十年は大丈夫だと言っていた。安心したのを覚えている。
五年前の自分にとって十年後なんて遠い未来で、それこそ宇宙旅行だってできているだろうなんて、そんな風に思えるものだった。五年経った今、そんなことはないのだと知った。十年後は、どうあがいても五年後の延長であって、遥か遠い未来じゃないのだと知った。
それを大人になるというのだろうか。
だから、だろう。子供だった自分が、夢見がちだった自分が何を想い、何を書いたのか気になったのは……あるいは過去の自分が恥ずかしくなったのかもしれないが……気がつけばその場に向かっていた。
目印となる木の根元。その前に立つ。
感慨深い、というのはまだ早いようにも思う。けれど、来年は高校三年生で、その次の年には高校を卒業するのだ。みんな、離れ離れになるのだ。長いようで、短かったように思う。あの頃の夢見がちだった私はどこにいったのだろう。ふいに寂しくなった。
がり、がりと地面を指先で掻いていた。
爪の隙間に泥が入った。汚い、と思った。思ってしまった。泣きたくなった。あの頃はそんなこと思わなかったのに。歯を食いしばりながら地面に穴をあける。かりかり、かりかり。無駄なことをしているような気分になってくる。スコップの一つも持ってくればよかった……あぁ、そんなものがあったことさえ忘れていた。率先してスコップを手にしてクラスメイト達と一緒に穴を掘ったというのに。
何かが頬を伝う感覚。
袖で拭いながら、何でこんなことをしているのだろう、そんな想いを抱えながら掘って行く。
がりがり、かりかり。
気がつけば陽は沈んでいた。
休日に小学校の校庭で穴を掘る女子高生。通報されてもおかしくないのに、誰にも見つからず、私はそれを見つけた。
錆付いた五年前のおやつの缶。
それを手にするのは泥だらけの手。まるであの頃のようだった。なんだかそれがおかしくて笑った。
ぐっと力を入れる。
ごめんね、皆。
あんなにもタイムカプセルを埋めたいと願っていた私でさえ、覚えていなかったのだ。他の皆も覚えていないだろう。でも、あやまりながら私はその缶を開けた。
―――
「なかった」
帰り際、手持無沙汰に道路で突っ立っている夢見がちな少女だった彼女を見掛けたので声をかけた。
「私の記憶にはそもそもないよ」
ぽりぽりと頭を掻きながら少女が言った。
あの頃と比べると大人っぽくなったな、とは思う。けれど、そういう所は昔から変わらないな、と笑う。同時に、そういえば先日もその仕草を見たな、と思い出す。
「何?なによ?なんなのよ?」
きっと恥ずかしいことを書いたから思い出したくなかったのだろう。知らない振りをしたのだろう。なるほど、といまさらながらに気付いた。
そんな彼女が愛おしくてついついまた笑った。
一体何を書いたのやら。この様子ならきっと覚えているのだろう。その内、教えてもらうとしよう。きっとこの先も彼女とは一緒だから。
しばらく煙草は必要なさそうだった。
―――
『じゅうねんご、ぼくのとなりにはだれがいる?―――ちゃんがいてくれたらいいな』
『じゅうねんごもにじゅうねんごも---くんとずっといっしょにいたい』
了