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# 4

結局その日は母に連れられて家に帰った。

母はとっても心配してくれていて、車に乗って帰る前に程よく涼しくしてくれた。

ただ、なにか琴葉がすごく気になっているようだった。

私も気になっていた。あの目を伏せる感じ、琴葉がなにか隠し事をしているときの感じだ。

なんなんだろう。


                       ***


家に帰って私が最初にすること、それは仏壇に行くことだ。

三日坊主の私も、これだけは欠かさずに毎日やっている。


「ただいま〜、お父さん。」


父は私が生まれる直前に亡くなってしまった。

だから私が知っている父はいつも写真の中にいる、とても優しそうな(娘の私が言うのもなんだが、ちょっと男前な)人。

実際とても優しかったらしい。


母が父の話をするときは決まって梅干しを食べているときだ。

梅干しを食べると、父のことが鮮明に思い出されて嬉しいらしく、三日に一度は絶対に梅干しを食べる。

梅干しを食べながらぼんやりと父のことを考えていることもあれば、私に話して聞かせてくれることもある。


「結婚記念日にね、お父さんはね、仕事で遅くなりそうだから今日は帰れないーなんてウソの電話を入れて、すねてお酒飲んでた私に花束持ってきてくれたのよ!そりゃー綺麗だったんだから。」


「お父さん、誕生日に熱を出したことがあってね。子供みたいに拗ねてたのよ、今年は歳をとったことにはならないから、なんて言ってね。ふふふ。」


こういう話をするとき、母の顔はすごく綺麗で、なんだか若返って見える。

私が生まれたのが結婚して7年経ってからだから、きっと思い出がたくさんあるのだ。



「今日はまた溺れちゃった・・・・・・。お母さん、なんとかして私を水泳の授業に出さないで済む方法はないかって考えてるみたい。」


今日で溺れてしまったのは3回目だった。

さすがに学校も、私が溺れることに対して目を向け始めてしまった。

学校もどう対処したらいいのかわからないのかもしれない。

プールに入る前の準備運動もちゃんとやっているし、第一泳げる距離が少なすぎる。

10メートルも行けずに、足が痙って溺れるとか、ちょっと笑えないと思う。


「でも、ちゃんと水泳はやらないといけないし・・・・・・。学校の授業だからねー。ただ、これ以上溺れるのが続くと・・・・・・。」


続くとどうなるんだろう。

水泳をしないように言われるのだろうか。

特別レッスンみたいなのを受けないといけなくなるんだろうか。


特別レッスン・・・・・・。力がある限り意味がないんだけどなぁ。



それはそうと。


「お母さん?」

「なにー」

「琴葉、なんか気になるの?」

「・・・・・・ん〜?」

これは、何かに集中していて返事をまともにしない感じだ。


私は正座していた足を崩して立ち上がり、母の声のする方へ行く。多分、洗面所。


お母さん、やっぱり洗面所にいた。

鏡を掃除している。


ふうっと鏡を吹いてから、母は私の方に向き直った。


「ごめん、聞いてなかった。なんだっけ。」


やっぱり聞いてなかった。


「だから、琴葉のこと、気にしてたじゃん。確かになんか様子おかしかったからさ、お母さんなんか知ってるのかなーって。」


母はウンウン、と頷きながら聞いて、首をかしげた。


「うーん。お母さんも分かんない。様子おかしかったからさ、どうしたかなーって。あと・・・・・・」

と、最後に言葉を濁す。

アヤシイ。


「なにー、やっぱりなんか知ってるんでしょ。」


「んーと、知ってるっていうか、あったねーというかやっぱりねーというかなんというか。」


さっぱり、訳分からない。


「ちょっと、しっかり教えてよ。琴葉私の親友だよ。お母さんなんか思ってることあるなら教えてってば。」


「あのねー、えーっとねー、あれ。なんだっけねー、忘れちゃった、ごめんね。」


ご、ごまかしたっ。

っていうかごまかすの下手くそ過ぎ。

でも、母がこういうごまかし方をするときは、本当に話したくないときだ。

こういう時はなにも聞かない方がいい。


「分かったよもう、知らなーい。」


階段を駆け上って自分の部屋に入る。

階段を上っている時点であっつい。しかもその暑さがだんだんと増してくる。本当に夏は暑い。暑いから夏なのか、夏だから暑いのか分からないけれど、なんだかもうどっちでもいいから涼しくなって、と思う。


夏にクーラーも扇風機もない私の部屋に入ると、なんだか蒸されてる肉まんみたいな気分になる。


あまり長居はしたくないので、本棚めがけて突っ走り、真っ青な大学ノートを掴んで部屋を走り出て階段を駆け下り、クーラーの効いたリビングのテーブルに座る。


この真っ青な大学ノート、一応私の日記帳だ。

「一応」がついたのは、私が日記を書くというのがとっても稀だからだ。


日記なんて思い出した時にしか書かないので、前回日記を書いたのがいつかなんて覚えてない。


ノートを開くと、最後に私が日記を書いたのは3月18日となっている。

もう4ヶ月ぐらい前だ。これ、日記って呼んでいいんだろうか。


筆箱からお気に入りのシャープペンを取り出す。

去年の誕生日、琴葉にもらったものだ。


日記(?)を書き始める。



[六月二十三日 (火)]

今日はプールでまた倒れてしまった。

琴葉の様子がおかしい。なんだか目を合わせてくれなかったし、あの様子、なんか隠し事をしている。

私に隠し事なんて珍しい。いつか教えてくれるんだろうか。


まだ体が重いし眠いので、おやすみなさい。



こんなもんか。

前回なんか、「今日は寒かった。日記のこと思い出したので書いてみた。バイバイ」で終わっている。

やる気のなさが滲み出てるなぁ、私の日記。


本当に眠い。

力を使ったのと溺れたのとで体がすごく重い。


─琴葉、どうしたのかなぁ。いつかちゃんと言ってくれるのかな。言ってくれなくてもいいけど、言ってくれたら安心。

そうだ、明日ちゃんとお礼言わない、と・・・・・・。


その後私は、日記の上に突っ伏して眠ってしまった。

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