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公開恋愛

かいちにーさんという人

作者:

崎 海知の母親は、いわゆる深窓の令嬢、だった。

某財閥当主の末娘として生まれ、文字通り掌中の珠として慈しまれ、わがままいっぱいに育ったそうだ。


何の間違いか一介の会社員にすぎない海知の父に惚れ、「いつものように」「傲慢に」「慈悲深く」手に入れようとしたところ。

それはこっ酷く、嘲笑いながらフられたそうである。


泣いて喚いて当主に縋り、取り巻き達には嫌がらせを指示し。

何度も何度も手を変え品を変えて父を手に入れようとするが。


幼い頃に両親を亡くし、己が才覚と努力とそれはいい性格とで生き抜いてきた父はあしらい続けた。


数年に及ぶ攻防の末、最終的には跪いて泣きながら愛を乞うた母を娶った父は。

以降、周囲が驚く程に母を溺愛した。


曰く。

「馬鹿過ぎて可愛い」そうである。


父の言葉を絶対とする母は、海知が父に似てくるごとに喜んだが、

海知自身は、妻に対するアレコレを「最初の躾が肝心だからね」と言い切る人にはあまり似たくないと思いながら成長した。


休日にはなかなか寝室から出てこない夫婦と共に建て売りの一軒家で暮らし、

たまに母の実家に招かれて望むままに様々な教育を受け。


とある理由から志した報道世界に向かう道として進んだ日本最高峰の大学で、政治家に転身する程の大物キャスターが多数在籍していた報道研究会に所属し。

3年次には代表を務めるまでになった。


祖父から繋がる人脈も着々と広がり、予定通りの人生を歩んでいると信じていたその時に。


崎 海知は彼女を見つける。


自分もこなした新入生総代の挨拶を、その少女はニコニコと笑いながら原稿も見ずに終えた。

会場中の視線を独占する美貌。

ウェットに富んだスピーチ。

騒がれている事をものともしない舞台度胸。


これは逸材だと、報道研究会への勧誘を検討し出し、だが何故かあっという間に纏わり付き始めた羽虫のような連中を分け入って近づく気にはなれず。


何となく少女を視界におさめながら一ヶ月が過ぎた。


珍しくも1人で正門を出て行く少女を見かけ、絶好の機会だと追いかけて。

現れた男の声高で支離滅裂な言い分に眉をひそめる事になり、声をかけそびれる。


『あんな男、彼女の周りで見た事はない』

『婚約?』

『浮気ってなんだ』


何故か男を拒絶しない彼女のきょとんとした顔に、ムカムカとドス黒いものがこみ上げる。


それでも自分はまだ彼女の知り合いですらないのだからと、成り行きを見守っていたのだが。

男に腕を掴まれて彼女が引きずられて行くに至って、ブチリと何かが切れた。


「いいかげんにしなさい」

常にない強さで吐き捨てて、初対面となる少女を頭から叱りつけた。




〜〜〜〜〜〜〜〜


「かいちにーさん。鹿島先生から頂いたお題のレポートを見て欲しいです」

「かいちにーさん。月島教授に、この間の論文をフランスの学会誌に出せって言われたんですけど」

「かいちにーさんとご飯が食べたいです」


『助けて欲しいなら口に出しなさい』「判断に困ったら相談しなさい」と教えたら、少女は事あるごとに海知に話しかけてくるようになった。

報道研究会にも即時入会したし、「急な誘いには簡単に乗るな」と教えたら、知り合いであろうとも断るようになった。

羽虫のような連中に囲まれていても、海知を見つけると走り寄ってきてニコニコが倍増する。

待ち合わせれば、海知がどれだけ遅れようと文句ひとつ言わずに待っているし、

何の約束もない時も、海知を探して部室や教授室をウロウロする。


撫でてやれば幸せそうに笑み崩れるし、叱ればうなだれて許しを乞う。

海知が人と話していると、後ろに立ってシャツの袖をちょんと掴んで終わるのを待つ。


海知に交際をねだる女性に対してはあからさまに苦手感を示し、

「どうしましょうか」と呟けば、泣きそうな顔をしてみせる。


あまりにも可愛くて。

決定的な言葉を与えないまま、彼女を傍に置いた。


羽虫は少しずつ減ったが、まだまだ飛んでいるのだから所有権は明示すべきと考え、

論文で賞を得た褒美としてネックレスを贈り、常時着けるように指示する。


先に卒業する時には、「待て」が出来るのだから良い子にするように言い含め、

一人暮らしを始める自宅マンションの合い鍵を持たせた。


毎日メールで動向報告があり、海知が帰れない日が続くと、部屋に上がって掃除をしておいても良いかと聞いてくる。


深夜に帰りついて、温めるだけに準備された食事の横に「逢いたいです」だの「声が聞けなくてさみしいです」だのと書かれたメモを見つけて、軽く悶えたり。


呼び出せばすっ飛んでくる顔が気色に溢れていて和んだり。


2年たって同じ職場を選ぶ従順さに満足したり。


全国ネットの公共電波で海知への思慕を堂々述べた真っ直ぐさに苦笑しながら久しぶりの説教をしたり。


共演者や視聴者からの横やりをやり過ごしたり。


いつ名実ともに自分のものとしようかタイミングをはかり出した頃。


事件がおきた。


いつも通りの進行のまま、自局前でスタンバイしていた彼女に中継が繋がり。

天気予報を告げる前の笑顔で挨拶、が。

闖入者に寄って遮られる。


明らかに常軌を逸した男には、見覚えがあった。

忘れもしない。

初対面のきっかけとなった、あの理解不能電波男だ。

あの後やけに速やかに遠くの病院に入れられて、自分たちの前から姿を消したのに。

大きな刃物を持って彼女に切りかかって行く。


「あず!!!」


モニターごし。

届くかどうかも考えず。

叫んでいた。


息をのんだのは一瞬。


『意に沿わない事を強要する相手には容赦をしないように』と教えた通り。

海知が手ほどきした一本背負いで。

彼女は男を投げ飛ばした。


我に返ったスタッフに取り押さえられた男から離れ、へたり込んだ彼女は。

「かいちにーさーん…」と小さく呟いた。


無傷である事。

自分を呼んだ事に安心し。

海知は詰めていた息を大きく吐き出して、知らずいからせていた肩を落とした。


カメラが自分の顔を捉えている事には気付かなかった。











崎 海知が彼女とお揃いの指輪を着ける、少し前までのお話。















ドS遺伝子は割と高確率で遺伝するらしい、というお話。かも。

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