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サイコメトラー探偵御鏡明の休日

作者: 真中すぺあ

 私は御鏡明みかがみめい

 十六歳の女子高校生にして、世界七大探偵“セブンホームズ”の第一席。“サイコメトラー”の異名を取るそこそこ名の知れた探偵である。

 昨日もワシントンで事件を解決したばかり。通称“紅いダイヤモンド殺人事件”と呼ばれるその事件の意外過ぎるトリックと解決の鍵となったダイヤモンドの輝きは今でもはっきりと思い出すことが出来る。

 その後の帰国でのお出迎えにはいつものことながらうんざりだった。空港でテレビと雑誌の取材にファンの波を躱して家に帰り着いた頃にはもうすっかり朝になっていてボロ雑巾のようにくたびれた体をすぐにでも投げ出してしまいたかった。

 いつだってメディアは私に平穏を許してはくれず、今日だってきっとテレビなんてつけてみたら私と私の解決した種々の事件を上辺だけなぞって語っているに違いないのだ。特A級事件、つまり特別国際指定案件だった“ライン川に浮かんだ死の箱事件”や“三千人の宴事件”のときだってそうだった。根掘り葉掘りと推理小説でも聞き出そうかというかのように執拗に私を質問攻めにするのだ。事件よりもそっちの方が疲れる。

 私はそんなこんなで疲れた体に鞭打って洗濯機に着ていた服と旅行かばんに仕舞っていた使用済みの下着を投げ入れ、自身はシャワーで身を清めたのである。

 それが今日の朝八時三十分の話。

 もう日が暮れかけた頃に目覚めた私はいそいそと洗濯物を片付けようとしてあることに気づいた。

 靴下がないのである。

 私の愛用していた無地の黒い靴下が片方どこにも見当たらない。

 まず、洗濯かごをを確かめた。次に洗濯機。風に飛ばされたのかとアパートの外を見てみたが見当たらない。そもそも飛ぶようなほどベランダは剥き出しではないが念のためだ。

 旅行かばんをひっくり返し、もう一度取り入れた洗濯物を確認。

 やはり、結論は変わらない。

 どこにも無地の靴下の片方はなかった。

 これは困ったことになった。

 “セブンホームズ”としての私の勘が事件の匂いを告げている。

 窃盗。あるかもしれない。

 私もまだ十六歳とはいえ、いや、十六歳の女子高生だからこそ警戒する必要があったかもしれなかったというわけだ。自画自賛するわけではないが、他人より容姿が劣っているとは思えない。むしろ、凡百のTVアナウンサーなど比べるべくもない。

 数ある衣服の中からもし、靴下を選びとったという犯人が存在するとすれば一体その意図はなんなのだろう。もっと直接的にあんなところやこんなところを隠している下着には目もくれず、足を包む靴下を選んだ犯人は何を考えているのか。

 起床三十分にして“サイコメトラー”としての私がやっと目を覚まし始めていた。

 ばれないと考えたか。

 他の下着であれば目に付く。なくなれば絶対にわかる。しかし、靴下なら、しかも片方だけなら弾みにどこかにやってしまったかもしれないと考えるかもしれない。それほど長いものではなく、膝まで届かないものであればふとどこかにやってしまうことも十分にあり得た。

 けれど、私は間違いなく脱いだ服はビニール袋に全て入れて管理していた。ホテルをチェックアウトするときに部屋の確認だって怠ってはいない。どこかでなくしたなどあり得ないことだ。

 やはり、盗難が最も有力な線なのだろうか。

 私の靴下をあられもない用途で使っている犯人がどこかにいると思うと私の身は凍るようだった。入れるのだろうか、巻くのだろうか……それとも。

 物体の記憶を読み取ることのできる超能力である“サイコメトラー”の異名は私が凶器や何気ないものからヒントを読み取り、事件を解決するところからついた。

 物事には必ず道筋があり、私はそれを犯人とは逆にたどっているだけのつもりだった。けれど、他の人間、特に“セブンホームズ”の末席であるエラード・マキシミリアンよりも私から離れた存在になると、途端にそのことが理解できていない場合が多い。ハーバードを主席で卒業したガイモン刑事でさえそうなのだから、“サイコメトラー”の名も伊達ではないということがわかって貰えるだろう。

 私は肉体労働で酷使した体を休めるためにひとまず休憩を取ることにした。

 ポットからゆっくりとお湯を注ぎ、じっくりと待つ。本場の味には劣るがこれでもなかなかにいけるのである。

 蓋を開けると芳醇な匂いが沸き立った。

 日半のカップラーメン。マイルドキングのみそワンタンである。

 このみそラーメンというのが、その通りミソなのだ。

 普通カップ麺のみならず、ラーメンといえばしょう油やとんこつが主流。私だってその理由についてはいくつか思うところがある。言うなればしょう油やとんこつなどは平均点が八十点の味付けということだ。誰でも無難においしく作れ、失敗は少ない。

 けれど、翻ってみそはどうだろう。おそらくあまりおいしいものに当たった記憶は少ないのではないのだろうか。

 それは間違いではない。みそラーメンは平均点が六十、いや五十点以下のラーメンだ。あたり外れが大きく、万一外れに当たればあの特有の嫌な甘さに付き合ってやられねばならない。

 それを皆はわかっているのか、いないのかは謎であるがみそラーメンというのは未だ消滅していないのはどういうことかお分かりだろうか。みそラーメンは局所的に素晴らしいシェフが存在するのである。平均点は低くとも稀に九十点を越える名作を生み出すことが出来るポテンシャルを秘めているのがみそラーメン。故に私はみそを諦めることはできない。ただし、今日のマイルドキングは失敗であったことをここに付け加えておく。

 さあ、靴下の続きに取り掛かろう。

 情報を整理する。

 まず、朝に洗濯をした。その時点ではあったか。どうだろう。思い出せないが、なくなったのに気づいたのは回収してすぐ。午後六時四十五分前後。うーん、これでは何の意味もない。

 次に考えられる可能性だ。

 下着泥棒、風による紛失、他になにかあるだろうか。こういうのは真実がウソらしいことの中に内包されているようなことが多々あるのだ。木を隠すのなら森の中。そういった認識が人を間違えさせる。

 さっきのマイルドキングのみそワンタンのワンタンなどはワンタンの皮の中に肉などは雀の涙ほどしかなく、実質的にはワンタンでワンタンを包んでいるようなものだった。あれでは肉の味が――。

 ふと、私の脳裏に閃くものがあった。

 私は干した後の洗濯物からなくなったはずの靴下の片方を引っ張りだした。それをくるりと裏返す。

 ぽとり、と探していたもう片方が姿を現した。

 そう、私はホテルで脱いだ靴下をひとまとめにして片付けたのであった。靴下の穴の開いた部分をひっくり返し、まとめていたはずが何が起こったのか片方がもう片方にすっぽりと入ってしまったというわけだ。

 これでは気づかなかったのも仕方がない。

 どっと疲れが押し寄せてきた。

 やれやれ、今日は休日だというのに難事件を解決したような気分だ。明日もインドのニューデリーで“跳ねる象牙殺人事件”へと当たらねばならないのに。

 私はベッドに横たわるとゆっくりと目を閉じた。

 名探偵はいつだって謎と戦わなければいけない。たとえ今日という日が休日でも。

 それが名探偵の宿命である。

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