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前奏曲 ~始まりのための小品~

VRMMORPG『In this world without music』、通称≪IMM≫。


全感覚投入多人数参加型RPGが開発されて十数年、当初はどこにでもあるVRMMORPGに過ぎなかったこのタイトルは、あるとき大きな変化を受け入れたことによって世界有数のVRMMORPGとなった。


もちろん、初めから有名だった訳ではない。


このタイトルを語るためにはその通称のつけられた理由から語る必要があるだろう。


なぜ、IMMなのか。それはこのタイトルをはじめ、そして通称を知ったものが一番初めにたどり着く疑問だ。

この疑問の答えには諸説あり、議論も絶えないところだが、そのもっとも有名なものを紹介しよう。


つまり、これは間違いなのだという説だ。


本来ならIWWとか、IWMとすべきこのタイトルを、初期に間違えて呼び続けた一人のプレイヤーがいたのだという。

彼――彼女かもしれない――の間違いは、揶揄され、多くの者の口に上ることになった。

冗談めいてIMMと言われるとき、それはそのプレイヤーを馬鹿にする意味が含まれていた。

しかしそれも初期のころに限る。

なぜなら、最終的にその揶揄は、他の通称の呼びにくさから、徐々に他の通称を駆逐し始め、最終的には公式に認められるに至ったからである。


IMMの通称は、そのような間違いから始まったのだ。


とは言っても、IMMのおかしなところは、せいぜいそのくらいで――


そもそも、このタイトルの世界観はありふれたものに過ぎなかった。

剣と魔法の世界、と言えばわかるだろう。

そして、そのシステムも描画技術もストーリーも設定も、全てが手抜きではないかと思われるほどありふれていた。ただ一つ誇れるものは音質くらいで、まるで荒野のようだとまで評される、見捨てられたタイトルだったのである。


事実、プレイヤーの数は中々増えなかったし、サービス開始から既にその終了が危ぶまれる程度には、崖っぷちに立っていたタイトルだった。

けれど、このタイトルは、ほんの少しばかり、運が良かった。


IMMは、ありふれているゲームだった。様々なゲームの平均値をとれば、おそらくこのゲームになるだろうと思われるくらい、ありふれていた。

そして、ありふれたタイトルらしく、ありふれたシステム、つまりは『ぼくのかんがえたさいきょうのひっさつわざ』システムも持っていた。


より正確に言うなら、現実世界に存在する遍くものの再現システムである。それは、再現だけに留まらず、ゲーム内で一定の効果を発揮することもできるようにもなっていた。

それに従い、フライパンで戦う技術や、本で敵をぶん殴る技術、髪の毛を針のように尖らせて投げる技などが開発された。ここまではどんなMMORPGにおいても、よくある悪ふざけ、ネタの数々である。


そこまでなら、やはりIMMはありふれた、つまらないゲームとして消えていったことだろう。


ありふれていなかったのは、このシステムを使ったIMM世界のある発展だった。


それがどこの誰だったのか、それはもうわからないことだが、あるときあるプレイヤーがIMMのタイトルに注目したのだ。日本語に直せば、『音楽のないこの世界で』という意味になるこのタイトルについては一切の説明がされてこなかったからだ。彼――彼女かもしれない――は、このタイトルの意味はなんなのか、運営会社に聞いてみたのである、


この質問に対する答えを考えたのが誰だったのかは、分からない。

ただ、その答えが、IMMの運命を決定づけたと言ってもいいだろう。


帰ってきた答えにはこう書かれていた。


『この世界には音楽が存在しない。この世界を作った神と、それと相争う邪神が、音楽を創造する暇がない程に争っているからだ』と。


正直後付けではないかと思われるほど適当な答えだったが、そのプレイヤーは思った。


――ならば、我々プレイヤーがそれを創造するべきではないか。


この音楽のない世界で、それを作ることができる、唯一の存在である我々が。


そのプレイヤーは、何の偶然か、最も音楽を愛する人種、音楽家だった。

そしてそのプレイヤーはそれから『ぼくのかんがえたさいきょうのひっさつわざ』システムで音楽を奏でるのに必要なスキル全てを作ることに命をかけ始めた。


まず楽器の製作から始まったその挑戦は、多くの人々の共感を呼び、本職のプロも参加し始めた。

そして最終的にこのタイトルは類を見ないほど音楽に溢れた世界になった。

“音質だけ何故か結構いい”という特徴もそれを後押ししたのかもしれない。

元々のプレイヤーの少なさも功を奏したのだろう。このプレイヤーを中心とする世界の好き勝手な、それこそお祭りに近い改変も、運営会社は自棄なのかなんなのか、その深い懐でもって受け入れたのだ。


結果として、楽器を使ったスキルの数々は、運営会社にも公式に認められるに至り、数々の特殊効果が付与された。


楽器そのもので敵を叩く技やバイオリンの弓で敵を切り刻む技術なども面白いものだったが、そのようなものの中でも特筆すべきは、魔物の懐柔(テイム)だった。音楽の無かったこの世界で、プレイヤーにより初めて音楽を聞かせられた魔物たちは、それに魅了され、仲間になってしまう。


そんな効果が音楽に賦与されたのだ。


それはもしかしたら世界を豊かにした音楽家たちへの運営会社なりの報酬だったのかもしれない。


そうして徐々に有名になっていくこの世界に、多くの人間が魅了されるのにさして時間はかからなかった。


音楽こそが力を象徴することになったこの世界では、多くの作曲家や歌姫達が生まれた。


彼らの作りだす音楽はプレイヤーたちを魅了した。


彼らの音楽を聞くためだけにこのタイトルに参加する者も多く現れた。


そうして、徐々にプレイヤーたちが二通りに分かれた。

音楽家ミュージシャンと呼ばれるグループと、聴衆オーディエンスと呼ばれるグループとにである。


ミュージシャン達はその持つ音楽で、コンサートを開き、世界を攻略し、敵すらも従え、IMMの頂点に立つトッププレイヤーの別名になった。

元々この世界に住み、生活してきた者たちがその大半を構成しているのは言うまでもない。

彼らは世界を作った創造神に等しかった。長い時間をかけ、鍛え続けたレベルとスキルは、当然のことながらIMMが音楽の聖地として盛り上がりを見せ始めてから参入した、多くの後発のプレイヤーとは隔絶したところにあった。それでも、IMMが他のプレイヤーに参入する魅力を感じさせたのは、ここでしか聞けない音楽があり、ここでしか味わえない感動があったからだ。それに、ミュージシャンは殆どカリスマ的存在であり、その高みへたどり着こう、などと思う者は少なかった。


そうして、ミュージシャン――彼らの音楽は仮想世界のみならず、現実世界をも席巻し、一大ブームを巻き起こした。


運営会社にはそれなりにユーモアがあったらしく、IMMのタイトルはその後変更され、『In this world that is full of music』になった。


まさに新たな世界、新たな流行がここで生み出されていったと言っていい。

それを行うのは国や会社ではなく、一人ひとりの人間なのだと言うことを象徴する出来事でもあった。


しかし、どのようなものにも終焉はやってくる。


IMMは今日、終わりを迎える。


プレイヤー達の創り上げた財産である音楽、そして音楽を愛するようになった魔物たち、その全てを残して。

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