三人目
時刻は昼。
街から少し離れた一軒家。
周りには他の家はなくその家だけがぽつんと建っている。
カーテンはしめられ外から中をうかがうことはできない。
ドンッ!
家の中から外にまで響く大きな音がなった。
「……はぁ…はぁ…。」
青年はソファーの上で横たわっている。右手は拳をつくり血がしたたっていた、先ほどの大きな音は青年が壁を殴ったのだろうと推測できる。
中は暗く光を閉ざしていた。青年から虚しく流れ落ちる汗。
青年「……。」
青年は横たわったそのままの状態で天井をあおぐ。
青年「…毎日、毎日、目が覚めなければいいのに。」
立ち上がりのらりくらりと身支度をはじめる。外に出ようとドアノブに手をかけて動きが止まる。
青年「ああ…。ペロッ。」
覚めた目で傷ついた右手を見る。そして、どうでもよさそうに血を舐め再度動き出し外へと出た。
青年は今日もお馴染みの店で買い物をすませよろよろと街中を歩く。
ドンッ!
すれ違う通行人と肩がぶつかってしまった。
青年「あっ、すみません!」
ぶつかった通行人の男は見るからに不機嫌そうな顔をする。
男「おい、お前なにぶつかってんだよ。いてぇだろうが。」
男は歩みをとめ青年を睨む。
青年「すみませんでした…。」
弱々しい見た目と態度をとる青年を見て男はなにを思ったのかニヤリと笑ったあと
男「すみませんじゃ済まないこともあるんだよ。今あるだけの金、出しな!ついでにその荷物も全部よこしてもらおうか!」
青年「え…?僕、あんまりお金がなくて…その取られたら明日からどうしたらいいか…。」
男「知るか!殴られたくなきゃさっさと出せ!」
男は青年を威嚇する。
青年「……。」
青年は無言のまま走り出す。
男「おい!てめぇ逃げんな!」
男はすぐさま追いかけた。
狭い路地裏、青年が逃げた先は行き止まりだった。
男「ははっ、観念しな!」
そう言って青年に掴みかかろうと手を伸ばす。
青年「……触るな。」
青年から先ほどまでの弱々しさがなくなっていた。
男「なんだと、てめぇ!」
男は青年へと拳を振り上げた。
シュッ。
男は手ごたえのなさを予想していなかったため少し体制を崩した。
青年「ねぇ。どこ見てるの?」
その声は男の真後ろから聞こえる。
男「なっ…いつの間に…!このっ!」
再度拳をふる。
青年「ふふふ。」
青年は買い物をした荷物を抱えながらも身軽に避ける。
男「なめんなっ!」
青年「いい加減うるさいよ。」
バコッ!!
言葉が先か拳が先か、男の顔面を殴った。
男「?!!」
青年「あんたがしつこいからいけないんだよ?ねぇ?痛い?」
男「っ…てめぇ!…っ!!!」
男が言い終わらないうちに再度殴る青年。
青年「う る さ い」
帽子を深くかぶる青年は口元しか見えないが確実に機嫌が良くないのがわかる声のトーン。
青年「なに?あんたもっと殴られたいの…?クスクス。しゃべれないようにしてあげよっか?ね?」
殴られたことで地面に這いつくばってる男の胴体を踏みつけながら静かに笑う。
男「や、やめろ!悪かったよ!」
青年「そう?もうこうゆうことしちゃだめだよ?」
男「じゃ、じゃ、ゆる…」
青年「さないよ。」
青年はにっこりと笑う。男の上に馬乗りになり拳を振り上げる。
男が意識を失う前に見たのは殴りながらも笑っている口元だった。
家路へと一人歩く青年。
青年「…はぁ。今日は機嫌悪いってのに余計な奴に絡まれちゃって、まぁ八つ当たりができたからいいかなぁ。」
チラッと手の甲に目をやる。
家につき中へと入るが中は光を閉ざしているためロウソクに火をつける。
帽子を脱ぎソファーに座る。
青年「さて…今日も救いに行こうか。」
そう言いながらロウソクの火をみつめる目はどこか、つらそうだった。
その夜、暗闇に紛れ移動する男がいた。
男「ひひっ、むかついた時はやっぱこれだよな。」
手には液体の入ったタンク、そしてライター。
男「ほんとむかつくぜ、昼間のあいつ。ひょろそうに見えたから金とれると思ったのによ…」
ぶつぶつ言いながら男は液体を民家の周りにまいていく。
男「この家にゃ、恨みはねぇが気晴らしになってもらうぜ。俺だけ不幸なんて癪だからな、ひひっ。」
ライターに手をかけた―――…その時。
ランタッタッタン♪ランタッタッタン♪
男「な、なんだ?!」
道化「ねぇ、笑ってよ♪」
男「お前いつからそこに…?!」
道化は男の後ろに立ち笑う。が、目は笑っていない。
道化「ねぇ、笑ってってば♪」
男「お前だれだ…お前が邪魔しなきゃ今頃笑ってたよ。」
道化「火…つけるの?♪」
そう、男がまいていた液体はガソリンだ。
男「見られたからにはお前も一緒に燃えてもらわなきゃなあ?ああ、邪魔されて可哀想な俺。」
男は道化へ掴みかかる。そのまま民家の壁に投げ飛ばした。
男「はっ、燃えちまえ!」
ライターをつけようとするが…
男「ん?あれ…どこだ?」
なかなか見つからない様子であたりをキョロキョロと見渡す。
道化「ねぇ、コレ♪」
民家の壁にもたれる道化の手には男のライター。
男「ちっ!お前……さっき掴んだ時…?!」
道化「ふふふ♪」
小さく笑って地面の石をひろい男へ強く投げた。
ヒュッ!
男「っ?!!!!!いっ…てぇ!!」
顔面にあたり顔を押さえる。その直後、素早く男を蹴り倒し馬乗りになる道化。
道化「ねぇ、燃えちゃう?♪………それとも、また殴られたい?♪」
男「お、お前…まさか、昼間の…?」
男の顔は青ざめていく。
道化「笑ってよ♪ほら♪」
カチッとライターに火を灯し、男へと近づける。
男「やめっ、やめてくれっ…なんで俺ばっかり」
道化「不幸なの?って?♪だから他人も巻き込むの?そんな人に幸せってくるのかなー?♪僕にはわからないや♪」
男「俺だけ不幸なのは不公平だ…!」
道化「あっ、君が今までどんな不幸な道を生きてきたかなんて興味ないから話さなくていいよ♪笑わせてあげるからさ♪」
男「じゃあ、邪魔すんなよ!」
道化はゆっくりと立ち上がり男から一歩はなれる。
男「わかりゃいいんだよ。くそ、でもただじゃおかねぇ。まぁ…まずはこの家に火をつけてから…」
ザバー!
男「?!」
男は頭からガソリンをかぶって硬直する。
道化「あれ?火、つけないの?邪魔しないよ♪」
道化の手には空のタンク。
男「…う、わああああああ!!」
取り乱し手にもっていたライターを遠くに投げた。
道化「だめじゃない♪投げちゃ♪ほら、取ってきてあげたよ♪えらいでしょ♪」
ライターを男に差し出す道化。
男「ひっ、助けて!殺される!」
四つん這いになり逃げようとする男だが、道化に片足を掴まれそれは叶わない。
道化「さぁ、つけなよ♪」
火をつける仕草をしながら男に近づける。
男「……!………。」
男は恐怖のあまり白目をむき失神した。
次の日、昨夜ガソリンを巻いた家の近くの木にぐるぐると巻かれ意識のない男、目元には涙の雫マークが、そして足元には空のタンクとライター。
ただちに警官が来て男は連れていかれる。意識を取り戻し警官を見た男は安心したように泣きながら―――笑った。
連れていかれる男を遠巻きに見る人たちの中、青年はいた。じーっと男を見ている。
その視線に男は気付き、視線の先を見てしまった…。
青年「(笑ったね♪)」
声は出さず口の形だけで伝える。
男「ひっ!た、助けて!」
男は警官にすがりつく。
警官「な、なんだ?しっかり歩け!」
男は警官に守られていると安堵し、歩きだす。
青年は家路へと歩く。天気の良い空さえ写さないような瞳で見つめ呟く。
青年「不幸…ねぇ。不幸だから他人を不幸にしていい権利なんてあるのかな?まぁ、でも笑ってたね。小さなことでも幸せと思えば幸せなんだよ。あいつは僕から誰かに守ってもらえるたびに笑うのかな?クスクス。」
青年「ねぇ……笑わせてあげたでしょ。」
そう言って笑う青年の心は笑っていなかった。
第3話~価値観~