ココロ
此処に来るのも久しぶりだな…。
俺はかつて通った学校、赤羽学院へと来ていた。時間はまだ放課後。残っている生徒もいるだろう。そして、奴も…。
目的など初から決まっている。
「幼なじみを傷つけたツケは払って貰うぞ…!!」
今の俺の顔は般若のようになっているのだろうか?だが、それでも構わない。今の俺にとって問題なのは、
美保が泣いた、ただそれだけだ。
学校に残っていた生徒に頭木の居場所を聞くと、どうやらこの前新たに建てられたボクシング場にいるらしかった。それと頭木はボクシング部員らしい。
こちとらただの元高校生。勝率を考えれば確実に奴に軍配が上がるだろう。それでも俺には関係ない。
ボクシング場へと向かう俺の中では既に心の奔流は決壊しそうな勢いだった。
ボクシング場へ着くと、中から男女の仲の良さそうな声が聞こえてきた。ハッ!!傷つけた奴はほっといて他の奴といちゃいちゃですか? ぶっ殺す。
バタン!!
扉を勢いよく開けると、ちょうど男子生徒が女子生徒の制服に手をかけようとしていたところだった。俺は冷めた視線で二人に送る。女子生徒の方はワタワタと慌てると、俺の横を通り過ぎて外へと出て行った。
「おいおい、お前はどこの無礼者だこの野郎?」
座っていたソファから立ち上がり、苛立ちを含ませた声を俺にぶつける。
「俺からすればてめぇの方がよっぽど無礼者だけどな」
吐き捨てるように言い、袖をまくってネクタイを外す。
「んだお前? 俺に喧嘩売ってンのか?」
「ああ、そうだ。てめぇは俺の幼なじみを傷つけた。それだけで喧嘩するにゃ充分だ」
もはや抑えきることの出来ない怒気が体中からにじみ出る。相手はそんな俺をハッと鼻で笑うと、制服を脱ぎ捨てちょいちょいと挑発した。俺如きにゃ余裕って事ですかい?
「その吠え面に蹴りぶち込んでやるよ」
右の拳を握りしめ、俺は頭木へとそれを殴りつけた。
同時刻、ケーキ屋
『裕太大丈夫かなぁ?』
「さぁてどうだろうねぇ。僕にはちょっと分からないかな」
心配そうに言うリリーに、言葉を濁しながら笑う晋。その様子が薄情だとでも感じたのか、リリーは口をとがらせて晋の鼻先を指で突いた。もっとも、それもすぐに晋の手によって阻まれてしまったが。
『晋ってば薄情なんじゃない? リリーは頭木が美保にしたこと怒ってるよ!! 美保は大切な人だもん!!』
「そうだね、それは僕だって同じだ。こんな何でもない顔しててもついつい卵を握りつぶしてしまいそうなほどにね」
心なしか、彼の手の中に握られている卵はミシミシと音を立て、今にも割れそうである。晋だって大切な友人を傷つけられて怒らないはずがない。それでもこうやって怒りを抑えているのは、それはまた別の目的からだった。
「僕が言っちゃいけないんだよ。あくまで僕はサポート。裕太にはそれに気付いて貰わないとね」
『………?リリー分かんないよぉ?』
「とりあえず僕らに出来るのはいつもの通りこの店を開けて、裕太の帰りを待つことぐらいだね」
『よく分かんないけど、リリーはケーキを作れば良いのね!』
そうだよ、とニコニコ笑うと晋は再びケーキを作る作業に没頭し始めた。リリーもまたそれに従ってケーキ作りの手伝いを始める。
午後の開店時間はそろそろ近い。
晋はふと真剣な目付きになり、今怒りに燃えているであろう弟の無事を願ったのだった。
日は暮れ、夕方過ぎ。
もう既に閉店しているだろうと思っていた自分の店がまだ空いており、しかも全身傷だらけで帰ってきた俺を迎え入れたのに少しだけ驚いた。とっくに奥で休んでると思ってたのにな。
『裕太おかえりー!!』
「おかえり、裕太」
「ただいま、リリー、馬鹿兄貴」
二人して熱烈な歓迎で俺を迎えてくれる。
俺はそれを気恥ずかしく思いながらも、嬉しい気持ちでそれを受け入れた。
『それで、どうだった裕太?』
笑っていたリリーの顔が強ばり、馬鹿兄貴の顔も少しだけ緊張していたように見えた。
「………どうにもできなかった」
その途端、店の雰囲気が一気に重くなった気がした。リリーも馬鹿兄貴もどうしていいか分からないらしい。
結果から言ってしまえば、俺は負けてしまった。相手はボクシングを現役でしていて、しかも俺は何もやっていないのだからそれも仕方ない。負けるのは当たり前のことであり、勝つ事自体がありえないのだ。
それでも俺は奴に一発報いることが出来た。俺が全身ボロボロになって倒れていた時、油断して近づいてきた頭木の顔にあらん限りの力を込めて蹴り飛ばしてやった。奴はその後怒って半狂乱になりながら更に攻撃を加えてきて、俺は為す術なくそれに耐えることしか無かった。
しかし、生徒の誰かが警察にでも通報したのかボクシング場に入ってきた教員達が俺と頭木を押さえ込み、双方引き離された。その後、俺と頭木は処分を受けることになった。
俺に対する処分は、もう高校には近づかないこと。
頭木に対する処分は、しばらくの謹慎処分と監視をつけることだった。
これらを説明した後の兄貴達の顔は筆舌しがたかった。
俺の怒りはまだ収まらなかったが、仕方がない。今回のことは頭木も悪いが、感情に振り回された俺も悪いのだから。
「それで、裕太はどうするんだい?」
「んなもの気まってんだろ。高校には近づかないし、今までの生活とは何の変わり映えもないさ」
そう、また元の日常に戻るだけさ。
俺は兄貴達に疲れたから寝るとだけ告げて自室のベッドに潜り込んだ。ああ、眠い。泥のように深い深い眠りに俺はついた。
一週間後。
俺は信じられないものを見ることになった。
あれ、おかしいな。俺の目がおかしくなったり病気になったりしていなければ余計なモノがある気がするんだが……。
今日は平日。普通なら授業がある日だ。だと言うのに……、
「いらっしゃいませ~」
メイド服を身につけた美保がいるのは何故か?
あれ明らかにおかしいよな? 服のチョイスもそうだが、あいつ今日学校のはずだよな?
「おい、くそ兄貴。そこにいるんだろ? ありゃどういうことか説明して貰おうか?」
「おや、もうばれたのかい?」
柱の影からいつもと変わらない微笑を浮かべてすっと現れるくそ兄貴。いつもより20%増しで嬉しそうに見えるのは何故だろう?
「てめぇ以外に誰があんな事を美保にやらせる奴がいるんだよ?」
「おやおや? 彼女は進んでやってくれたよ? 僕は何をするかの方向性を示したにすぎないさ」
また言葉巧みにノせたんだろうが。ウチにゃこれ以上従業員を養うほど金はないぞ。
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるさ」
適当に言葉をはぐらかして女子高校生の座るテーブルに近寄っていく兄貴。女子高校生達はキャーキャー言いながら喜んでる。………ふぅ、役に立たない兄貴だ。
美保の方はと言うと、比較的楽しそうに見える。あのことによってできた傷はいやされてはいないだろうけど、それでも今が楽しそうに見えるのはいいことに思えた。
「裕太、ケーキの追加よ。ショートケーキ2つね」
おいこら、美保。なに勝手にバイトしてるんだ。俺はお前を雇った覚えはないぞ?
「細かいこと気にしてると禿げるぞぅ?」
「原因はお前だろ」
てへっと舌を出して笑う美保。それを見てやれやれと呆れのため息を吐いた。あーあ、なんか気にしてる俺の方が馬鹿らしくなってきたな。
今、美保が楽しんでいるのなら今はそれで良いじゃないか。わざわざ傷をほじくり返してまで思い出させる事じゃない。もしも、彼女がまた思い出したならその時はみんなで全力でケアしてやりゃいいだけさ。
「ねぇ、裕太? 今日新作のケーキ売るって晋さんから聞いたんだけど?」
「ああ、今日から販売だ。リリーのお墨付きの奴だからメインに入れるつもりだ」
「ねぇ、どんなの作ったか教えてよ」
「ん? 知りたいのか?」
なら教えてやるよ。
「何処かの誰かさんみたいに、無邪気に輝いてるようなそんなケーキだよ」
どうも、博麗まんじゅうです。
話が早いとおもった人………、書いてたらこうなりました。すみません。
ひとまず、『妖精のケーキ屋さん』はこれで終わりです。最後までお読みになってくださった方々、本当にありがとうございました。
またお会いすることがあればお会いしましょう。ではノシ