傷ついた彼女、怒る俺
数日後の午後。
いつもに増して忙しい店内を俺は駆け回っていた。流石の阿呆兄も本気で客に対応していた。
つい先日、雑誌記者がここを取材しに来たのだ。当然、俺は忙しいので兄貴に任せたところ、このありさまである。果たして何を言ったんだか。
そしてここ最近、ケーキを買わずとも必ずいる美保は店に来ていなかった。まぁ、いても冷やかしをするようなやつは居てもらっても迷惑だが。
「リリー、モンブランとザッハトルテの追加できてるか!?」
『そこに置いてあるよぅ。それと休憩しちゃダメ?』
「もう少し頑張れ、ピークを過ぎれば休憩は取って良いから。あと次はショートケーキとロールケーキの追加頼む」
『ひーん!』
追加を頼んで出来上がったモンブランとザッハトルテのトレーをショーケースに持って行く。ショーケースに素早く並べ、注文の品を慎重に取り出し注文した客の元まで届ける。
忙しすぎて目が回りそうだ。
それでも仕事をサボるわけにはいかない。持てる力を総動員し、まるでラスボスに挑むかのごとき気迫を纏い、俺は仕事に取り組んだのだった。
リアルに目眩が起こるんじゃないかという忙しさのピークを過ぎて一休み。
店のドアに準備中という札をかけ、俺と兄貴はテーブルでぐでっていた。ついでにリリーも『へにゃ~』と変な声を出して机に突っ伏していた。
「こ、これほど忙しくなるとは」
「ほんとだね~」
『リリーはもうしばらく仕事したくないかも~』
たしかにその意見には同調したいが、またしばらくしたら店は開けなければならない。なんか仕事してて初めて今仕事したくないとか思ってしまった。
三者三様に疲れている時、カランカランとドアのベルが鳴った。
「あ、もう閉店…ってなんだ、美保か」
「うん………」
「…………?」
いつもなら「あんたってやつはね~」とか言って突っかかってきそうな彼女は今日はおとなしく、どこか憔悴したような感じだった。おかしいと思った俺は彼女を席に座らせ、温かいお茶をテーブルに置いた。
兄貴たちはいつの間にか姿を消している。逃げ足の速いというか…。
「どうしたんだ、そんな顔して?」
「うん……、いや……。………、実はね…」
彼女は何度か躊躇った後、重い口を開くように一言一言呟いた。
「実はこの前頭木って先輩から告白されちゃってさ……。別に好きでも何でも無かった人だったから断ったの…。そしたらその人の態度が激変してさ」
それから彼女は口を閉じ、目を伏せた。彼女は目尻に涙を溜め、つつと一筋それを流した。
「『こんなに俺が頼んでんのに!!』って怒って…、それで乱暴されて…、危うく服を脱がされそうになった……。『裸を撮れば俺の言うことを聞くだろう?』って」
ハァッ!?と耳を疑いそうになった。
俺が通っていた学校では美保はアイドルみたいなもんで憧れる男子達はそりゃ山ほどいると思うが、そんな野蛮なことをするような奴はいないと思っていたはずだった。
「その人はつい最近転入してきた人だったの……。それで……、私…、私……!!」
大粒の涙を流し、声を抑えようとして失敗する美保。ついには大声を上げて泣き始めていた。
「怖かった…、怖かったよう……!!怖くて…、怖くて…、身体が動かなかった…!!もうダメだって…、そう思った…」
俺の胸に顔を押しつけ、彼女は泣いていた。
俺はいつもみたいに皮肉を言うわけでもなく、やれやれとため息を吐いて彼女の頭を撫でた。だが、表情にはおくびにも出さないが、内心は腸が煮えくりかえるような思いだった。
これは幼なじみとしての俺の怒り。俺の大切な人を泣かせ、その上心にまで傷を付けようとした下衆への怒り。
「………。美保、よく頑張ったな…。よく頑張った。だから……お前はずっと来なかったんだな」
「外に出たら…、あの人がいそうな気がして……。ずっと家に籠もってた…」
「ずっとずっと我慢してたんだな…。もういい、もう休むんだ。どうせろくに寝てないんだろ?大丈夫、ぐっすりと寝れば悪い夢はもう終わるから」
「うん………、うん……!」
彼女は泣いたまま何度も頷いた。俺はずっと彼女の頭を撫でていた。
数分もすると彼女は眠りに落ちた。よっぽど疲れていたのだろう、無防備な顔で俺に寄りかかるようにして彼女は規則正しい寝息を立てていた。
「裕太……」
『美保大丈夫?』
厨房からひょっこりと頭を覗かせる二人。さては、二人ともさっきの話を聞いてやがったか?
「どうするんだい?」
「……悪いが俺は自分の気持ちを抑えられそうにはなさそうだ」
「それは僕もだ。こんなに怒りを感じたのは久しぶりだよ」
『むむ~、リリーも怒ってるです』
ああ、二人とも怒ってるだろうよ。だけどさ、
「悪いけど、ちょっと店任せて良いか?」
今回は俺ひとりで行かせて貰うぞ?