気付かぬキモチ
時間は昼過ぎ。
高校や中学では授業が終わり、生徒が下校する時間。
正直な話、うちの稼ぎのほとんどは高校生や中学生だ。下校の寄り道としてうちに寄るってのが多いらしい。商品を増やしてくれとか注文も出ているのだが、生憎その予定はしばらく無い。
カランと軽快な音が鳴る。客が来た合図だ。
「いらっしゃい…って美保か」
「その言いぐさは無いんじゃないの、裕太」
営業スマイルからいつもの表情に戻す。ぶーぶーと文句たれているがかまやしない。
彼女は桜井美保。俺の元クラスメイトであり幼なじみでもある。そして、彼女は地味な俺と違って神から二物も三物も与えられた恵まれた人間だ。成績優秀、運動神経抜群、才色兼備、人間関係良好、と挙げればきりがない。
そんな彼女が幼なじみだからという理由なだけでここを訪れている意図がさっぱり読めない。ケーキを買ってくれればそこそこの対応はするが、毎回冷やかしに来る幼なじみに愛想を良くする理由など無い。
「冷やかしに来るお前に愛想振りまくなんざ余計な労力だっての」
「いちいち感に触る言い方ね…」
「そんなことしてると周りの人間が逃げちゃうぞ~」と両手を口に当てメガホン代わりにして言う美保。しかし俺はお構いなし。しばらく彼女も粘っていたが、あまりにも変わらない俺の態度に諦めたのかやれやれと首を振った。そして、珍しく――彼女にしては本当に珍しい――ショーケースをのぞき込む。
「お前がケーキを選ぶなんて………、明日は槍でも降るのか?」
「あんたって本当に失礼よね!?」
「祝い事ってのはないだろうからな……」
「……ハァ、もう慣れたけどさ」
美保は諦めにも似たため息を零した。それからもう気にせずにケーキ選びを再開する。俺もそれを何も言わずに見守る。伊達に幼なじみはやってない。引くタイミングはきちんと心得ているさ。
「それじゃ、このショートケーキ一個ちょうだい」
「へいよ、会計は250円だ」
「これでお願い」
「……、ぴったりだな。席で待ってろ、後で持っていってやるよ」
「はいはい」と答えながら彼女は空いている席に適当に腰掛けた。俺は彼女の選んだケーキを慎重にトレーに置いてある皿に載せる。
ケーキってのは味も重要だが、見た目も重要だ。もちろんそれはケーキに限った話じゃないんだが、ケーキはその中でも特に顕著だ。
考えてみて欲しいのがぐちゃぐちゃになっているケーキを果たして食べたいかということだ。そんなものはいくら味が良くたって誰も食べる気は起きないだろうし、味覚は視覚にもいくらか左右される。だからこそ、ケーキを運ぶときには細心の注意を払わねばならない。
床にトラップ――偶にリリーがいたずらと称して雑巾を転がしていたり、水の入ったバケツを放置していたりする――が無いことを何度も確認しながら美保の席へと足を進める。
「ほらよ、お望みのもんだ」
「……こういう時ぐらい『お持ちしました』って言っても良いんじゃないのかしら?」
「ご希望にそえなくて申し訳ありません、お嬢様」
「いや、やっぱ止めなさい。鳥肌が立つわ」
失礼失礼と言うが、お前もかなり失礼な部類に入るからな。折角希望に添ってやったというのに何だその言いぐさは。
肝心の彼女はケーキを口に入れ、ん~と満喫しているようだった。
「ったく。お前も大概…『カランカラン』いらっしゃいませぇ~」
たちまち営業スマイルを浮かべる俺グッジョブ。
席では俺の変わり身の早さに美保は若干引いていた。ほっとけ、このぐらい出来なきゃ営業なんてやってられないっつの。
店内に入ってきた女子高校生達を席に案内して注文を受け取る。受けた注文の品を取りに行こうと厨房に向かう途中であいつは二階から降りてきた。
「おはよ~、裕太。店は繁盛してるか~?」
「誰かさんが働いてくれれば営業はもっと伸びるけどな」
寝ぼけ眼で未だ完全に覚醒してない兄貴、呉崎晋は「おはよ~」と働いているリリーに挨拶した後、テーブルに座っている女子高校生の元へと歩いていく。その時に女子高校生達がキャーキャー騒いでいたのはスルーする。
ぶっちゃけここに来る女子高校生の半分ほどはあのアホ兄貴目当てなので、今みたいに晋が店内にいてくれれば……、
『カランカラン』
「いらっしゃいませ~」
この通り店は繁盛する。だから阿呆には起きておいて欲しいのだが、如何せんあの常春頭は今の時間になるまで起きてこなかったりするのであまり当てにならない。俺がケーキの腕を上げるほかないということだ。
「…………」
ふと美保の方を見れば、ケーキを食べるのを止めて楽しそうに女子と談笑している晋のことを見ていた。
………? 晋のことが気になるのだろうか?
弟の俺が言うのも凄くなんだが、晋は面だけは良い。いや、本当に。このまま一人で買い物行かせたら逆ナンかけられまくったらしくて帰ってきたのは夜遅くだった。
美保もそんな晋に惹かれた一人だったということなのだろうか? うぅん、美保も意外とミーハーだな。
そんなアホなことを考えながら、注文を届けるためリリーにケーキを受け取りに行くのだった。
「おい、そろそろ閉店時間なんだが…」
「もうちょっとだけいさせてよ」
日は沈みかけ、閉店時間間際の店内。
店内にいる人間は片付けをするリリーとその手伝いの晋、あと床を掃除している俺とテーブルで憂鬱そうな表情をしている美保だけになった。
今日の売り上げもまぁ上々。アホ兄貴が途中から参戦してくれたのが効いたな。日頃の売り上げよりも今日の売り上げは少し伸びていた。この分なら新しいケーキを考えられるかもしれないな。
「で、お前はいつまでいるつもりだ?」
「もぅ……、晋さーん! この馬鹿に何か言ってやってくださーい!」
「裕太ー、女の子相手にそんなこと言っちゃいけないよー。美保ちゃんも遅くならない程度にいればいいからねー」
「ありがとうございまーす」
どうだと言わんばかりにフンと鼻を鳴らす美保。へいへい、わかりました。
サッサッと床を磨いていく。早々に床磨きを終わらせて今度はテーブルの方を拭き、席を整えていく。これを終えたらひとまずは仕事は終わりだ。
「ねぇ……」
「ん? なんだ?」
「あんたってさぁ、もう復学したりしないんだよね?」
はぁっ……、またか。
「前にも言ったと思うが、俺はもう高校に戻るつもりはない。もうこの店を継ぐって決めたからな」
「そう………」
彼女はふぅっとため息を吐いて目を伏せた。
彼女は何故かは分からないがこうして度々復学しないのかと聞いてきた。だが、俺はこの店を継ぐと決めた以上は高校には行かないつもりだ。
でもそれで何故彼女があんな表情をするのかが分からん。女子っていうのはよく分からんものだ。
「あんたが…………」
「あん? 何か言ったか?」
「何でもないわ」
はぁ、さいですか。
それきり彼女は黙ったきり。俺も黙ったまま掃除を続けた。
数十分後、彼女は一言「帰る」と言って帰って行った。
やけに気分が沈んでいた気がしたが……気のせいか?
わけの分からないことは考えないに限る、そう結論づけた俺は掃除を終わらせ、自室へと戻るのだった。
「さて、どうしたもんですかね」
机に開かれたノートには俺のアイデアが詰まっている。
ずっと作ろうと思って試行錯誤してきた作品達である。もっとも、それが作られたことは一度たりとも無かったが。
「今の流行りとかも考えなきゃならないからな…。まったく、困ったもんだ」
はぁっとため息を吐いて俺は頭を悩ませる。
その後、考えすぎていつの間にか日をまたいでいたのは余談である。