始まりの朝
どうも、博麗まんじゅうです。
ある程度目処がついたっぽいので、短編を書いてみることにしました。
べ、別に息抜きにやってたらいつの間にかできてたなんてことじゃないんだからね!!
ケーキ屋の朝は早い。
材料の受け入れに、生地の仕込み、店の中の掃除と済ませて、足りない材料のチェックに注文とくれば俺だって文句の一つや二つは言いたくなる。
店主である我が兄は未だにグースカと惰眠を貪っているのだろう。起きてくる気配が全くしない。どうせ起こしたら起こしたで「何で起こすんだよ!?」と理不尽に怒ってきそうだしな。俺としては働けクソニートと言ってやりたい。
ここは都心のとあるケーキ屋。別段有名なわけでは無い。どこにでもありそうなケーキ屋だ。ただ一つ違うとすれば……、
『おはよー、裕太』
精霊がいることだろうか?
精霊、物の怪とか妖怪とかに近いモノで科学じゃ解明できないファンタジーな存在。そんなものが見えるとすれば精神科医を薦めたいところだ。
だが、残念ながら俺はその物の怪もどきが見えるらしい。くそ生意気な阿呆(妖精)を見た後に脳外科、精神科医その他諸々を回ってみたが、全て異常なし。全くの健康体だったことが空しくなってきた。
「ああ、おはようさん」
ひらひらと手を振り生地の仕込みに戻る。最近は不況のせいかケーキを買っていく人は少ない。商品の種類も減らそうかと悩んだのだが、この阿呆(妖精)が文句を言うので数を減らすだけに留まっている。ただでさえ家の家計は火の車だ、何とかして利益を出さなければ廃業すらあり得るのが怖い。
そもそもこの店は親父とお袋が建てた店だが、両親は昔交通事故で亡くなってしまったため、馬鹿兄が引き継いでいる。店主こそ愚兄になっているが、実質的オーナーは俺。材料の調達から接客まで全て俺がこなしている。
以前は高校にも通っていたが、馬鹿兄の店の経営の下手さに我慢ならず俺が店を引き受け、高校は止めてしまった。仕事が多いから、高校生活と一緒にするのは無理だった。
『晋は?』
眠そうに眼を擦りふよふよと近づいてくる妖精。名前はリリーというらしい。
リリーを見たとき、その存在にも驚いたのだが、その格好にもまた驚かされた。
容姿は普通に女子中学生の格好で、緑色のワンピースを着ている。背中には妖精を主張するように透き通った羽がある。そして極めつけはぼんやりと光を発していることだろうか。
「馬鹿兄ならまだ上で寝てるんじゃねーの?」
ケッと吐き捨てるように言うと、『喧嘩はだめだよぅ』と騒ぎ出す。あぁそうだ、妖精は五月蠅いのも特徴だな。
しばらく無視して作業を続けていると、みるみるうちに機嫌が急降下していった。さっきまで寝ぼけ眼だった目は半眼で、眉をつり上げる。
「ただでさえ忙しいのに上で暢気に寝てる馬鹿なんかかまってられるかよ」
『ふぅん、そんなこと言うんだぁ…』
目をつつと細めると、明らかに不機嫌な様子でツンとそっぽを向いた。
『いいもん、じゃあ私もお手伝いしないもんね』
口を尖らせて言う彼女の言葉に俺の身体がピシッと固まる。ギギギと油を差していない歯車のようにぎこちない動きで彼女を見る俺。彼女は俺が馬鹿兄と仲良くしない限り、どうあっても手伝わない意志を表示しているつもりか、ツンと不機嫌にそっぽを向いたままだ。
「………頼む、それだけは勘弁してくれ。ただでさえ売り上げが少ないのにこれ以上下がったら困る……」
頭を下げて頼み込むが、彼女の態度は変わらないまま。………こちらが折れるしかないようだ。
「分かった。俺が悪かった。仲良くすればいいんだろ、仲良くすれば」
『それでよろしい』
ニコッと笑う妖精。愛玩動物を愛でる人なら確実に「お持ち帰りーっ!!」とか叫びそうな可愛さらしいが――馬鹿兄が言っていて俺にはさっぱり分からん――、俺と馬鹿兄にしか見えてないので実際はよく知らない。馬鹿兄に言わせれば、「最高だねェ!!」らしい。
『で、今日も全部作るの?』
「ああ、作らなきゃお前文句言うだろ」
『もちろん!』
じゃあ言うなと言いそうになったが、そこはぐっと堪える。機嫌を損ねて手伝いをしてもらえなかったら大変だからな。
『いつ手伝いをすればいいの?』
「そうだな…、今日は生地の焼き上げとデコレーションを頼む」
『任されました!』
作り終わった生地を型に流し込み、リリーに手渡す。不思議なことに体長が俺の親指ぐらいしかないリリーはバランスを崩すことなく生地を流し入れた型を持っている。リリーの七不思議の一つだが真相は教えてくれなかった。本人曰く、『妖精は秘密が多い方が素敵でしょ?』とのこと。お前しか妖精を見たことはないっつーの。
さて、俺が何故わざわざこんなわけの分からない妖精にケーキを作るのを手伝ってもらっているか説明しよう。
簡単に言ってしまえば、リリーはケーキの精……、らしい。というのも本人から聞いてだけで本当かどうかは謎なのだが、悔しいことにケーキの出来は子供の頃からケーキを作る手伝いをしていた俺よりも上手かった。悔しくて涙がこぼれそうだったが、そこは男の意地で我慢した。
それ以来、リリーはケーキの精|(仮)としてうちを手伝ってもらっている。ずっと昔からこの店にいたらしいが、初めて見たのは2年前。不思議にまみれた謎の存在だと言わざるを得ない。
ケーキを焼き上げている間、俺はクリームを作ることにした。
この店で並べているのは、ショートケーキ、チーズケーキ、モンブラン、ザッハトルテ、ロールケーキぐらいだ。親父が店をしていた頃はもっとあったのだが、まだ修行中の俺にはそこまで出せる技量は持ち合わせていない。
自分の技量の未熟さにもやもやとした気持ちを抱きながらも俺はクリームをかき混ぜていった。