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ゆまゆま!  作者: 高杉零
8/11

第捌話:そして知る真実

 翌日。入院して四日目を迎えた昼。

 俺は、尚もベッドの上で悩み続けていた。

 考えて何が得られるのかなんて分からなかったが、それでも考えずにはいられなかった。

 ゆまは、何故突然消えたんだ。

 孝明が言うように、黄泉の国――あの世なんてトコに行っちまったって考えるのが自然なのかもしれない。

 そもそも、あいつはよく分からない存在だったけど……少なくとも、人間じゃなかったのは確かだ。

 俺にしか見えないし、俺にしか声が聴こえない。その時点で、一般常識で説明出来るような存在じゃない。

 だとしたら、一般常識で説明出来ない所へ行ったと言われたって、何の不思議もない。

 ……けれど、だ。

 どうしても、俺はゆまがそんな所へ行ったとは思えなかった。

 だってさ。霊とかあの世とかっていうオカルトな話は俺にはよく分かんねぇけど、そういうのって、霊が何かに満足して成仏するから起こるんだろ? 少なくとも、俺の乏しい知識じゃそういう事になってる。

 それなら、尚の事信じられない。

 俺だって、あいつの事をよく知ってる訳じゃない。むしろ知らない事の方が多い。なにしろ、あいつ自身が自分の事を覚えてなかったくらいだ。俺に分かる訳がない。

 そんな俺でも……一週間も付き合いがある。あいつがどういう性格なのかくらいは分かったつもりだ。

 あいつは、ちょっと遊園地やら映画館やらに行ったからって、満足するような奴じゃない。

 ゆまは真っ白な子供だ。記憶がないからこそ、尚更。

 一つ楽しい事を見つけたら、今度はもっと楽しい事を見つけようとする。好奇心が旺盛で、納得して満足する事なんて考えられない。

 じゃあ、記憶が戻ったのか?

 あいつの性格が、実は俺が知っているものとは全く違っていたとする。何かをきっかけにして記憶が戻って、それで満足してしまった?

 ……ダメだ。はっきり言って、想像出来ない。

 この問題(パズル)を解くには、あまりにも重要な情報(ピース)が欠けている。

 それが何なのか、俺は知っていた。

 それは――【ゆまとは、何なのか】だ。

 いくら考えてもそれが分からない。考えようと思っても、何の取っ掛かりもないんだ。

「……んあぁーッ!」

 脚で反動をつけて起き上がり、そのまま胡坐(あぐら)をかく。

 いきなり上げた奇声に周りの人が驚いたようだったが、全く気にもしなかった。心の中でごめんなさいと言っておく。

 何なんだ。何が分かればそれが分かるんだ。

 その答えに辿り着くまでの道筋がまったくもって見えてこない。

「……くそ。気分でも変えるか……」

 普段頭なんて使わないもんだから、このままじゃ知恵熱が出そうだ。

 思い立ち、俺はベッドを下りた。

 昨日も勝手に出歩くなと口酸っぱく言われたばかりだ。看護師に見つかると面倒な事になるのは分かり切ってる。

 だが、人がたくさん関わるのが病院という所。一度病室の外にさえ出てしまえば、入院着――って言うのかは知らないが――で歩きまわってる奴なんてたくさんいる。その中に紛れてしまえば、そう簡単に見つかったりはしない。

 扉に耳を当て、辺りを伺う。

 ……よし。誰もいない。

 静かに扉を開け、俺はソロソロと病室を後にした。






 俺が入院している病院は、実を言えばそこまで大きくはない。

 それでも、東病棟の端から西病棟の端までは結構な距離があった。

 俺がいた病室は東病棟の端の端。人目についてバレるのを避けようと、俺は西病棟の端まで来ていた。

 ただ、な。

 気分を変えようとは思ったが、結局ここは病院の中。景色なんて、どこに行ってもそう大して変わらない。

 しまったな。どうせ行くなら屋上にでも行けば良かった。

 人はたくさん歩いているが――何もない。東病棟とは左右が真逆なだけで、作りから何から全部同じ。入院も四日目ともなれば、まるっきり見飽きた景色な訳だ。

 仕方がない。戻るか。

 そう思った時だった。

 ――その声が、俺の耳に届いたのは。


「……どうして起きてくれないの……"ゆま"」


 俺は、思わず耳を疑った。幻聴じゃないかとさえ思った。

 ゆま? ゆまだって?

 辺りを見回す。俺が入院してる東病棟と同じで、病室がやたら一杯ある。

 どこだ。どこから聞こえたんだ、今のは。

「……どうして……あなたがこんな目に遭わなければならないの……"ゆま"」

 間違いない。今の声は確かに"ゆま"って言った。

 声の聞こえた方へ、引き寄せられるように近付いて行く。

 アルファベットの【C】の形をした建物の、頂点側の曲がり角。

 その突き当たりに、その部屋はあった。

「ここ……か?」

 病室には、そこに入院している患者のネームプレートが貼られている。

 その部屋――二一七号のネームプレートにも、マジックで名前が書かれていた。

 "矢野由麻(やのゆま)"

 そんな偶然、あるはずがない。たぶん、この話を聞いた大半の奴がそんな風に思うだろう。

 この時、俺の頭の中にも同じ言葉が浮かんだ。

 そんな偶然、あるものか。

 ――それでも。

 どうしても、気になって。

 そんな訳ないって流す事が出来なくて。

 俺は、ほんの少し開いていた扉をノックした。

「……はい?」

 少しして、返答がある。

 最初抱いた感想は、これはゆまの声じゃない、だった。

 ゆまのものとはちょっと似ているような気もしたけれど、あいつとは違って成熟した大人の女性の声。

 それから少しして……気付く。

 この声の主が、さっき"ゆま"って言っていた人じゃないか?

 そんな事を考えていたせいで返答に応えずにいたからか、俺の目の前で扉が開かれる。

「……どちら様でしょう?」

 俺は、目を見開いた。驚きを隠す事が出来なかった。

 現れた女性は、あまりにもゆまに似ていたんだ。

 無論、ゆま本人ではない。彼女より少しばかり背も高いし、何より年齢が全く違う。俺なんかよりずっと年上。たぶん、三十代後半くらい。

「あ……あの……」

 驚きと緊張から、言葉が出て来なかった。あのとかそのとか、言葉にもならない事を延々と繰り返した。

 それを見て、その女性はほんの少しだけ微笑む。

「もしかして、お友達?」

 それが、"矢野由麻さんの"という意味だって事はすぐに分かった。

「は、はは、はい! えっと……その。由麻さんのお友達……です」

 ……考えれば考える程、情けないくらい動揺してた。

 女性は、あらやっぱり、と言いながら再び微笑んだ。

「由麻の母です。由麻がいつもお世話になっています」

「い、いいいえいえいえそんな! こちらこそ……お世話になってます、はい」

 深々と礼をされ、動揺がさらに激しくなる。

 この時点では、俺は思いっ切り嘘をついていた訳だが……それすらも頭の中からフッ飛んでしまっていた。

「あら。あなたもこちらに入院しているの?」

「……あ」

 そこで初めて、自分が入院着のままだって事に気付く。

 今更取り繕える訳もなかった。

「えっと。僕……俺もちょっと風邪をこじらせてしまって。この病院に入院してるんです」

「そう……それは大変ね」

「それで……この病院に、由麻……さんが入院しているのを思い出して、その……お見舞いに」

「そうなの……ありがとう」

 再度、深々と頭を下げる女性。

 咄嗟の機転とはいえ、嘘をついている事に少しばかり罪悪感がよぎった。

 ごめんなさい。もしかすると俺は、人違いをしているだけかもしれない。知り合いでも何でもないかもしれないんだ。

「けれど……ごめんなさいね」

「……え?」

 頭を上げた女性の顔は、深い悲しみに彩られていた。

「あの子……まだ意識が戻らないの」

 憔悴しきった表情で女性は言う。

「それでもよければ……顔を見てやって」

 そのまま扉は開き、中へと誘われる。

 正直な所、俺は躊躇した。

 人違いかもしれない。それもある。全く関係のない人かもしれない。

 でも、それ以上に。

 この部屋に入る事が――怖かった。

 入ってはいけない所に足を踏み入れようとしている感覚。

 知ってはいけない事を知ろうとしている感覚。

 入っていいのか。このまま、足を踏み入れていいのか。

 そんな疑問が、頭をよぎった。身体中が、病室に入る事を拒んだ。

「……失礼します」

 それでも。

 どうしても、確かめずにはいられなかったんだ。

「どうぞ」

 俺が部屋に入るのを確かめて、女性はベッドの方へと近付く。

 俺は扉を閉め、その女性に続いた。

 部屋の形も何もかもが東病棟と全く同じなのに、そこは明らかに東病棟とは異なっていた。

 一番の違いは、個室だった事だ。

 後で知った事だが、西病棟は長期入院患者とか重い病気の人だとか、そういった患者用の病室がある場所だった。

 そんな西病棟にある病室の端。開けられた窓からそよぐ風にその髪をなびかせながら。

 彼女(・・)は、眠っていた。

 ゆまに似た女性――お母さんを見た時以上に、俺は驚いた顔をしていただろう。


 そこに横たわっていたのは……ゆまだった。


 ゆまにそっくりな訳じゃない。

 ゆまの面影がある訳でもない。

 間違いなく、そこにはゆまがいた。

 ――そうだよ。ゆまの名前は、ゆま!

 自分の名前を、明るく言い放ったゆまの顔が思い浮かぶ。

 それと比べたら、頬もこけていたし、肌も青白かったけれど……間違いなく、それはゆまだったんだ。

「由麻……お友達がお見舞いに来てくれたわよ」

 由麻のお母さんが、由麻の頭を撫でながら優しく告げる。

 由麻は、ピクリとも動かなかった。

 眉をひそめる事もなく。口元が揺れる事もなく。

 その顔は天井を見上げたまま、目が開かれる事はなかった。

 由麻に反応がないのを見て……由麻のお母さんは俺に向き直り、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさいね。事故での外傷はそれ程大した事ないそうなのだけれど」

「……事故?」

 あまりにも唐突に出て来た単語に、思わずオウム返しをしてしまう。

 事故? 事故だって? ゆまが?

「あら? 学校ではもう詳しい説明をしたと聞いているけど……」

「……ごめんなさい。俺、由麻さんとは違う学校なんです」

「そうなの……」

 これは嘘じゃない。ウチの学校に、矢野由麻はいない。

 気になって調べてみた事があった。今現在の二年生の中に、矢野由麻という生徒はいなかった。

 三年や一年にいるという可能性もなくはなかったけど、それもないっていう確信に近いものがあった。

「もう二週間にもなるのね……由麻が交通事故に遭ってから」

 由麻のお母さんは、沈痛な表情で呟くように口を開いた。

 それを見て申し訳なさを感じながらも……俺は、話を聞き出す為に続ける。

「……交通事故……だったんですか?」

「えぇ……居眠り運転……だったそうよ」

 それを聞いた途端。

 不意に、胸が苦しくなった。

 息苦しい訳じゃない。

 ただ、胸を思い切り掴まれているような感覚を覚えた。

 由麻のお母さんは続ける。

「道路に落ちていた物を拾おうとして……そこにトラックが突っ込んで来たって……」

 胸の奥で、針で刺されたような痛みを感じた。

 どこかで聞いた事のあるような、話。

 紛れもなく――俺がゆまにした、沙紀との別れの話だった。

 強いて違いを挙げるなら、俺と沙紀の時はトラックじゃなく乗用車だったが。

 ただ、それだけの違い。それ以外の所は、寸分の狂いもない。

 痛みに耐えながら、尚も聞く。

「それから……ずっと意識が?」

「そう……初めの内は、一時的な昏睡状態だろうって言われていたんだけれど……」

 由麻のお母さんの顔が、一層悲しみに包まれる。

「……事故にあってから四日後に、容体が急変したのよ」

「四日……?」

「ちょうど、ゴールデンウィークが始まった日……だったかしら」

「……え……?」

「それから一週間くらい……生死の境を彷徨っていたの」

 ……ちょっと……待ってくれ。

 ゴールデンウィークの初日から……一週間?

 それって……俺がゆまと一緒にいた期間じゃない……のか?

「ゴールデンウィークが終わって容体は少し安定したけれど……今もまだ、意識が戻らないままで……」

 由麻のお母さんの目に、うっすらと涙が浮かび上がる。

 けど俺は、そんな事に気付けもしない程……動揺していた。

 じゃあ……何か?

 俺がゆまと出逢って、一緒にいた一週間――

 ――由麻は、生死の境を彷徨っていた?

 は……はは……まさか。まさか……な。

「こんな物を見つけなければ……」

 不意に、由麻のお母さんは視線を逸らした。

 その声に呼応するように、俺はその視線を追う。

「……由麻もあんな事故に巻き込まれなかったでしょうに……」

 そこには、小さな机が備え付けられていた。

 俺が立ったら、腰に届くか届かないかくらいの小さな机。

 その上に、ひっそりと置かれていた物が――視界に入る。

 ……嘘……だろ……?

「ごめんなさい!」

「え?」

「すみません! 俺、帰ります!」

 突然の叫びに驚いたままの由麻のお母さんを尻目に、逃げ出すように病室を走り去る。

 曲がり角を曲がり、近くの通路から階段へと向かう。

 途中、走る俺に気付いた看護師に注意をされながらも、それを無視して階段を上り、屋上へと跳び出した。

「……はぁッ……はぁッ…………はぁッ……」

 肩で息をしながら、フェンスにもたれかかるように前に倒れる。フェンスに手がブツかった反動で身体が回り、そのままフェンスに寄りかかって地面に崩れ落ちた。

「……はぁッ…………はぁッ……」

 何て事だ。そんな事があり得るのか。あっていいのか。

 心の中は、そんな言葉で一杯だった。

 由麻の病室で見た物が、目の奥に焼き付いて離れない。

 机の上に置かれていたのは――


 ――天使の翼の形をした、片翼のキーホルダーだったんだ。

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