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ゆまゆま!  作者: 高杉零
6/11

第陸話:時、既に遅く

「おはよー!」

「はよーっす」

 元気と気怠さの混ざった声を上げながら、次々と見知った顔が現れる。

 それを見ながら……俺は、別の事で頭が一杯だった。

 ゴールデンウィークも終わり、もう三日が過ぎようとしていた。

 あの朝、何の前触れもなく突如としていなくなったゆまは、それから一度として俺の前に姿を現していなかった。

 正直に思った事だけを言えば――一体何がどうなったのか、今でも理解し切れていなかった。

 あまりにも突然の別れ。

 こんな事になるなんて、少なくとも俺は予想してなかった。何せ、ゆまがどういう存在だったのかすら分かってなかったんだ。

 そりゃあ俺だってもうガキじゃない。出逢っても、いつかは別れが来る事くらい分かってたさ。それがどんな形で訪れるにせよ、永遠に一緒にいられるだなんて思っちゃいない。

 ……けど。けど、だ。

 いくら何でも、これは唐突過ぎやしねぇか。

 一体何があったんだ? 一体何が起こったんだ? 一体何で、ゆまは消えたんだ?

 無数の疑問が頭の中に浮かぶ。浮かんでは――答えも出ないままに放置されていく。

 そんな状態が、もう三日間も続いていたんだ。

 間に土日があったから、思い浮かぶ場所を回ってはみた。この一週間近くでゆまと一緒に行った場所。

 ゲーセンも。ボーリング場も。遊園地も。カラオケも。映画館も。

 そのどこにも……ゆまはいなかった。

 考えてみれば当たり前だろう。ゆまは、俺から離れる事が出来なかったはずなんだ。

 だからこそ始まった生活だった。それがなければ、今頃こんな気持ちになったりするもんか。

 という事は――やっぱり、ゆまは消えたんだ。

 それが何故なのかは分からない。消えたゆまがどうなったのかも分からない。

 何一つ、俺は知る事が出来ない。

 くそ……ッ!

 心の中で悪態をつく。

 こんな時は、ゆまがそれにいちいち反応するはずなのに。

 どーしたのゆーま、とかって呑気な声で聞いてくるはずなのに。

 どこに行きやがったんだよ……ゆま。

「よー悠馬! 朝っぱらからしけたツラしてんなぁ、おい!」

「おはよう、悠馬」

 そんな事を考えていたら、不意に話しかけられ、振り向く。

「……何だ、孝明か……」

「どうかしたのか? 何やら複雑そうな顔をしていたが」

 複雑そうな顔って何だよ。失礼な。

 けど……そんなに顔に出てるのか、俺。

「ちょっと待て! ちょーっと待てよ、お前等!」

「どうした?」

「どーしたじゃねーよ! 誰か大切な人を忘れちゃいませんかってんだ!」

「……忘れてない。俺と孝明がいれば十分だ。お前はいらねぇ」

「随分と酷い事を平然と言いやがりますね!? っちゅーか話しかけたの俺! 俺だから!」

 はぁ……ったく。ウザいったらありゃしない。

 このやたらやかましくてウザい奴は、吉野清耶(よしのせいや)。まぁ、俺のクラスメートだ。

 こいつ。痩せてて小さくて眼鏡かけてて……こんなにひ弱そうな外見なのに、態度だけはやたらデカいんだよな。舌禍が服を着てるって程じゃないんだが、とにかくテンションが高くてウザい事この上ない。

「んで、どうしたんだよ? なーんかテンションMAXで低いじゃん」

「お前みたいに朝っぱらからテンションが臨界点を突破する奴はそうそういねぇよ」

「なっははははーッ! そんなに褒めんない! 照れるじゃんか!」

 意味が分かんねぇ。何で照れるんだ。

 っていうか褒めてもいねぇ。

 ……くそ。いつもはこんなにストレスを感じたりもしねぇのに……今日に限っては心からウゼぇぞ……。

「けどよー。お前がそんなにテンション低いと張り合いってもんがねーんだよ」

「張り合わなくていい。そんな事しなくていいからあっちに行ってくれ」

「んな冷たい事言うなよー、ホントに俺がいなくなったら寂しいだろ? な? な?」

「寂しくない。お前なんかがいなくなっても……」

 そこで、言葉に詰まる。

「……はり? 悠馬? 悠馬さーん? 何でそこで黙っちまう訳ー?」

 いなくなっても、寂しくなんかなるもんか。そう、繋げようと思った。

 けど、言えなかった。

 少し前。ゴールデンウィークの初め。ゆまと出逢ったばかりの頃は、ゆまに対しても同じ事を思っていた。

 いつか別れる事になる。けど寂しくなんかないさ。元々こいつはいなかった奴なんだから。それが元に戻るだけなんだから、って。

 だけど……違った。

 あいつがいなくなった事で、俺はこんなに動揺してる。

 喧嘩した訳でもない。あいつが消える瞬間に立ち会った訳でもない。ただ……あいつがポッカリと消えちまっただけなのに。

 元に戻っただけのはずなのに。

 こんなにも……胸が痛い。

「……何だよ。何だよ! 悠馬さんがつまんねーぞ、おい! お前、まさか彼女でも出来たんじゃねーだろーな!?」

 清耶の言葉に、ハッとする。

 あいつが……彼女?

 そんな訳ない。あんな面倒な奴、彼女になんか出来る訳――ない。

 ……でも。

 少なくとも俺は……あいつといる時、楽しかったんだと思う。

 たかが十六年、されど十六年の人生の中でこんなに笑った事あったっけってくらい笑ったし、俺ってこんなにテンション上がるんだって自分で驚くくらいテンションが上がってた。

 俺は……あいつの事……。

「おいおいおいおい!? この反応はマジだぞ!?」

「清耶、よせ」

「けどあれだろお前! そんなへこんでるって事は、彼女に振られでもしたんだろー? 分かる分かる。女って意外と見る目ねーんだよなー」

 ……黙れ。

「女なんてよー。結局頭にあんのは金とか顔とかばっかでよー。そんなトコよりもっと男の心ってのを見ろってんだよな」

 黙れ。

「っつか悠馬、お前いつの間に彼女なんか作りやがったんだよ。黙ってるなんて水臭ぇぞ。大体お前、彼女の事で悩むなんていーすねー! 羨ましいぞこのヤロー!」

「うるっせぇッ!!」

 ダンッ、という鈍い音が響き渡った。

 俺が――机を叩き鳴らした音だ。

「…………」

 辺りに緊張が走り、場が凍り付く。

 その静寂を破ったのは――清耶だった。

「は……はは……な、何だよ悠馬。んーなに怒るよーな事じゃねーだ――」

「うるさい! うるさいんだよ! 何で放っといてくれねぇんだ!?」

 それを遮るように俺は叫んだ。

「何も知らねぇくせに! 何も分かってねぇくせに! 好き勝手な事ガタガタ言いやがって!」

 耐えられなかった。耐え切れなかった。

 状況を把握して、自分のわだかまりを我慢して耐えられる程……俺は大人じゃなかったんだ。

 一度口をついて出たわだかまりは――まるで泉から水が溢れるように――止まってくれない。

「何が羨ましいだ! お前に何が分かる!? 何が分かるんだよ、え!? 言ってみろよ!」

「ち、ちょっと待てよ、俺は……」

 清耶が、叫び出した俺にビビッているのが分かった。

 分かったけど……その時の俺は、それで自分を抑えられる程……理性的じゃなかったんだろうな。

 待つ事もなく、続ける。

「お前が何を知ってるんだ!? 俺の何を知ってんだよ!? お前に俺の何か一つでも分かる訳――」

「そこまでにしておけ」

 そこで、清耶の前に一つの人影が現れた。

 人影は、俺を制するように掌を突き出して立っていた。

「孝明……」

「そこまでにしておけ、悠馬」

 思わず目を見開く。身体が、自然と一歩後ろへ下がった。

 孝明の雰囲気が……いつもとはまるで違ったんだ。

 何て言うのが正しいんだろう。獲物を狩る……ってのとはちょっと違う。こちらを射抜くような瞳、ってのが一番合ってるか。

 そんな瞳で、孝明は真っ直ぐにこっちを見ていた。

「ふざけんなよ! ここまで言われて退き下がれっかよ! おいこら悠馬! お前いくら何でも調子に乗り過――」

「俺は、やめろと言っているんだ」

 ズン……と空気が重くなったのを感じた。プレッシャー、という奴だろうか。

 孝明が、喚き立てる清耶を遮った。

「う……」

 その瞳に射抜かれ、清耶は何も言えなくなる。

 俺と清耶の二人が黙ったのを確認して、孝明は俺に向き直った。

「ふぅ……さて、悠馬」

「……何だよ」

「先刻の清耶の発言は、正直筆舌に尽くしがたい……が、あまりにもお前らしくない対応をしたものだな」

「……放っとけよ」

 これは、俺の本音だった。

 放っといて欲しい。少なくとも、自分の気持ちに整理がつくまでは。

 出来れば今すぐにでも放って欲しい所だったが……生憎、孝明の瞳がそれを許してはくれなかった。

「それは出来ん」

「……俺は放っといて欲しいんだ」

「俺はお前が心配だ。だから放ってはおけん……それに、気にかかる事をお前が言った」

 俺が? 何を? 何を言った?

 孝明は、続ける。

「お前は、俺達は何も知らないと言った。何を知ってる訳でもないのに、好き勝手な事を言うなと。だが、それは当たり前の話ではないのか?」

「……どういう意味だ」

「俺達がお前の事を知っている訳がないという意味だ」

 説明になってねぇ。俺はそう言おうとした。

 が。孝明はそれをさせようとしない。

「悠馬。人なんて存在は、所詮言葉で語らねば何も伝えられない生き物だ。武術の世界では言葉ではなく拳で語るなどという言もあるが……誰もがそれを出来ない事くらい、理解している」

 俺には、孝明が何を言わんとしているのかが分からなかった。

 だから何なんだ、という疑問が俺の頭をよぎる。

「お前に何があったのかは知らん。全てを分かってやれるとも思っていないし……分かろうとも思わない。何故なら――」

「何故なら?」

「――何故なら、お前が何も語ろうとしないからだ」

 瞬間、理解する。

 確かに俺は、孝明にも清耶にも、何も話していない。当然だ。あまりにも現実離れした話だし、俺自身信じられない事がたくさんある。

 だから、二人ともゆまの事は知らない。ゴールデンウィークが明けたら、突然落ち込んでいる俺がここにいた。それだけしか、こいつ等は知らないんだ。

 ――心の声が、聴こえる訳じゃないから。

 あぁ。そうか。そうだったんだ。

「悠馬?」

「お、おい! どこ行くんだよ悠馬!」

 気付いた時には、俺は走り出していた。

 廊下に出て階段を下り、昇降口から跳び出した。

 外は、大雨が降っていた。

 靴も履き替えてなかったが、そんな事は気にもしなかった。

 振り返る事もなく、ひたすら走る。

「……はぁ……はぁ……ッ!」

 自分の荒い息遣いが聞こえる。

 普段運動なんかしないせいだ。ほんの少ししか走っていないのに、もう息が切れている。心臓はバクバクと大きな音で鼓動を続け、足に痺れるような感覚を覚えた。

 それでも、俺は走った。






 それから十分も走ったろうか。

 俺は、近くの川辺に立っていた。

 大雨のせいか川の水位が上がっていて、今にも溢れてきそうだ。

 そんな川の岸辺に、俺はいた。

「……はぁ……はぁ……ッ!」

 上がった息を落ち着かせもせずに……俺は、空を見上げていた。

 雨雲だらけの空。晴れていれば明るい太陽と真っ青な空が広がっているはずのそこ。

 ……今の俺の心情を表しているかのような、真っ暗な空。

「……お前は……どういう気持ちだったんだよ……」

 誰かがいるはずもないそこへ、言葉を紡ぐ。

 孝明の一言で気が付いた。自分の、心の奥底にある気持ちに。

 孝明も清耶も、俺の事を本当の意味では知らない。

 俺が、今まで何も語ってこなかったから。

 心のどこかで、俺が深く関わる事を恐れていたから。

 俺の心の声を……聴ける訳じゃなかったから。

「お前は……どんな風に感じてたんだよ……ッ!」

 俺にだけは、ゆまの姿が見えていた。

 俺にだけは、ゆまの声が届いていた。

 ゆまにとって俺は、この世に存在している唯一の拠り所だったんだ。

 そして……それは、その逆もまた然り。

 ゆまには、俺の心の声が聴こえていた。

 ゆま相手には、隠し事なんて出来なかった。

 だからこそ。

 俺にとって、ゆまは深く関わらざるを得ない相手だった。

「お前は……俺に何も言わなかったじゃねぇかよ……ッ!」

 容易く俺の気持ちを分かってしまう。

 容易く俺の考えを読みとってしまう。

 今考えてみれば、それは思いの垂れ流しと同じだ。一方通行の濁流。この目の前にある川の流れと何も変わらない。

 ――大丈夫だよ

 本当に、怖くなかったのかよ。

 ――一人じゃないから

 怖くない訳、ないじゃないか。

 ――だって……ゆーまがいるから

 自分がどんな存在なのかも分からなくて。

 自分の名前以外、何も覚えていなくて。

 誰かと一緒だから怖くないだと……そんな訳ないじゃねぇかよッ!

「お前だって……俺と同じじゃねぇか!」

 あいつは頑張ってたんだ。たった一人で。事情を知ってる奴が……その存在に気付ける奴が、俺しかいない中で。

 怖くて。苦しくて。逃げたくて。

 それでも逃げられなくて。逃げ方さえも分からなくて。

「やっと……やっと分かった……分かったんだよ!」

 ゆまのツラさが。

 ゆまの苦しみが。

 ゆまの痛みが。

 同じなんだ。ついさっきの俺と。孝明と清耶が何も分かってくれなくて……居た堪れなかった俺と。

「どうして……いなくなっちまうんだよッ!?」

 やっと分かったのに。

 自分の中で、ゆまがどれだけ大きな存在になっていたかが、やっと分かったっていうのに。

「うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 状況はあまりにも手遅れで。

 自分が、あまりにも無力に思えて。

 俺は……その場でただ泣き崩れるしかなかった。

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