表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偏差値は戦である  作者: 受験孔明
第三部 決戦と開幕〜高校受験編
PR
44/50

第三部 第12話 勝つ場所

# 第三部 第12話「勝つ場所」


 机の上に、封筒が並んでいた。


 白い封筒。


 学校名。


 合格通知。


 不合格通知。


 入学手続きの案内。


 振込用紙。


 パンフレット。


 すべて開け終わっている。


 もう、未確定のものはなかった。


(出揃ったな)


 一枚ずつなら軽い。


 だが、並べると重かった。


 紙の重さではない。


 選択の重さだった。


 四国の名門。


 九州の伝統校。


 南の最難関。


 古都の名門。


 関西の最難関。


 取った場所。


 落とした場所。


 届いた場所。


 届かなかった場所。


 全部が、机の上に並んでいる。


 悠真はノートを開いた。


 これまでの記録が並んでいる。


 全国。


 不確定。


 同じ戦場。


 精度戦。


 時間差。


 基準の外。


 組み直す。


 戻ってきた場所。


 静圧。


 勝敗の形。


 そして。


 合格。


 不合格。


 未確定。


 その未確定は、もう消えていた。


 すべてが確定している。


 視線を落とす。


(終わった)


 試験は終わった。


 遠征も。


 ホテルも。


 飛行機も。


 結果発表も。


 昼休みにスマホを開いた時間も。


 塾の教室で番号を確認した時間も。


 合格の文字も。


 不合格の空白も。


 全部、終わった。


 だが。


(ここからだ)


 最後の選択だけが残っている。


 どこに行くか。


 どこで勝つか。


 どこを、自分の次の戦場にするか。


 それは、合格することとは別の問題だった。


 リビング。


 母がテーブルに座っていた。


 合格通知のコピー。


 募集要項。


 進学実績。


 パンフレット。


 学費の資料。


 通学時間のメモ。


 公立トップ校の資料。


 全部並んでいる。


 母も分かっている。


 今日決まることを。


「どうするの?」


 短い問いだった。


 悠真はすぐには答えなかった。


 紙を一枚ずつ見る。


 通った学校。


 落ちた学校。


 中学受験の頃から意識していた学校。


 今回初めて受けた学校。


 名前だけを見ていた頃とは違う。


 今は、それぞれの会場の空気まで思い出せる。


 四国の名門の飛行機。


 九州の伝統校の静けさ。


 関西最難関の圧。


 古都の名門の構造。


 南の最難関の海と、あの戻ってきた感覚。


(どこで勝つか)


 その言葉が浮かんだ。


 合格した学校の中から選ぶ。


 普通はそう言う。


 だが、悠真の中では少し違った。


 どこへ行けば楽か。


 どこなら安全か。


 どこなら周りに説明しやすいか。


 そういう問題ではない。


 どこに自分を置けば、一番強くなれるか。


 どこでなら、次の勝負に向かえるか。


 母がもう一度聞いた。


「公立は?」


 静かな声だった。


 反対しているわけではない。


 確認している。


 公立トップ校。


 地元では誰もが知っている学校。


 学費は抑えられる。


 通いやすい。


 進学実績もある。


 大学受験でも十分に戦える。


 安全で、現実的で、説明しやすい選択。


 その資料も、テーブルの上にあった。


 間が落ちた。


 悠真は顔を上げた。


「受けない」


 空気が少しだけ止まった。


 母は目を細めた。


「本当に?」


「うん」


 短い返事。


「後悔しない?」


「しない」


 迷いはなかった。


 母はしばらく黙った。


 怒っているわけではない。


 困っているわけでもない。


 ただ、悠真の答えが本物かどうかを見ている。


 やがて、母は静かに聞いた。


「理由は?」


 悠真は少しだけ考えた。


 頭の中には、ずっと同じ言葉があった。


 主戦場。


 保険。


 足場。


 勝ち条件。


 配置。


 あの時、自分で決めたこと。


 第二部の終わりに決めたこと。


 公立トップ校と内申は土台。


 勝ち条件は、私立難関合格。


 そして、その先で勝つこと。


「ここで勝つ」


 悠真は静かに言った。


 母は黙った。


「通ったから行くんじゃない。名前で選ぶんでもない」


 悠真はテーブルの上の資料を見る。


「ここに自分を置く」


 母は少しだけ目を伏せた。


「大学まで見てる?」


「見てる」


「高校だけじゃなくて?」


「うん」


 短い会話。


 だが軽くはない。


 母は資料を見る。


 私立難関。


 公立トップ校。


 進学実績。


 通学時間。


 学費。


 寮の有無。


 生活の変化。


 全部、現実だった。


 受験は合格で終わる。


 だが、生活はそこから始まる。


「安全なのは、こっちだと思う」


 母は公立トップ校の資料に手を置いた。


 正直な言葉だった。


 悠真も頷いた。


「分かってる」


 事実だからだ。


 公立トップ校へ行けば、大学受験でも十分戦える。


 地元の友人もいる。


 生活も大きくは崩れない。


 費用も抑えられる。


 周囲もそう考える。


 おそらく、それは正しい。


 だが。


「でも」


 悠真は続けた。


「俺は、そっちで勝ちたいわけじゃない」


 母が顔を上げる。


 悠真は、迷わず言った。


「今の学校で勝つ」


 短い言葉だった。


 だが、初めて迷いなく言えた。


 中学受験で負けた。


 そこから停滞した。


 休戦もあった。


 部活も学校も塾も、全部が中途半端になりかけた。


 それでも、配置を変えた。


 主戦場を決めた。


 全国を見た。


 強敵に壊された。


 組み直した。


 戻ってきた場所を取った。


 その先に、この選択がある。


 長い沈黙が落ちた。


 やがて、母は小さく息を吐いた。


「分かった」


 反対はしない。


 ただ、一つだけ言った。


「じゃあ、途中で逃げないで」


 悠真は頷いた。


「ああ」


「きつくなるよ」


「分かってる」


「周りも強いよ」


「分かってる」


「合格した人だけが集まる場所だからね」


 悠真は少しだけ黙った。


 そして答えた。


「だから行く」


 母は、そこで少しだけ笑った。


 寂しそうでもあり、安心したようでもあった。


「なら、決まりね」


「ああ」


 それで終わった。


(通った)


 別の意味で、そう思った。


 試験ではない。


 合格発表でもない。


 だが、これはこれで一つの関門だった。


 選ぶ。


 そして、選んだ責任を持つ。


 部屋へ戻る。


 机に向かう。


 ノートを開く。


 新しいページ。


 ペンを持つ。


 書く。


 進学先:私立難関


 一行だけ。


 だが重かった。


 ペンを置く。


(決めた)


 もう迷わない。


 スマホが震えた。


 英修館のグループだった。


『どこ行く?』


『公立受ける』


『俺も』


『まだ迷う』


『親と相談中』


 流れが見える。


 多くは公立へ行く。


 それも自然だった。


 地元のトップ校。


 内申を積み上げてきた者。


 公立を主戦場にしてきた者。


 それぞれの選択がある。


(そうか)


 黒田から個別に連絡が来た。


『公立行くわ』


 悠真は返す。


『お互い勝とう』


 すぐに既読。


『だな』


 三好。


『俺も公立』


『頑張れ』


『そっちもな』


 佐伯。


『まだ迷ってる』


『どっちでも強いだろ』


『そう言われると困る』


 少しだけ笑った。


 そして。


 優駿。


『どうする』


 悠真は打った。


『私立』


 既読。


 少し間が空く。


『同じだ』


(……だろうな)


 自然と笑った。


 優駿も同じ場所に来る。


 同じ学校なのか、同じ系統なのか。


 細かいことはまだいい。


 少なくとも、同じ方向を選んだ。


 悠真は返す。


『次も同じ戦場だな』


 既読。


『今度は内側だ』


 その言葉を見て、悠真はしばらく画面を見ていた。


 今度は内側。


 受験生として外から挑むのではない。


 合格者として中に入る。


 そして、中で戦う。


 それは、今までより簡単になるという意味ではない。


 むしろ逆だ。


 全員が通った者。


 全員が勝ってきた者。


 そこからまた序列が始まる。


 悠真はノートへ視線を戻した。


 進学先:私立難関


 その下に書き足す。


 条件:勝つ


 ペンが止まった。


 椅子にもたれる。


(終わったな)


 一つの戦いが。


 中学受験。


 高校受験。


 長かった。


 勝った日もあった。


 負けた日もあった。


 合格もあった。


 不合格もあった。


 迷った日もあった。


 止まりかけた日もあった。


 それでも、ここまで来た。


 だが。


(終わっていない)


 その感覚もある。


 むしろ、ここから始まる。


 高校では、全員が合格者だ。


 中学の順位も。


 塾のクラスも。


 模試の結果も。


 受験校の数も。


 合格通知の枚数も。


 全部リセットされる。


 勝ったままではいられない。


 負けたままでもいられない。


 また最初からだ。


 机の上の封筒が、かすかに揺れた。


 窓は閉まっている。


 風はない。


 悠真は目を向けた。


 合格通知の白い紙の上に、薄い影が落ちていた。


 だが、それはこれまでのように不安定ではなかった。


 線でもない。


 点でもない。


 黒い水のような重さでもない。


 今夜の影は、形を持っていた。


 盤面の中央に置かれた、一つの駒のように。


 進学先。


 私立難関。


 条件。


 勝つ。


 その文字の上に、静かに影が乗っている。


 悠真は瞬きをした。


 影は消えなかった。


 ほんの一瞬だけ、そこにあった。


 そして、ゆっくりと薄れて消えた。


 ふと。


 内側で声が落ちた。


(勝つ場所を選んだなら、そこで勝て)


 静かな声。


 耳ではない。


 記憶でもない。


 だが、確かにそこにある。


 悠真は小さく頷いた。


「……分かってる」


 その瞬間、胸の奥で何かが少しだけ離れた気がした。


 声が遠くなる。


 消えるわけではない。


 だが、前よりも少し離れていく。


 命令ではなくなる。


 助言でもなくなる。


 自分の中の考えに、少しずつ変わっていく。


 盤面を見る。


 負け方を見る。


 配置で勝つ。


 もう、それは誰かの声ではない。


 悠真自身の言葉になり始めていた。


 ノートを閉じる。


 受験は終わった。


 だが、次の戦場はもう決まっていた。


 その時、ドアの向こうで心太の足音が止まった。


「兄ちゃん」


「なに」


「決めた?」


「ああ」


「どこ行くの?」


「私立」


「ふーん」


 少し間があった。


「じゃあ、あの人も行くの?」


 悠真は手を止めた。


「あの人?」


「兄ちゃんの後ろにいた、いない人」


 部屋が静かになった。


「何言ってんだ」


「分からん」


 心太はいつものように答えた。


「でも、さっき少し薄くなった」


 悠真は何も言えなかった。


 後ろにいた、いない人。


 その言葉だけが、胸の奥に残る。


「寝ろ」


「うん」


 足音が遠ざかる。


 悠真はしばらくドアを見ていた。


 そして、もう一度机へ向き直る。


 封筒。


 ノート。


 合格通知。


 進学先。


 勝つ。


 何もおかしなものはない。


 何も見えない。


 ただ、今夜は少しだけ部屋が広く感じた。


 受験は終わった。


 だが、本当の勝負はまだ始まっていなかった。


 悠真は灯りを消した。


 暗くなった部屋の中で、机の上の白い封筒だけが、しばらく月明かりを受けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ