第8話 私は、比較という行為を学びました
問題が発生したのは、翌日の午後だった。
「本日より、実践演習の難易度を引き上げる」
教師の一言で、教室がざわつく。
「そのため、新たに一名、特別クラスへ編入してもらう」
視線が、扉へ向かう。
私は、その瞬間から嫌な予感がしていた。
理由は不明。
だが、胸の奥が静かに警告を発している。
扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、赤髪の少女だった。
長い髪を高く結び、堂々とした足取り。
自信に満ちた笑み。
鋭い視線。
「リィナ・ヴァルフェルトです。よろしく」
一瞬で分かる。
この人物は――強い。
魔力密度が高い。
制御も洗練されている。
そして何より、“心”が揺れていない。
「……危険度、高」
私は、無意識にそう判断していた。
リィナは、空いている席を見渡し――
迷いなく、レオンの隣に座った。
「……?」
胸の奥が、即座に反応する。
圧迫感。
温度上昇。
心拍数、上昇。
「……再発」
昨日と同じ反応。
だが、規模が違う。
「あなた、レオンよね?」
リィナが、気さくに話しかける。
「え、あ、うん」
「さっきの実技、見たわ。なかなかいい動きしてた」
レオンは、照れたように笑う。
「そうか? ありがとう」
そのやり取りを見ているだけで、
胸の奥が、強くざわつく。
「……」
私は、視線を落とした。
これは、明確だ。
「比較……」
自分と、彼女を比べている。
魔力。
容姿。
社交性。
自信。
論理的に見て、私は優位だ。
だが、心はそう判断していない。
「……非合理」
リィナは、ちらりと私を見る。
一瞬だけ。
だが、その視線には、すべてを見抜くような鋭さがあった。
「あなたが、アリアね」
彼女は、微笑む。
「噂は聞いてるわ。天才さん」
「事実に基づいた評価です」
そう答えたが、声が少し硬い。
「ふふ。面白い」
リィナは、楽しそうだった。
授業が始まる。
実践演習。
複数人での連携戦闘。
「ペアは、自由に組め」
教師の言葉で、教室が動く。
レオンの周囲に、人が集まる。
昨日の成果の影響だろう。
その中に、リィナもいた。
「一緒にやらない?」
彼女は、迷いなく言った。
レオンは、一瞬だけこちらを見る。
その一瞬。
時間が、伸びた気がした。
私は、何も言っていない。
合理的に考えれば、口を出す理由はない。
だが。
胸の奥が、強く訴えている。
――嫌だ。
その感覚に、私は驚いた。
「……」
私は、前に出た。
自分でも、なぜそうしたのか分からない。
「レオン」
彼が、こちらを見る。
「私と、組みませんか」
教室が、静まり返る。
リィナが、眉を上げる。
「へえ?」
レオンは、目を瞬いた。
「アリア……?」
「成功率は、こちらの方が高いです」
理由としては、十分だ。
だが、それだけではない。
私は、続けた。
「……それに」
言葉が、少し詰まる。
「あなたと組む方が……心が、安定します」
完全に、理論を逸脱している。
沈黙。
やがて、レオンが笑った。
「じゃあ、アリアで」
即答だった。
リィナは、一瞬だけ目を細め、
それから肩をすくめた。
「なるほど。そういう関係」
意味深な言葉。
だが、今は気にしない。
演習が始まる。
私は、彼の隣に立つ。
距離が近い。
それだけで、胸の圧迫感が和らぐ。
「……安定、確認」
私は、静かに結論を出した。
戦闘は、問題なく成功した。
連携も、完璧だった。
だが、それ以上に重要なのは。
私は今日、
初めて“選んだ”。
成功率でも、
合理性でもなく。
心で。
そして、その選択を――
後悔していない。
私は、はっきりと理解した。
比較は、
心を乱す。
だが、
選択は、
心を定める。
この感覚を、
私は忘れないだろう。




