第5話 彼の魔法は、失敗率が高いようです
実技訓練の時間は、私にとって少しだけ緊張を伴う。
理由は単純だ。
周囲の心の揺れを、以前よりもはっきりと感じ取れるから。
「本日の課題は、風属性魔法の基礎制御だ」
教師の声が、演習場に響く。
屋外の広い空間で、魔法の安全性も確保されている。
「小規模な風を発生させ、一定時間維持しなさい」
難易度は高くない。
だが、“心の安定”が重要な課題だ。
私は、少し離れた場所に立つレオンを見る。
姿勢が硬い。
呼吸が浅い。
「……緊張していますね」
彼の順番が来る。
「よし……」
レオンは深呼吸し、魔法陣を展開した。
詠唱も、構文も、教科書通り。
だが。
風が――乱れた。
「っ……!」
突風が発生し、魔法陣が歪む。
すぐに制御を失い、魔法は霧散した。
「失敗だな」
教師は冷静に告げる。
「魔力は十分だが、心が乱れている」
レオンは唇を噛み、俯いた。
「……すみません」
その姿を見た瞬間。
胸の奥が、きゅっと締まった。
「……?」
これは、昨日の“重さ”とは違う。
もっと直接的で、鋭い。
「心配……?」
私は、その単語を慎重に当てはめる。
自分のことではない。
他者の失敗に対する反応。
「……興味深い現象です」
だが、放置できない。
訓練は続くが、レオンは明らかに調子を崩していた。
次の試行でも、風は安定しない。
周囲の視線が、少しずつ厳しくなる。
「……介入すべきでしょうか」
合理性は、ある。
成功確率を上げる方法を、私は知っている。
問題は――
「彼が、どう感じるか」
その点を考慮している自分に、少し驚いた。
休憩時間。
私は、レオンのもとへ歩み寄る。
「レオン」
彼は、少し驚いた顔で振り向いた。
「アリア……」
「先ほどの魔法について、提案があります」
彼は一瞬、躊躇ったが、頷いた。
「……教えてくれるか?」
「はい」
私は、彼の魔法陣を指差す。
「構造自体は正確です。ただし、魔力の流し始めが急すぎます」
「急……?」
「心拍と同期させていますね」
彼は目を見開いた。
「なんで分かるんだ……?」
「呼吸と、魔力波形が一致していました」
事実を述べただけだ。
「心が緊張すると、呼吸が浅くなり、出力が不安定になります」
私は続ける。
「意識的に、呼吸を一拍遅らせてください。魔力は、その後で」
「……そんなこと、考えたことなかった」
「多くの指導は、“感覚”に依存しています」
私は少しだけ、言葉を選ぶ。
「ですが、あなたの場合……論理を補助に使った方が、安定します」
レオンは、しばらく黙っていた。
やがて、真剣な表情で頷く。
「……やってみる」
再試行。
レオンは、私の言った通りに呼吸を整える。
一拍。
そして、魔力を流す。
風が生まれた。
小さいが、乱れはない。
「……できた」
彼の声が、震えた。
教師も、少し驚いた様子で頷く。
「今の感覚を、忘れるな」
レオンは、何度も頷いた。
私は、少し離れた場所で、その様子を見ていた。
胸の奥が――温かい。
「……成功を共有する心」
初めての感覚だ。
レオンが、こちらを見る。
そして、笑った。
「ありがとう、アリア」
その瞬間。
胸の奥が、はっきりと跳ねた。
「……」
原因は、分かっている。
彼の成功。
彼の笑顔。
それを、自分が助けたという事実。
「これは……」
私は、心のログを更新する。
「他者の成果を、自分のことのように喜ぶ状態」
――心配。
――安堵。
――喜び。
一度に、複数の反応が発生している。
処理が、少し追いつかない。
だが。
不快ではない。
むしろ、保持したいと感じる。
「……記録優先度、上」
私は静かに、そう結論づけた。
魔法の理論は、ほぼ理解した。
だが、心は――
まだ、学習段階だ。
そして私は、はっきりと理解し始めている。
この学習は、
彼と関わることで、
加速している。




