第32話 抑制は、ある日突然壊れました
異変は、小さかった。
「……魔力出力、安定」
朝の訓練。
私は、単独術式を淡々と構築していた。
問題はない。
数値上は、完璧だ。
「……なのに」
胸の奥が、ざわつく。
理由は、分かっている。
彼が、いない。
視界に。
気配に。
心の距離に。
「……集中を維持」
自分に命令する。
だが――
それは、限界に近づいていた。
昼前。
警報が鳴った。
短く、鋭い音。
「――訓練場、第三区画に異常反応!」
教師の声。
「……現場、近い」
私は、即座に判断する。
走る。
第三区画。
すでに結界が歪み、
内部で魔力が暴れている。
「……学生が、巻き込まれている」
人数、三。
全員、逃げ遅れ。
「……単独制圧、可能」
判断は、正しい。
だが。
「……心的負荷、上昇」
結界内に入った瞬間、
強烈な不安が押し寄せる。
「……レオン」
思考に、彼の名前が浮かぶ。
「……違う」
振り払う。
「今は、私一人で――」
次の瞬間。
結界が、さらに歪んだ。
「きゃあっ!」
悲鳴。
「……危険域、突破」
迷っている時間はない。
私は、出力を上げる。
「……術式、展開」
魔力は、応じる。
だが――
どこか、不安定。
「……集中、できない」
視界の端が、
白く滲む。
その時。
「――アリア!」
聞き慣れた声。
振り向く。
結界の外に、
レオンがいた。
「来るな!」
叫ぶ。
だが、彼は――
迷わず、結界に踏み込んだ。
「……何してるんですか!」
「お前一人で、無茶するな!」
その瞬間。
世界が――
静止した。
「……?」
魔力の流れが、
一つに収束する。
私の。
彼の。
意図していないのに。
「……共鳴、発生」
禁止されている。
申告していない。
監視下だ。
だが。
止められない。
心が――
完全に、彼へ向いた。
「……出力、安定」
さっきまでの揺らぎが、
嘘のように消える。
「……学生を、後方へ!」
「分かってる!」
彼の判断が、
即座に共有される。
言葉は、不要。
魔力が、滑らかに動く。
結界の歪みを、
正確に縫い合わせる。
暴走していた魔力が、
次々と鎮まっていく。
「……制圧、完了」
静寂。
結界が、消える。
学生たちが、
へたり込む。
「……助かった」
誰かが、呟いた。
その瞬間。
胸の奥に――
鋭い痛み。
「……っ」
膝が、揺れる。
「アリア!」
彼が、支える。
「……反動です」
《共鳴魔法》の、代償。
「……無断使用」
「……重大違反」
遠くで、
警告音が鳴る。
監視者が、
確実に感知している。
「……終わったな」
レオンが、低く言う。
「……はい」
私は、頷く。
だが。
後悔は――
なかった。
「……学生は、無事です」
「それが、答えだろ」
彼は、私を見る。
「怒られても」
「切られても」
「俺は、来る」
胸の奥が、
熱くなる。
「……それは」
私は、はっきり言う。
「非常に、問題行動です」
「だろ?」
「ですが」
一拍。
「……嬉しいです」
その瞬間。
監視結界が、完全に展開された。
世界が――
本気で、介入してくる。
この無断共鳴が、
何を意味するのか。
それを知るのは――
次の裁定だ。
だが。
この時、私は確信していた。
抑制は、限界だった。
《共鳴魔法》は、
抑え込むものではない。
――扱い方を、変える必要がある。
そして。
彼もまた、
同じ結論に辿り着いている。
次は、逃げ場がない。




