第29話 私は、最適解を選ばなかった
集落は、沈黙していた。
仮封印された魔力塊は、
完全ではないものの――
暴走は、止まっている。
「……被害報告、最小限」
現地支援班の声が、
遠くで聞こえる。
私は、
その場に立ったまま動けなかった。
足が、重い。
「……アリア」
レオンが、後ろから声をかける。
振り向けない。
「……聞いてます」
声は、正常。
数値的には、問題ない。
だが。
胸の奥が、
空洞のように冷たい。
「俺のせいだ」
彼が、低く言う。
「俺が無理をしなければ」
「お前が、戻らなくて済んだ」
「……否定します」
私は、即座に返す。
「選択は、私です」
振り返る。
「あなたは、正しかった」
「民間人を優先した」
「それは、世界の要請です」
彼は、唇を噛む。
「でも――」
「……ですが」
私は、言葉を継ぐ。
「私は」
「最適解を、選びませんでした」
「世界的には」
「中心を完全制御するべきでした」
沈黙。
「それができた」
「……理論上は、はい」
私は、地面を見る。
「ですが」
「あなたが危険に晒されている状況で」
「私は、集中を維持できませんでした」
彼の肩が、
わずかに揺れる。
「……欠陥だな」
彼が、苦笑する。
「いや」
私は、首を振る。
「欠陥ではありません」
「選択です」
一歩、近づく。
「私は」
「あなたが死ぬ可能性を許容できなかった」
「それだけです」
沈黙が、
重く落ちる。
「……世界は」
彼が、ぽつりと言う。
「それを、許さないだろ」
「……はい」
私は、即答する。
「だから」
「評価は、下がるでしょう」
「監査機構は」
「私を、危険視するかもしれません」
「それでも?」
彼が、私を見る。
私は、迷わなかった。
「それでも」
「私は、同じ選択をします」
その瞬間。
胸の奥が、
急激に熱を持った。
「……あ」
視界が、歪む。
膝が、崩れる。
「アリア!」
彼が、慌てて支える。
「……問題ありません」
言葉とは、裏腹。
心が――
限界を越えた。
「……警告」
自分で分かる。
「心的負荷、臨界」
抑えていたものが、
一気に溢れ出す。
「……なんで」
声が、震える。
「私は、正しくあろうとしただけです」
「世界も」
「あなたも」
「両方、守ろうとしただけです」
言葉が、
崩れる。
「なのに……」
視界が、
滲む。
「なんで」
「どちらも、完全には守れないんですか」
涙が、
落ちた。
初めてだった。
感情を、
制御できなかったのは。
「……アリア」
彼の声が、
近い。
「泣いていい」
「……否定」
反射的に言いかけて――
止まる。
「……訂正」
声が、かすれる。
「今は」
「許容します」
彼の胸に、
額を預ける。
心音が、
はっきり聞こえる。
「……私は」
小さく、吐き出す。
「あなたを失う可能性を」
「一度、想像しました」
「……怖かった」
彼の腕が、
強くなる。
「俺もだ」
低い声。
「お前がいない世界は」
「考えたくない」
その言葉で。
胸の奥の空洞が、
少しだけ埋まった。
「……結論」
私は、ゆっくり言う。
「《共鳴魔法》は」
「完成していません」
「距離」
「喪失への恐怖」
「選択の衝突」
「すべてが、弱点です」
彼は、黙って聞いている。
「ですが」
顔を上げる。
「改良は、可能です」
「どうやって?」
「……心を、さらに理解します」
「依存ではなく」
「共有でもなく」
「喪失を前提にしない形を」
彼は、少し考えてから――
笑った。
「難しそうだな」
「はい」
「でも」
私を見る。
「一緒にやるんだろ」
「……当然です」
この日。
私は、泣いた。
最適解を捨てた代償として。
だが。
それでも。
私は、
後悔していない。
選ばなかったことを――
選び続けると、決めたからだ。




