第20話 私は、一人で耐えました
隔離区画は、静かすぎた。
音がない。
人の気配がない。
魔力の流れさえ、均一すぎる。
「……環境、異常に安定」
それが、
逆に不安を増幅させる。
私は、中央に立ち、
結界の内側を見渡した。
完全隔離。
外部干渉、遮断。
通信不可。
「……単独検証環境」
教師ではなく、
研究者の発想だ。
「……心拍、上昇」
「……魔力出力、微増」
すでに、
影響は出ている。
私は、床に座り込んだ。
姿勢を整え、
呼吸を制御する。
「……落ち着いてください」
自分に向けた命令。
吸って。
吐いて。
魔力は、呼吸と連動する。
「……」
一瞬、安定する。
だが。
胸の奥に、
小さな空白がある。
いつもなら、
そこに――
彼がいる。
「……依存ではない」
何度も、繰り返す。
「信頼です」
「共有です」
だが、
今は共有できない。
「……孤立」
この単語が、
内部ログに強く刻まれた。
その瞬間。
魔力が、脈打った。
「……っ」
結界が、わずかに震える。
「……危険」
私は、即座に魔法陣を展開する。
抑制式。
安定化係数、最大。
だが――
効きが、悪い。
「……心が、原因」
分かっている。
分かっているのに。
胸の奥が、
じわじわと痛む。
「……もし」
思考が、
勝手に未来を描く。
もし、
彼が戻らなかったら。
もし、
ここから出られなかったら。
もし――
「……停止!」
自分の頬を、強く叩いた。
「想定は、不要」
「現実に、集中」
だが、
心は命令に従わない。
魔力が、
溢れ始める。
「……限界、接近」
床の魔法陣が、
ひび割れる。
結界が、軋む。
「……私は」
ここで暴走すれば、
すべてが証明される。
――心は、危険だと。
「……それでも」
私は、立ち上がった。
足が、少し震えている。
「……私は、私です」
誰かがいなくても。
共有できなくても。
「心を、消しません」
私は、
胸に手を当てた。
そこにあるものを、
拒絶しない。
不安も。
怖さも。
寂しさも。
「……認識します」
魔力が、
一気に膨らむ。
だが、私は逃げない。
「……あなたが、いないのは事実です」
声に出す。
「……でも」
胸の奥に、
確かな像が浮かぶ。
彼の声。
体温。
戻ってくるという言葉。
「……信頼は、距離で消えません」
その瞬間。
魔力の流れが、
変わった。
荒れていた波が、
ゆっくりと収束する。
「……出力、低下」
「……安定化、確認」
床の魔法陣が、
静かに修復される。
結界の揺れも、止まった。
私は、
その場に座り込んだ。
全身が、重い。
「……耐えました」
完全な成功ではない。
完璧な制御でもない。
だが。
「……折れていません」
そのとき。
隔離区画の外から、
拍手の音が聞こえた。
「見事だ」
カイの声。
結界の向こうに、
彼が立っている。
「一人で、よく持ちこたえた」
「……評価は、不要です」
私は、静かに答えた。
「私は、証明していません」
「何を?」
「心は、切り捨てなくても」
「制御できるということを」
カイは、少し黙った。
それから、
興味深そうに言う。
「だが、限界は見えたな」
「……はい」
否定しない。
「一人では、危険です」
それを認めた瞬間、
胸が、少し楽になる。
「それでいい」
カイは、頷いた。
「君は、完全ではない」
「だからこそ――」
一歩、下がる。
「次は、さらに厳しくなる」
結界が、再び静まる。
私は、天井を見上げた。
怖かった。
本当に。
でも。
「……私は」
小さく、呟く。
「独りになっても」
「独りには、戻らない」
心は、
まだここにある。
そしてそれは――
確かに、強さだった。




