第16話 私は、初めて「怖い」と言いました
異変は、静かに始まった。
「……魔力出力、微増」
朝の訓練。
いつも通りの基礎演算。
いつも通りの制御。
数値上は、誤差の範囲。
だが――
胸の奥が、落ち着かない。
「……原因、不明」
私は、無意識にレオンの姿を探していた。
彼は、少し離れた場所で、
別のグループと訓練している。
それだけだ。
距離は、数メートル。
問題は、ない。
それなのに。
「……不安」
この単語が、
自然に内部ログに浮かぶ。
「……?」
私は、眉をひそめた。
彼は、そこにいる。
無事だ。
関係性も、安定している。
論理的に、
不安要素は存在しない。
「……不整合」
訓練が進む。
魔法陣を展開。
魔力を流す。
その瞬間。
「……っ」
魔力が、わずかに乱れた。
制御が、遅れる。
「アリア?」
教師の声。
「問題ありません」
即座に修正。
事なきを得る。
だが、胸の奥の違和感は消えない。
休憩時間。
私は、レオンのもとへ向かった。
「……何か、ありましたか?」
彼は、少し驚いた顔をする。
「え? いや、特に」
「……そうですか」
それだけで、
少し、安心する自分がいる。
「……依存傾向、上昇?」
自覚した瞬間、
胸が、きゅっと締め付けられた。
放課後。
帰り道。
並んで歩いている。
いつも通り。
手も、自然に繋いでいる。
「アリア」
彼が、ふと口を開く。
「今度の合同演習さ」
「はい」
「別クラスと組むらしい」
「……把握しています」
その中に、
彼と私が別チームになる可能性がある。
頭では、理解していた。
「危険度は、管理下です」
私は、そう答えた。
だが。
胸の奥が、
強く、ざわついた。
「……?」
「アリア?」
彼が、立ち止まる。
「顔、青いぞ」
「……問題ありません」
そう言った瞬間。
胸の奥が、
耐えきれないほど、締め付けられた。
息が、少し浅くなる。
「……」
言葉が、出ない。
「おい、アリア」
彼が、両肩に手を置く。
視線が合う。
その瞬間。
「……怖い」
声が、零れた。
自分でも、
驚くほど、小さな声。
「……え?」
「あなたが……」
言葉が、続かない。
合理的な説明が、
一つも浮かばない。
「いなくなる可能性を、想定すると」
胸の奥が、痛い。
「……制御が、できません」
完全な異常事態。
私は、
自分の心を抑えられない。
レオンは、
一瞬だけ驚いた後――
静かに、私を抱き寄せた。
「大丈夫」
短い言葉。
だが、確かだった。
「俺は、ここにいる」
胸に、顔が触れる。
心拍。
体温。
呼吸。
全部、分かる。
「……確認」
私は、震える声で言った。
「あなたは、ここにいます」
「そうだ」
彼は、即答する。
「逃げないし、消えない」
「……保証は、ありません」
「ないな」
正直な答え。
だが。
「それでも、戻ってくる」
その言葉で、
胸の奥が、少しずつ緩む。
「……」
私は、彼の服を、ぎゅっと掴んだ。
こんな行動、
想定していなかった。
「……初めてです」
「何が?」
「誰かがいない未来を」
「こんなに、怖いと感じたのは」
彼は、何も言わず、
ただ、そばにいた。
それだけで、
内部状態が、回復していく。
数分後。
私は、深く息を吐いた。
「……回復、確認」
「よかった」
彼は、少し安心した声で言った。
私は、顔を上げる。
「……謝罪します」
「なんで?」
「合理性を、欠きました」
彼は、苦笑した。
「それ、今さらだろ」
「……」
否定できない。
「でもさ」
彼は、私の額に、
軽く触れる。
「怖いって言ってくれて、よかった」
胸の奥が、
静かに、温かくなる。
「……次回、同様の事象が発生した場合」
私は、真剣に言う。
「あなたに、報告します」
「報告じゃなくて、頼れ」
「……検討します」
彼は、笑った。
この日。
私は、理解した。
心が強くなるのは――
一人で立てる時ではない。
「怖い」と言える相手が、
そばにいる時だと。




