第10話 私は、最適解を捨てました
異変は、実践演習の最中に起きた。
「魔力循環、異常確認」
私の演算が、警告を発する。
演習用結界。
本来なら、暴走は起こりえない。
それでも――魔力の流れが乱れている。
「原因……不明」
次の瞬間。
「うわっ!?」
レオンの声。
振り向いた瞬間、視界に入ったのは、
彼の足元で崩れ落ちる魔法陣だった。
「……っ」
罠型の魔法。
誰かの誤作動か、残留魔力か。
理由は後でいい。
問題は――彼が、落ちる。
「レオン!」
私の声が、教室に響いた。
計算開始。
距離。
速度。
私の魔力量。
最適解は、二つ。
一つ目。
遠隔魔法で彼を弾き、落下軌道を逸らす。
成功率、72%。
二つ目。
私自身が飛び込み、直接抱き止める。
成功率、38%。
――最適解は、明白だ。
「……」
だが。
胸の奥が、強く叫ぶ。
――嫌だ。
彼が、遠くなるのが。
触れられないまま、助かるのが。
「……最適解、破棄」
私は、走り出していた。
床を蹴り、
魔力を全開で展開し、
彼のもとへ飛ぶ。
「アリア!?」
驚く彼の声。
私は、腕を伸ばす。
次の瞬間――
衝撃。
彼の体を、確かに抱き止めた。
「……っ!」
魔力制御が、限界を超える。
視界が、白く弾けた。
だが。
彼の体温。
腕の感触。
心拍。
全部、分かる。
「……無事です」
私は、そう言った。
声が、震えている。
着地。
結界が、完全に停止する。
教師たちが駆け寄ってくる。
「何を考えていた!」
叱責の声。
「成功率が低い行動だぞ!」
正しい。
完全に正しい。
私は、反論できない。
「……はい」
そう答えた。
だが。
腕の中のレオンが、私を見た。
真剣な目で。
「ありがとう」
たった一言。
その瞬間。
胸の奥が、満たされた。
解析不能なほど、強く。
「……後悔、ありません」
私は、そう結論付けた。
保健室。
私は、ベッドに座っていた。
魔力過負荷のため、安静指示。
レオンは、隣に座っている。
「さ」
彼は、少し困った顔で言った。
「さっきの、無茶だろ」
「事実です」
「なんで、あんなことした」
私は、答えを持っている。
だが、それは――
論理ではない。
「……あなたが、怪我をするのは」
言葉を選ぶ。
「許容できませんでした」
彼は、少し笑った。
「それってさ」
間を置いて。
「好きってことじゃないのか」
心拍数、急上昇。
逃げ場は、ない。
私は、目を逸らした。
「……定義は、まだです」
「それでもいい」
彼は、優しく言った。
「俺は、アリアが無事でよかった」
その言葉で、
胸の奥が、静かに確定した。
私は、理解した。
最適解を選ばなかった。
効率を捨てた。
合理性を裏切った。
それでも。
私は――正しかった。
「……暫定結論」
私は、小さく呟く。
「心は」
言葉を探す。
「守りたい対象があるとき、最も強くなる」
レオンは、何も言わず、頷いた。
この日。
私は初めて、
“間違った選択”をした。
そして初めて、
それを誇りに思った。




