3話 女魔王、胃袋を掴まれる
勇者との共同生活二日目。
「シャルティ、おはよう」
ローレンスがベッドの傍らで、にこやかに微笑んでいた。
ふかふかのベッドが心地よく、いつの間にか意識を手放してしまった。
バツの悪さを隠すため、シャルティは「それは何だ……?」とぶっきらぼうにテーブルを指さした。
「何って……朝ごはんだよ。もう昼に近いからブランチだね」
コーンスープに、色とりどりの野菜が盛り付けられたサラダ、白身魚の蒸し物に、骨付き肉のステーキ。
そして大皿に山盛りになったフルーツ。
昨夜、「好きなメニューは?」と尋ねられた際、シャルティが「生肉」と返すと、勇者は何とも言えない表情をした。
用意したくなければ食事は必要ないと、シャルティはそっぽをむく。
魔神の末裔、魔王の血脈であるシャルティは、数年食事を摂らずとも、支障はないのだから。
それなのに。
「……食事は必要ないと言ったわよね?」
「調理したモノを食べられないわけじゃないんでしょ。ほら、一緒に食べよう」
「人族の食事に、私が付き合う筋合いはない」
「まあそういわずに。一人で食べるより二人で食べるほうが楽しいから」
ローレンスは椅子を引いて、席に着くよう促した。
笑顔の圧に負けたシャルティは、ベッドから降り椅子に腰かける。
テーブルに並ぶ品々はどれも絵に描いたように美しく盛り付けられていた。
思わず見とれていると、ローレンスは「俺が作ったんだ。割と上手いでしょ?」と腕組みをする。
「勇者になる前は食堂の料理人だったんだよ」
「……そんな嘘、信じるとでも?」
「嘘じゃないさ。ガキの頃から王都の食堂で働いていたんだ」
これでも評判のいい料理人だったんだよ。
軽口を叩きながら、ローレンスは流れるような所作でステーキを切り分けていく。肉の切れ端をフォークに突き刺し、シャルティの口元に近づけた。
「はい。あーん」
「……」
まるでひな鳥に餌を与えるようだ。肉の欠片を前に、シャルティは紫の瞳を瞬かせる。
地下牢に幽閉され、存在しないモノとして扱われてきた。
世話を焼かれることに慣れていない。
(いや、彼は私の身を案じてくれていたわね)
羊頭の青年が、脳裏をよぎる。
彼は唯一、シャルティに敬意を払ってくれる臣下だ。
(ローレンスとすれ違うように視察へ出たのよ。きっと無事だわ)
聡明な彼ならば、城を出た同胞たちとうまく合流し、魔王城へ帰還するタイミングを窺っているはずだ。
彼を思い、ぼんやりしていると
「シャルティ、どうしたんだ? あ、焼いた肉が気に入らなかった?」
でも生肉は俺、食べられないしなあと、ローレンスは困ったように眉尻をさげた。
(なんだか真剣に悩むのが馬鹿らしくなりそうだわ)
シャルティがため息をつくと、ローレンスは慌てたようにフォークを引っ込め、しどろもどろになる。
「食器の使い方がわからないだろうって思っただけなんだ。決して君を侮辱したつもりはないから」
シャルティを脅そうとしたくせに、こちらの所作ひとつで慌てたりと、忙しい男である。
「……貸して頂戴」
シャルティはローレンスからフォークをひったくると柄の部分を握りしめ、肉の切れ端を口に含む。
(なにこれ……)
甘い脂が口の中に広がり、思わず目をぱちくりさせた。指先で唇を押さえ、しっかりと咀嚼する。
「気に入ってもらえたみたいで嬉しいよ」
ローレンスは両手で頬杖をつき、シャルティに微笑みかける。青空のように澄んだ瞳がとても嬉しそうに輝いていた。
シャルティはごくりと肉のかけらを飲み込む。
料理に罪はない。
そう言い聞かせ、他の料理にもフォークを伸ばした。ローレンスが喜んだのは、言わずもがなである。
もう食べられないと音をあげるまで、ローレンスはシャルティから目を離さなかった。




