視線
ある日。
妻が奇妙なことを言い出した。
「近頃ね。お風呂に入ってるとき、たまに見られているような気がすることがあるの」
どこからとなくいやらしい視線を感じることがあるのだと訴える。
ここはマンションの五階。
風呂には小窓が一つあるのだが、どう考えてもそこからのぞくことは不可能である。
「気のせいだよ」
オレは笑って答えた。
その晩。
風呂に入っていて、オレは妻の言う視線というものを感じることになった。
一瞬、何かに見られている気がしたのである。
――えっ?
とっさに窓を見たがちゃんと閉まっていた。
そして視線も消えた。
妻がああいうことを言ったので、その話に知らず知らずに影響を受け、オレも心の内のどこかで気にしていたのだろう。
――気のせいか……。
ホッとして、首を振ったときだった。
天井からいきなりテニスボールほどの大きさの白いものが落ちてきて、バスタブの中で水しぶきが上がった。
白いものが湯の中でクルンとひっくり返る。
その中心部には黒い瞳があり、それがオレをじっと見た。