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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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与えられた最後のチャンス


結局―――ナナミーは、舞い落ちる落ち葉をつかまえることはできなかった。


「地面に落ちる前に手に入れた葉っぱ」は、うろの中へ舞い込み、肩に触れた「偶然の一枚」だけだ。

ヒヨク色の特別な落ち葉は、どれもナナミーの指先をすり抜けて、地面へと降り積もっていった。


いつのまにか森の木々はすべての葉を落とし、枝だけを残して、静かに冬の訪れを告げていた。





休日の今日。

集めた枯葉で焚き火をしながら、みんなでバーベキューをしている。

お客さんは、ヨウとカメリア、そしてレオードとコフィだ。


焚き火の中には、ホイルで包んだトウモロコシやニンジンやアスパラガス、りんごやみかんなど、おいしいものがたくさん入っている。

琥珀色をした落ち葉たちが、今は火のなかでぱちぱちと音を立てていた。




(あったかいな……)


焚き火の前でウトウトしていたナナミーは、燃えていくヒヨク色の落ち葉をぼんやりと眺めていた


また一枚、落ち葉の端に火が燃え移った。


火は瞬く間に葉の表面を走り、炎がパッと短く強く立ち上がる。

すぐに燃え尽きて、葉っぱの形をした可愛い墨だけが残った。

それも風に吹かれ、音も立てずにサラサラと白い灰になって消えていく。


一瞬で燃え尽きて、形をなくしていく落ち葉たちは、まるでナナミーの恋を告げる言葉のようだ。

「今日こそは絶対に告白しよう!」とあれだけ熱く決心しても、口に出す前に風に吹かれて消えてしまう。


ふう……と小さなため息をついて、また燃えていく落ち葉を見つめた。

秋という季節は、どうしてこうも少し寂しい気持ちにさせるのだろう。





「ナナミー、元気ねえな。腹が減ったのか?先にこれ食べるか?熱いから気をつけろよ」


じっと焚き火を見つめていると、ヒヨクが炙った桃をお皿に乗せて差し出してくれた。


別に、ごはんが待ち切れなくて焚き火を見つめていたわけではない。

けれど、お皿からふわんと甘い桃の香りが立つと、途端にお腹が空いてくる。

秋はどうしたって食欲を刺激するものだ。


「わぁ〜……桃だ……」


炙られた桃が、おいしい香りを深めていた。

お腹がぐぅ〜…と鳴る。


スプーンをそっと差し込むと、とろける果肉にスッと沈んでいった。ドキドキしながら一口すくって、口に運ぶ。


「桃――――!!!!」


いつも甘くておいしい桃が、炙られて、さらに甘さを増していた。

口いっぱいに桃が広がり、香りが鼻から抜けていく。焚き火の煙の、ほんのりスモーキーな香りが加わって、複雑で香ばしいその味わいは、まるで王様のデザートのようだ。


世界イチおいしい桃を手に入れた王様の気分になると、告白の勇気がむくむくと湧いてきた。

今なら、きっと言える。

だけど今は桃を食べる手が止まらない。


(この桃を食べたら告白しよう……!)


とろける桃をパク……パク……と夢中になって食べながら、ナナミーは心の中で熱く決意を固めていた。




あっという間に食べ終わり、ふぅ……と息をついてヒヨクを見た瞬間―――


ヒラリ、と琥珀色の落ち葉がヒヨクの肩に舞い落ちた。


ナナミーの肩に止まった時のように、その落ち葉もヒヨクの服にそっと引っかかって止まっている。

ナナミーはハッと目を見開いた。


(神様!!これは――これは、告白の落ち葉ですね!)



「そうじゃ。ナナミー、最後のチャンスをやろう。その落ち葉をつかみ、ヒヨクに渡すがいい。

ナナミーのその想いを、しかとヒヨクに届けてやろう」


―――神様は、そう言っているのかもしれない。

そうでなければ、落ち尽くしたと思っていた落ち葉が、こんなタイミングで現れるはずがない。


「つがいだという事実も、『残業はなしにしろよ』ということも、しかと伝えよう。安心するがいい」


ヒヨクの肩に止まった特別な落ち葉が、そんなことまで言ってくれている……気がする。



ナナミーは、落ち葉を乗せるヒヨクの肩に、そうっと手を伸ばした―――その瞬間、ヒヨクがふいに動いた。


「お代わりか?桃はこれで最後にしろよ」


そう言いながら、ヒヨクは焼き桃を乗せた新しいお皿と、ナナミーが持っていた空のお皿を素早く交換してくれた。

その拍子に、肩に引っかかっていた落ち葉が舞い落ちる。


ヒラリ。


落ち葉はひらひらと炎の中に吸い込まれていった。


すぐに炎が立ち上がり、一瞬で可愛い形の墨となり、白い灰になって消えていく。


(最後のチャンスが……)


ナナミーの恋を告げてくれるはずだったヒヨク色の落ち葉は、また何ひとつ語らぬまま、静かに消えてしまった。







「あ……いや、桃はいくらでもお代わりすればいい。何回でも手を上げてくれ」


珍しく手を上げてお代わりを主張したナナミーに、ヒヨクの心は浮き立ち、素早く新しい桃を焼いてやった。

だが、自分が口にした「お代わり禁止」の言葉のせいで、ナナミーの顔にスッと陰が落ちた。

心なしか、瞳が潤んでいるようにも見えた。


(違う!桃を食べさせたくないんじゃない!俺は……俺はただ……トウモロコシも、アスパラガスも食べた方がいいと思っただけだ!)


焦る気持ちが募るが、言い訳並べるよりも「お代わりを気にするな」ということを態度で示すべきだ。


ヒヨクは網の上に、次々と桃を並べていった。


「ほら、これ全部お前の桃だ。それ食ったら、すぐに次の桃を乗せるからな」


その言葉にナナミーは目を見開き、ゆっくり――でもいつもよりは明らかに早いペースで桃を食べ始めた。

よほど焼き桃が気に入ったのだろう。


(食べ終えたら、すぐに次の桃を乗せてやらねば……)


桃を食べるナナミーの様子を、ヒヨクは真剣な眼差しで見つめ続けた。







「おいヒヨク、そんなに見てたらナナミーちゃんが食べにくいだろう?それに焼くタイミングが早すぎるだろ」


「そうだ。それに、他の物も食べさせてやれよ。その焼いた桃は俺が引き取ってやるから」


ナナミーを厳しい目で見つめ続けるヒヨクを、ヨウとレオードが諌めてくれた。


(ヨウおじいちゃん、レオードお父さん、ありがとう……!!)


ヨウとレオードの申し出に、ナナミーは心の中で思わず感謝する。


焼き桃はおいしいけど、お皿の桃を食べている最中にも、ジュウジュウ……と次の桃の焼ける音が聞こえて、ナナミーを密かに焦らせていた。

それに、そんなにたくさんは食べられない。



だけど――


レオードが差し伸べた救済の手を、ヒヨクはバシッと力強く跳ね除けた。


「食べたきゃ自分で焼けよ。これは全部ナナミーの分だ。ナナミー、急がなくていいから、焦げる前に食えよ?」


「あ、はい」


ヒヨクの言葉に、ナナミーは反射的に頷いた。




「急がなくていいから」

――それは、ヒヨクが鬼畜な上司だった頃、機嫌のいいときに口にしていた言葉だ。


「これは全部お前の仕事だ。ナナミー、急がなくていいから、期限までに片付けろよ?」


たとえ「その短い期限に、その量は無理だ!」と魂が叫んでも、弱小種族の誇りを胸に、「あ、はい」と答えることしかできない言葉だった。

―――社畜な記憶がよみがえる。



落ち葉を取り損ねたせいで、鬼畜な料理人となったヒヨクの前で、ナナミーは必死にスプーンを握りしめ、桃をすくい取っていく。


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