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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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現れた神様


ひらり、と落ち葉が舞い込んだ。

カサ……と、小さな小さな音を立てて、肩に触れる。


うろの中で膝を抱えて丸くなっていたナナミーは、肩についた落ち葉を手に取って―――ハッと息を飲んだ。


琥珀色の落ち葉だった。

黒色のラインが、スッ、スッ、と流れるように入っている。



「ヒヨク様の色だ……」


ナナミーは、落ち葉をそうっと掴み上げ、うろの入り口から差し込む光に掲げてみる。


陽の光を受けて、キラキラと琥珀色が輝いていた。

その色は―――ヒヨクの髪が、陽の光を浴びた時に見せる、最強種族としての風格を表す瞬きによく似ていた。


ナナミーは、ゴソゴソと体を動かして、カバンの中のシール帳を取り出した。


落ち葉を挟んで大事にしまい込み、ナデ…ナデ…とシール帳を上から撫でてみる。

それから少し少し考えて―――うろの外に出た。



『もしかしたら、もっと落ちてくるかも』


そう考えて、空を眺めた。

空には、風に乗ってひらひらと、いくつもの落ち葉が舞っている。

あれも――これも――ヒヨクを思い出させる色だ。



『もし……落ちて来るヒヨク様色の葉っぱを、地面に落ちる前につかめたら、ヒヨク様の気持ちもつかめるかも……』


そんなことを思ったら、胸の奥で本当にそうなる気がしてきた。

あの葉っぱを先につかめたら、ナナミーの恋はきっと実る。

そんな予感が膨らんでいく。


神様だって、ナナミーの頑張りを見守っているかもしれない。

――そんな気までしてしまう。


「よくぞ頑張ったな。でかしたぞ、ナナミー。お前の願いを叶えてやろう。

ナナミーのその想いを、しかとヒヨクに届けてやろう」


神様は、そう言ってくれるかもしれない。

もしかしたら―――


「つがいだという事実も、私から伝えてやろう」


そして更に―――


「もちろん神である私から、『残業はなしにしろよ』と、しっかりと伝えておくぞ」


そんなことまで言ってくれるかもしれない。



『神様……!私、絶対に諦めないで頑張ります!』


ナナミーは、心の中に突然に現れた神に誓い、手のひらを固く握りしめた。






ひらり、と落ち葉が落ちてくる。


『あれだ!』と狙いを定めて、自分に向かって落ちてくる落ち葉に手を伸ばした。


サッ!と素早く手を上げたつもりだ。


けれど―――手が上がりきる前に、落ち葉はふわりと地面に落ちてしまった。


ナナミーは、足元に落ちた、ヒヨク色の落ち葉をじっと見つめる。


「神様。落ちたやつはダメですか……?」


心の中の神に問いかける。


「落ちたやつは―――ダメじゃ」


眉を下げ、どこか申し訳なさそうに首を振る神の姿がよぎった気がした。


ナナミーは少し悲しい気持ちになる。

だけど、ここで諦めたくはなかった。




また、ひらり、と落ち葉が落ちる。


『今度こそ!』と、気合いを入れて、またサッ!と手を上げる。


けれど―――やっぱり間に合わない。

手を上げ切る前に、また落ち葉は地面に吸い込まれてしまった。


ひらり、ひらり、と、落ち葉は次々に舞い落ちてくるのに、ナナミーの手につかまってくれる葉は、まだ一枚もない。


踊るようにゆっくりと舞い落ちるように見えて、実際には驚くほど素早く、地面にピタッ!と張り付いてしまう。


指先にかすりもしないで落ちていく落ち葉は、まるでナナミーの恋のようだ。


―――掴めそうで、掴めない。








「えっ……!神様が願いを……?!」


コフィは、ナナミーの話に、思わず目を見開いた。

コクリ、と頷くナナミーの顔はとても真剣だ。

―――きっと、本当の話なんだろう。



ナナミーを探して森を歩いていたコフィは、降り積もった落ち葉の上で、空を見上げて踊るナナミーを見つけた。


『楽しそう……!』


そう思って近づき、仲間に入れてもらおうと声をかけたのだが、ナナミーは踊っていたのではないと言う。


「地面に落ちる前に落ち葉をつかまえたら、神様が願いを叶えてくれるんです」と、ヒソヒソ声で秘密の話を教えてくれた。



足元に降り積もる落ち葉は、まるでコフィの運命のつがいのレオードの髪色のようだ。

輝く琥珀色に、黒の筋が少し入っている。


―――それは息子ヒヨクと同じ色だ。


もしかしたらナナミーは、神様に、息子ヒヨクにその想いを伝えてもらおうとしているのかもしれない。


『私も……落ち葉をつかまえて、レオードに気持ちを伝えてもらおうかしら?』


コフィは、ふとそんな考えを胸に浮かべた。


たまに、若いころに鬼畜な先輩だったレオードを思い出して、彼に冷たく当たってしまうことがある。

それでも、運命のつがいであるレオードのことは、誰よりも大切に思っていた。


コフィの特別な想いを、改めて神様から伝えてもらえるなんて、それはどんなに素敵なことだろう。


「よく頑張ったな。でかしたぞ、コフィ。お前の願いを叶えてやろう。

コフィのその想いを、しかとレオードに届けてやろう」


――神様は、そんなふうに言ってくれるかもしれない。



「ナナミーちゃん、私も頑張るわ!」


コフィの決意に、ナナミーはまた、真剣な顔でコクリと頷いてくれた。



コフィの前に、ひらり、と落ち葉が落ちる。


サッ!と素早く手を上げようとした瞬間―――落ち葉は、ピタッと地面に着地してしまった。


コフィは、落ちてしまったレオード色の葉をじっと見つめる。


「ナナミーちゃん、落ちたものはダメかしら……?」


足元の落ち葉は、とてもキレイな形をした葉っぱだ。

『これなら大丈夫じゃないかしら……?』と淡い期待が胸に灯った。


けれど、ナナミーはゆっくりと首を振った。


「落ちたやつは―――ダメだそうです」


ナナミーの顔が、とても悲しそうだった。

ナナミーもきっと、コフィと同じことを考えて、そして神様に問いかけたのだろう。


神様が「ダメじゃ」と言うなら、しょうがない。


少し残念な気持ちになったが、コフィはここで諦めるつもりはない。

顔を上げて、落ち葉の舞う空を見つめる。


きっと―――次こそは。


そう思って手を掲げたが………その次も、またその次も結果は同じだった。


コフィが『あれよ!』と、狙いを定めて手を上げる前に、落ち葉はすい、と吸い込まれるように地面へ消えていく。


ふわりふわりと舞う大きな雪のように、木の葉は次々と舞い落ちてくるというのに。


神様のところまで、願いを運んでくれる落ち葉は、まだ一枚もつかまえられなかった。






レオードとの仕事を終えたヒヨクは、ナナミーを探しに森に向かった。

コフィを探しに出た、レオードも一緒だ。


すぐに落ち葉の上でコフィと踊るナナミーを見つけた。

―――だが、様子がおかしい。



ナナミーは、落ち葉の舞う空をじっと見つめ、ゆっくりと両手を持ち上げる。

そして、ゆっくりと頭を下げる。


下を向いたその顔が、驚くほど悲しそうだった。

悲しげなその顔に、ヒヨクは胸がきゅっと締めつけられた。



『落ち葉か……!落ち葉を拾いたいのか!』と、すぐに気がついた。

ヒヨクは、ナナミーがこだわりのある収集家であることを、誰よりも知っている。


ヒヨクにはどれも同じに見える花も石も、ナナミーはその中のたった一つに『特別な何か』を見ている。


妥協を知らないその遊び方が、たまに心配になるくらい本気で、全力で―――そこが愛しくて、またたまらなく不安にもなる。


『早く、ナナミーにとっての『究極の一枚』を見つけさせてやらねえと……。すぐに全ての葉を落としてやるからな!』


焦る思いで、ヒヨクは大木の陰へ回り込むと、幹に手をかけ、ぐっと力を込めて揺らした。


ザザザザザザ――!


頭上からバサバサと、雨のように落ち葉が降りそそぐ。

それは舞い落ちる葉の滝のようだ。

金色と黒の筋が混じる琥珀の色が、陽の光にきらきらと舞い散っていた。






さっきより、舞う落ち葉がずっと多くなった気がした。

風が強くなってきたのか――それとも、本当に冬が近いのかもしれない。


ナナミーの胸に、きゅうっと焦りが込みあげる。


『早くつかまえないと、落ち葉がなくなっちゃう……!』


指の先まで願いを込めて、ナナミーは必死に手を伸ばした。

けれど落ち葉はやっぱり、スルリ、とナナミーの指を避けるようにすり抜けていく。


足元に落ちたヒヨク色の葉っぱを、ナナミーは悲しい気持ちでじっと見つめた。




そしてその隣で、コフィもまた、足元のレオード色の落ち葉を見つめていた。


コフィは、近くの大木の陰で、『そんなに悲しい顔をするな!』と、焦る思いで木を揺らすレオードに気がつくことはない。



地面を見つめるナナミーとコフィの上に、今も、絶え間なく落ち葉は降り注いでいる。

どれも、つかまえたくてもつかまえることができない、琥珀色の落ち葉だ。



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― 新着の感想 ―
切なくて優しくて、相変わらずすれ違う想い。 宝物のような作品です。
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