「ナナミーのお店」にやってくる人々
いよいよ今日は青空市場が開かれる。
市場まではヒヨクが背負って送ってくれて、ナナミーはつい『今日は一緒にいてくれるのかな』と期待してしまったが、ヒヨクは「じゃあな。頑張れよ」と応援の言葉を残してすぐに帰ってしまった。
少し寂しい気持ちになったが、アザ持ちの男がいるお店は、誰も近づけないお店になってしまう。
『これで良かったのかも』と思い直して、ナナミーは割り振られたブースにキレイに商品を並べ置いた。
テーブルの前には、看板代わりに「ナナミーのお店」とマジックで書いた紙を貼っておく。
少し離れてお店の様子を確かめて―――他のお店に比べて看板が寂しい気がした。
余白部分に赤いマジックで二つの丸を描いて、それぞれに黒マジックで星と短い棒を書き足してみる。星を書き足したものはトマト、短い棒を書き足したものはリンゴだ。
またもう一度少し離れたところからお店を見て―――『完璧だ』と頷く。
野菜とフルーツを主張する看板も用意できたし、お店の用意は整った。
「ナナミーのお店」の商品は、「ミックスドライベジフルーツ」の一種類に絞っている。
色々な野菜やフルーツを天日干ししたので、最初はフルーツごとに分けて売ることを考えたが、「これと、それと、あれを包んで。急いでね」と急かされる可能性を考えると、種類別売りは危険だった。
そこには「遅いわね。早くしてよ」と怒られる未来がある。
安全な商売を考慮して、色々なフルーツを適当に組み合わせて透明の袋に入れて、可愛いリボンを結んでしまい、「入れ替えは認めない」方針で売り出すことにした。
ナナミーはただ、「お一つですね~ありがとうございます〜」と答えてお金を受け取るだけで、立派に店主としての務めを果たすことができるだろう。
ナナミーの出店場所は希望通りに市場の端っこだし、小さくラッピングされたドライフルーツは、多くの華やかなお店の中で目を引くことはないはずだ。
今日はただ椅子に座って、のんびりと目の前を歩く人を眺めているだけでいい。
のんびりと座っていればいい。
―――そう思っていた。
そのはずだった。
それなのに次々とお客さんがやってくる。
しかもメンズばかりで、無駄に絡んでくる。
「君、ナナミーちゃんっていうの?可愛い名前だね。退屈そうだね、ちょっと話そうよ」とか。
「この中で、どの組み合わせのやつが一番おいしそう?一緒に選んでよ」とか。
「隣りに座って食べていっていい?」とか。
皆が皆、嫌な感じのする好意を向けてくる。
そんな野郎どもには塩対応一択だ。
弱い種族のメンズ達ばかりだから、『少しくらい強気に出ても大丈夫』と読んで最低限レベルの客対応で迎え撃ってやる。
「今は忙しいです」
「どの商品も同じです」
「ここは飲食禁止のお店です」
ツーンと冷たく答えてやったナナミーの塩対応が利いて、しばらくするとメンズ達はいなくなるのだが、またすぐ次に違う者が現れる。
市場の端っこの目立たない場所は、暇人を立ち止まらせてしまう場所だった。
暇人は暇人を呼ぶ。
ぼんやりと気を抜いて座っているから、暇人に見えてしまうのだろう。
ナナミーはキュッと目に力を入れて、鋭い目つきで目の前のドライフルーツを睨みながら店番をしてやる事にした。
テーブルに並べたドライフルーツを一心に睨んでいると、「――おい。そこのお前。――おい!テメエのことだよ!」と聞き覚えのある声に顔を上げた。
「お、やっぱりナナミーか。お前みたいなぼんやりしてるヤツがいるなと思ったら、本人かよ」
「あ。チレッグ様」
顔を上げると、チレッグがいた。
「お前は相変わらずトロくせえな」とはははと笑うチレッグには、「お前こそ相変わらずオレ様野郎だな」と言ってやりたい。
言ってやりたいが言えるはずもなく、「ご家族の皆さんにいかがですか~」と笑顔で商品を売りつけてやることにした。
「――ふうん?」と商品を一つつまんだチレッグが、「これ食うか?」と後ろを振り向いたと思ったら、背の高いチレッグの後ろから、小柄で優しそうなタレ目のご婦人が現れた。
肩にかけられた天女の羽衣に見覚えがある。
「あ」と気がついて、ナナミーは急いで立ち上がって「こんにちは。チレッグ様のお母様ですね」と挨拶をした。
「「ナナミーのお店」……?まあ!あなたがナナミーさん?こんにちは、はじめまして。私はチレッグの母の、ナマケモノ族のモモノーよ。チレッグの仲のいいお友達は、こんなに可愛いお嬢さんだったのね」と、にこやかに話すチレッグの母親が誤解していた。
ナナミーはチレッグのお友達ではないし、仲がいいわけでもない。
「チ―」
「は?友達じゃねえよ」
ナナミーの「チレッグ様は、仕事の取引先のお客様なんです」と訂正しようとする言葉にかぶせて、チレッグが速攻で否定してくれた。
「え?友達じゃない仲って、まさかお付き合いしている彼女さんなの……?」
「ちが―」
「だけどナナミーさんはナマケモノ族よね?チレッグの運命のつがいさんじゃないはずよ。占いのおばあさんが、チレッグの運命のつがいさんは、母親の私とは違う種族だって占ってくれたもの」
「違いますよ」と素早く否定しようとしたナナミーの言葉は流されて、モモノー夫人がチレッグの運命のつがいを占ってもらっていたことを話していた。
よく当たる占い師さんが「運命のつがいはナマケモノ族ではない」と否定しているなら大丈夫だろうと、ナナミーはホッとする。
「彼女ってなんだよ。んなわけねえだろ。こいつは俺の子分だ」
ほっとしたところで、チレッグが当然のように言い放った言葉にナナミーは固まった。
こんな傲慢野郎の子分になった覚えはない。
「今度はアイツか……!」
『俺がいたら、干からびた野菜を買いたがるような弱い種族の客が寄り付かないだろう』と、離れた場所でナナミーを見守っていたヒヨクは、ザワッと髪を逆立たせる。
また一人、ナナミーに声をかける不埒な野郎に殺気を送って立ち去らせた上に、離れた場所で締め上げてやって戻ってきたら、今度はチレッグがナナミーの前に現れていた。
チーター族のチレッグはアザ持ちの男のくせに、やたらとナナミーに親切心を見せる男だ。
アザ持ちの男がつがいでもない女に親切心を見せるなど、通常ありえないことだ。
ヒヨクは『まさかとは思うが―――』と目を細める。
胸をザワつかせながら様子を窺っていると、「チレッグの運命のつがい」という言葉が耳に飛び込んできて、ヒヨクは固まった。
続けて「占いのおばあさんは、母親とは違う種族だと占った」と話しているが、その占い師が、以前ヒヨクが占ってもらった占い師と同じ人物ならば、そいつの占いは当たらない。
ナナミーがチレッグの運命のつがいである可能性は、ゼロではないということだ。
――だけどナナミーがチレッグの運命のつがいだなんて、絶対に認めたくはない。
『今すぐナナミーとチレッグの間に入って、あいつらの会話を断ち切ってやらねば』と、ヒヨクはナナミーのもとへ急いだ。
「チレッグったら、こんなに可愛いお嬢さんなんてことを言うの。子分じゃなくて、本当は妹のように思ってるんでしょう?
―――ナナミーさん、チレッグがごめんなさいね。この子ったら照れてるのよ。チレッグが妹のように思ってる子なら、ナナミーさんは私の娘みたいなものね。ナナミーさん、私のことモモノーお母さんって呼んでいいー」
「まあ!モモノー奥様じゃないですか?ご無沙汰しております~」
「まあ!コフィ奥様。奇遇ですわね~」
コフィと二人でナナミーの晴れ姿を見ようと市場に来ていたレオードは、突然に見せた妻の行動に驚きを隠せなかった。
激しく人見知りをするコフィが、素早い動きでモモノー夫人の前に移動して、ナナミーと夫人の会話に割り込んでいた。
コフィが自ら誰かに挨拶に行くなど初めてのことだ。よほどナナミーにモモノー夫人を「お母さん」呼びさせたくなかったのだろう。
だけど会話に割り込んだはいいが、続ける話題が見つからなくて、愛する妻がオロオロしている。
レオードが会話に入れば、気弱いモモノー夫人は「では息子と市場を回りますので」と話を切り上げて、解散という流れになるだろうなと思いながら、レオードは妻のもとへと急いだ。
「照れてねえよ――って、母さん聞いてねえな。
おい、ナナミー。お前みてえなトロくせえ奴を妹だなんて認めねえからな。俺に子分以上に認めてほしかったら、まず肉食って、ジムに通って筋肉つけろよ」
チレッグの言葉に、「私だって、お前を親分だなんて認めない」と、ナナミーも言ってやりたい。
だけどやっぱり言えるはずもなく、「お肉ですか~」と死んだ目で笑ってやった。
そこにヒヨクが「おう!チレッグじゃねえか」と駆けてきた。
「そこの屋台の肉がうまそうだぞ」と、ナナミーが入れないお肉の話が始まったので、ふうやれやれとナナミーは椅子に腰かけた。
ナナミーのお店の前で、アザ持ちの家族たちが楽しそうに交流を深めていた。アザ持ちの集う店を恐れて、ナナミーの店に近づく客はもう誰もいない。
平和な時間を取り戻した静かなお店の中で、ナナミーは椅子に座ってぼんやりと空を眺めていた。
青空に浮かぶ雲がゆっくりと流れていく。
ナナミーに話しかける隙を与えないようにチレッグに話題を振り続けるヒヨクと、
憧れのヒヨクに話題を振られて機嫌のいいチレッグと――――
ナナミーの「お母さん」呼びを譲りたくない、世間話が苦手なコフィと、
コフィに代わって夫人に話題を振り続けるレオードと、
アザ持ちのレオードを恐れて早くチレッグを連れて立ち去りたいと願うモモノー夫人、
の終わらない世間話。




