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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界
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お料理をする森の中では


カサッと物が落ちる音で、ナナミーはハッと目を覚ました。

眠るつもりはなかったが、いつの間にか心地よいまどろみの中に意識は潜ってしまっていたらしい。

『いけない。お料理中だったのに』とふうとため息をつく。


足元を見ると、ひざの上に置いた網の上から、天日干ししているリンゴが一つ滑り落ちていることに気が付いた。

網の上のリンゴは、ユキが薄くスライスしてくれたものを、ナナミーがキレイに並べ置いたものだ。


怖い鳥や嫌な虫に取られないように、長い時間ひざの上で守りながら料理をしている大切なリンゴだった。落ちたからといって、一片たりとも無駄にすることはできない。


ナナミーは座っている石―――森の散歩時に休憩場所として使っている平らな石から、ゆっくりと立ち上がって、網を傾けないように気を付けながら石の上に置く。

それから落ちてしまったリンゴを拾い上げた。

ふ~と息を吹きかけて付いている枯草を払う。


そよ風で網から滑り落ちてしまうくらいに軽くなっているのならば、料理は完成したのかもしれない。

ナナミーは拾ったリンゴを空にかざして、慎重に観察する。


ふわりと風に乗って鼻に届く香りは、リンゴの甘くて優しい香りだ。カビ臭さはない。

―――香りよし。


全く重さを感じさせないりんごは、まるで鳥の羽根のように軽やかだ。水分は完全に抜けている.

―――軽さよし。


変色を防ぐために、干す前に薄い砂糖水にくぐらせるひと手間を加えている。

おいしそうなリンゴの実の色合いはそのままに、皮付きリンゴの可愛い赤が利いている。

―――色もよし。完璧だ。


『落ちちゃったやつだし、試食してみようかな』と手に持ったリンゴをそっとかじってみた。



シャフ………ッとエアリー感のある口当たりだった。

一見頼りない嚙み応えだが、モグ………モグ………と嚙めば嚙むほど、リンゴの自然な甘みが口の中に広がった。


「おいしい…………」


今日のお料理も成功のようだ。

これなら売り物にしても恥ずかしくはないだろう。






ナナミーは今度のお休みに、青空市場に参加して一日限りのお店を出す予定だ。

「お店を出す」なんて予定を持つことになった訳は、刺繡店を営むハリエットに頼まれたからだった。


「ナナミーちゃん。私ね、クジで『市場おこし実行委員会メンバー』に当たってしまったの。委員会のみんなと、市場の活性化イベントとして『誰でも参加できる一日限りの青空市場』を企画したんだけど、出店参加者が集まってくれるか心配なの。

お願い、ナナミーちゃん。ナナミーちゃんも何かお店を出して、青空市場を一緒に盛り上げてくれないかしら?」


そんな頼みを受けて、いつもならばそんな面倒くさいことは断固拒否するナナミーだけど、クジで『市場おこし実行委員会メンバー』に当たってしまったハリエットが気の毒だった。

ナナミーがハリエットの立場だったら、気が重くて毎日が憂鬱になってしまうだろう。

友達の助けになるならば、と参加することを決めたイベントだった。


ハリエットは、「売り物は何でもいいのよ。ナナミーちゃんが描いた絵でも、手編みの物や手縫いの物でも、手作りアクセサリーでも。キャリアウーマンのナナミーちゃんなら、なんだって大丈夫!」と言ってくれて、キャリアウーマンではないナナミーは悩みに悩んだ。


お散歩途中でも、森の散歩時に休憩場所として使っている平らな石に座って、休憩を取りながら眠ってしまうまで考えた。

目を覚ました時に、オヤツに握っていたプチトマトが、石の上で乾燥してシワシワになっているのを見つけた時―――「これだ!!」とひらめいたのだ。


石の上で天日干しされたプチトマトは、まだまだ乾燥しきれずしっとりしていたが、食べると濃厚な味わいが口の中に広がった。そのままでも十分に甘くておいしいプチトマトが、干されたことで水分が抜けて甘みが凝縮されていた。

もっとしっかり水分が抜けるまで干しきったら、日持ちもするし、売れ残ってもナナミーのオヤツにできる。

「いい事思いついちゃった~」と、ナナナ~ン♪と鼻歌を歌ってしまうくらいのひらめきだった。


そこからナナミーは毎日、仕事から帰るとお料理に取り組んでいる。

ユキがスライスしてくれた野菜やフルーツを網の上に並べて、ひざの上で天日干し料理を作る日々を送ってきた。

さわさわと木々を揺らす風の音を聞きながらお料理をする時間は、とても穏やかで心地よい時間だ。




今日の料理メニューは天日干しキウイフルーツだ。

お砂糖にくぐらせたキウイが、少しずつ固くなっていく様子を見守っているところだ。

目に優しいグリーン色は、見ていて飽きることがない。


『昨日作ったバナナチップはパリパリでおいしかったな。キウイはどんな感じになるかな』と考えるだけでウキウキする。

『パリッパリかな?』と考えると、ナナッナン♪と鼻歌がもれ、『中しっとりタイプかな?』と考えると、ナ~ナンナ~ナン♪と歌ってしまう。

高く晴れた空がとても気持ちいい。







放った殺気で飛び去ったトンビを見て、ヒヨクはチッと舌打ちする。

追い払っても追い払っても、次から次へと違う鳥がナナミーのひざの上の食べ物を狙ってやってきていた。

ナナミーが大事に抱えている食べ物を横取りしようとする行為も許せないが、手をつつかれて怪我でもしたらと思うと気が気ではない。


ナナミーにとって危険な鳥は全て、鶏料理に変えてやりたいところだが、近くにいる鳥に石をぶつけてしまうと、鳥に当てるビシッッ!!という石の音でナナミーを怖がらせてしまうかもしれない。

石で狙うのは、ナナミーを狙う遠くの鳥だけと決めている。


最近やたらと鶏料理が多いなと思っていたが、どうやらユキが熱心な仕事ぶりを見せた成果だったかと気が付いた。『ユキには特別手当を出してやるか』とヒヨクは考える。

ユキは今のヒヨクのようにナナミーを鳥から守っていたのだろう。

ナナミーの好む場所には、あらかじめ虫の嫌がるハーブを植えているから、虫対策も完璧だ。


本当はナナミーに、「そんなに無防備に食べ物を持ったままでいたら危険だ。網は石の上に置いておいて、ネットをかけておけばいい」と教えてやりたい。

だけどナナミーが楽しんでいるところに水を差して、この前の石拾いの時のように話してくれなくなる日を再び迎えるわけにはいかない。―――それは愚かな行為だ。


よく晴れた休日の昼下がり、ヒヨクは少し離れた場所で仕事を片付けながら、ナ~ナンナ〜ナン♪と歌うナナミーを見守っているところだ。






そしてナナミーから遠く離れた所にコフィはいた。

ヒヨクの屋敷に遊びに来たコフィは、森で楽しそうに料理をしているナナミーを見付けて、一緒に料理をしたくなった。

コフィは今、スライスマンゴーを並べた網を持って、慎重にナナミーのいる場所に向かって歩いているところだ。

マンゴーをスライスしてくれたのは使用人のスノウだが、網にキレイに並べたのはコフィだ。網を傾けないように、慎重にソロリソロリと足を進めている。

網の上のマンゴーも少しずつ乾燥を進めていた。




その後ろに続くレオードは、コフィを見ている鳥に狙いを定めて石を投げつける。

ビュッと風を切って飛んだ石が、空高く飛ぶ鳥を撃ち落とした。

仕留めても仕留めても鳥は飛んでくるが、危険な鳥は仕留め続ければいいだけだ。特に問題はない。


コフィを驚かさないように、小石を投げて仕留めるのは、遠くにいる鳥だけと決めている。落ちていく鳥のバサバサと鳴る羽音を聞かせて、コフィを怖がらせるわけにはいかない。

コフィがナナミーの元にたどり着けるのは、いつになるか分からないが、最後まで見守るつもりだ。





さらに森には、ヒヨクとレオードが石で撃ち落とした鳥を回収するユキとスノウがいた。


「今日の夕食は、料理人に焼き鳥を頼もうかしら?」

「鶏カツもいいわね」


よく晴れた休日の昼下がり、つがい付き使用人の親子二人は鶏料理に花を咲かせている。



平和な休日の昼下がりのお話。

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― 新着の感想 ―
夢子様。今日もキュンキュンをありがとうございました。 優しくて、ちょっぴり切ない世界感が大好きです。
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