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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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素敵な石が告げる言葉


狙いを定めて、ナナミーは大きく息を吸い込んだ。

『今度こそ!』と目をつぶり、ザブンと川の中にしゃがみ込む。


水の中に潜ると同時に、ゴボゴボブクブクという音が耳に響いた。目をつぶっている上に、川の流れに体が揺れて、途端に方向感覚が分からなくなる。

ナナミーは急いで『確かこの辺りだったはず』と川底に手を伸ばした。


手に当たった石を放さないようにギュッと掴んで、ザバッと立ち上がる。

はあはあはあと大きく呼吸を繰り返して息を整えてから、握りこぶしをぐっと上に上げた。

そうっと目を開いて掴んだ石を確認すると、水に濡れたピンクの石がキラキラと日の光に輝いていた。


『また違った……』


頑張って掴んだ石は、またナナミーの狙ったものではなかった。とてもキレイなピンク色の石だけど、ナナミーが狙っていたのはこれじゃない。


でもせっかく取れた石なので、川岸に置いて乾かしておく事にする。

川から上がって、先に並べていた石の隣にピンク色の石も並べ置いた。


今日の獲物は石二つ。

取ったばかりのピンク色の石と、その前に取った白色の石。どっちも綺麗な石だけど、ナナミーの望む石はまだ手に入らない。


ナナミーはまた川の方へ向き直って、川のふちにしゃがみ込む。

胸下くらいまでの深さの川底を、じっと目を凝らして眺めた。


ゆらゆらとゆらめく水面が邪魔をして、はっきりと見える瞬間は限られているが、確かにその石はある。

川底で揺らめいて見える綺麗な若葉色の石は、他の石にはないハート模様があるのだ。


すぐ近くにあるのに、掴もうとしても掴めない石は、まるでナナミーの恋のようだ。

あの石を初めて見つけた時から、ナナミーはあの石を自分の力で取って、ヒヨクにプレゼントしたいと思っていた。


素敵な石は、今度こそナナミーの気持ちを伝えてくれるだろう。ヒヨクをイメージするような若葉色の石だし、おまけに可愛いハート模様が付いている。

特別な石は、「ヒヨク様が大好きです。付き合ってください」と告白するだけではなく、「結婚してください」と特別なプロポーズまでしてしまうかもしれない。

なんなら「実は私はヒヨク様のつがいなんです。でも残業はお断りします」と、ナナミーの心からの願いまでハッキリと伝えてくれるかもしれない。

どうしても手に入れたい石なのだ。


あの石を見つけて一週間にもなるが、いまだに手の届かないところにある石だった。

特別な宝石はそう簡単には手に入らない。

ナナミーは恨めしい気持ちで、じっと水底で揺らめく石を眺めた。


『もう疲れちゃったけど……もう一度。最後にもう一回だけ挑戦してみようかな』と、ナナミーはまた立ち上がる。

川へ向かって、力強く足を踏み出した。








チャプッとまた水の中にしがみこんでしまったナナミーを、少し離れた木の陰からユキが見守っていた。


『ああ……また水の中に入ってしまったわ……』とハラハラしながら、ユキは数を数える。

「1、2、3…」と数える速度は、少し早くなっているかもしれない。だけど10数えて顔を上げなかったら、助けに行くつもりだ。


ナナミーが危険な遊びをするようになってから一週間が経っていた。

どうやら川底に取りたい石を見つけたようなので、流れる川の速度を落として応援しているが、まだ調整が足りないようだ。今日もまたナナミーは流れに負けて、潜った地点からズレた所に顔を出していた。

いつ溺れてもおかしくない状況に、数を数えるユキの握りしめる手には汗をかいている。


本当だったら、「ユキがお取りしますよ」と取ってあげたいところだが、あれだけ真剣に石拾いをしているのだ。

あれはきっとヒヨク様への贈り物を選んでいるはず。


つがい付き使用人のユキは、余計な申し出などするべきではなく、ナナミーが溺れないように、ただこうして陰から見守ることしかできないのだ。


緊迫した時間が流れる中、「5、6……」と数えた時に、ビュンと風を切ってヒヨクが川に向かって駆けていくのが見えた。

仕事から帰ってきたヒヨクが、ナナミーの救助に向かってくれていた。


(これで安心ね……)と、ホッとユキは息をつく。







手に当たった川底の石をギュッと握り込んで、ザバッと立ち上がったナナミーは、はあはあはあはあと大きな呼吸を繰り返した。


狙いを定めて慎重に掴んだ石は、今度こそ特別な石に違いない。まだ息が荒いままに、石を握った手をグッと上に上げて、そうっと目を開くと、今度は水色の石だった。


『また違った……』


水に濡れてキラキラと輝く水色の石はとても綺麗だけど、今回もまたナナミーの狙っている石ではなかった。

ナナミーの恋を告げる石は、やっぱり近くて遠くにある石だ。



「ナナミー」


じっと水色の石を眺めていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれて、ナナミーは川辺に顔を向けた。


川辺には、いつの間にかヒヨクが立っていた。スーツ姿のヒヨクは、会社から帰って、着替えることもなくここに来たのだろうか。

「ほら」と言いながらナナミーに手を差し出している。


ナナミーは差し出されたヒヨクの手のひらに、取ったばかりの水色の石をそっと乗せた。




昔からいつだって、弱小種族のナナミーに差し出される手のひらは、「ほら。早くよこせよ」と催促する手だ。

キラキラ光る、取り立ての新鮮な水色の石を見て、ヒヨクも欲しくなったのだろう。


ヒヨクは手に乗せた石をじっと眺めた後―――「いい石だが、違うだろ?ほら、早くしろよ」と、またナナミーに手のひらを向けて、次の石を催促してきた。


ヒヨクも水色の石は違うと思っているようだ。

やっぱりあの若草色の石を取るしかないのか。


またナナミーは大きく息を吸い込んで、水の中にしゃがみこんだ。







「あ……」


ヒヨクの差し出した手を取ることなく、ナナミーがまた水の中に潜ってしまった。

まだ危険な遊びは終わらないようだ。


ナナミーが危険な遊びにハマっているという報告を受けていたから、今日は急いで仕事を終わらせて帰ってきたところだった。

悪い予感は的中して、報告通りに今日もナナミーは危険な遊びをしていた。


ナナミーが楽しんでいるなら、なるべく見守ってやりたい。


『20数えて顔を上げなかったら助けに行こう』と考えて、「1.2.3.4.5.……」と数える速度は少し早くなっていたかもしれない。

だけど20を数え終えた時、我慢できずに飛び出した。


ちょうど顔を出したのでホッとして、ナナミーを川から引き上げるために手を差し出すと、手のひらに川の石を乗せられてしまった。

乗せられた石が、「まだ川遊びは続けるつもりだ」と、ナナミーの珍しく固い意志を告げている。


楽しんでいるなら見守るしかない。

『次も20秒数えて顔を出さなかったら、助けよう』と決めて、ヒヨクはナナミーを見守る事にした。

「1.2.3.4.5.6.7.……」と数える速度が、さっきよりも早くなっているかもしれない。




20秒数え終わった時、ザバッと顔を上げたナナミーが、はあはあはあはあはあと肩で大きく息をしている。さっきよりも息の切らし方がひどい。

顔色も少し悪い気がする。


もう危険な遊びは止めてほしい。

早く川から上がってほしい。


手を高く掲げて掴んだ石を確認しているナナミーに、ヒヨクは「ほら、早く」と手を差し出しながら声をかけた。







木の陰から見守るユキの、「ヒヨク様、ナナミー様に「掴まれよ」と。「俺の手に掴まれよ」と言ってください!」と、叫ぶ心の声はまだヒヨクには届かない。

ナナミーがヒヨクの手のひらに、拾ったばかりの黄色の石を置いていた。







続く石拾い。

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― 新着の感想 ―
ひよくさま伝わらないカツアゲ感笑 ナナミーちゃんかわいいですね
ナナミーちゃん、石拾い頑張れ!応援してるよ~
なんでこう、かわいいかなぁ!石拾ってるだけなのに!
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