素敵な石が告げる言葉
狙いを定めて、ナナミーは大きく息を吸い込んだ。
『今度こそ!』と目をつぶり、ザブンと川の中にしゃがみ込む。
水の中に潜ると同時に、ゴボゴボブクブクという音が耳に響いた。目をつぶっている上に、川の流れに体が揺れて、途端に方向感覚が分からなくなる。
ナナミーは急いで『確かこの辺りだったはず』と川底に手を伸ばした。
手に当たった石を放さないようにギュッと掴んで、ザバッと立ち上がる。
はあはあはあと大きく呼吸を繰り返して息を整えてから、握りこぶしをぐっと上に上げた。
そうっと目を開いて掴んだ石を確認すると、水に濡れたピンクの石がキラキラと日の光に輝いていた。
『また違った……』
頑張って掴んだ石は、またナナミーの狙ったものではなかった。とてもキレイなピンク色の石だけど、ナナミーが狙っていたのはこれじゃない。
でもせっかく取れた石なので、川岸に置いて乾かしておく事にする。
川から上がって、先に並べていた石の隣にピンク色の石も並べ置いた。
今日の獲物は石二つ。
取ったばかりのピンク色の石と、その前に取った白色の石。どっちも綺麗な石だけど、ナナミーの望む石はまだ手に入らない。
ナナミーはまた川の方へ向き直って、川のふちにしゃがみ込む。
胸下くらいまでの深さの川底を、じっと目を凝らして眺めた。
ゆらゆらとゆらめく水面が邪魔をして、はっきりと見える瞬間は限られているが、確かにその石はある。
川底で揺らめいて見える綺麗な若葉色の石は、他の石にはないハート模様があるのだ。
すぐ近くにあるのに、掴もうとしても掴めない石は、まるでナナミーの恋のようだ。
あの石を初めて見つけた時から、ナナミーはあの石を自分の力で取って、ヒヨクにプレゼントしたいと思っていた。
素敵な石は、今度こそナナミーの気持ちを伝えてくれるだろう。ヒヨクをイメージするような若葉色の石だし、おまけに可愛いハート模様が付いている。
特別な石は、「ヒヨク様が大好きです。付き合ってください」と告白するだけではなく、「結婚してください」と特別なプロポーズまでしてしまうかもしれない。
なんなら「実は私はヒヨク様のつがいなんです。でも残業はお断りします」と、ナナミーの心からの願いまでハッキリと伝えてくれるかもしれない。
どうしても手に入れたい石なのだ。
あの石を見つけて一週間にもなるが、いまだに手の届かないところにある石だった。
特別な宝石はそう簡単には手に入らない。
ナナミーは恨めしい気持ちで、じっと水底で揺らめく石を眺めた。
『もう疲れちゃったけど……もう一度。最後にもう一回だけ挑戦してみようかな』と、ナナミーはまた立ち上がる。
川へ向かって、力強く足を踏み出した。
チャプッとまた水の中にしがみこんでしまったナナミーを、少し離れた木の陰からユキが見守っていた。
『ああ……また水の中に入ってしまったわ……』とハラハラしながら、ユキは数を数える。
「1、2、3…」と数える速度は、少し早くなっているかもしれない。だけど10数えて顔を上げなかったら、助けに行くつもりだ。
ナナミーが危険な遊びをするようになってから一週間が経っていた。
どうやら川底に取りたい石を見つけたようなので、流れる川の速度を落として応援しているが、まだ調整が足りないようだ。今日もまたナナミーは流れに負けて、潜った地点からズレた所に顔を出していた。
いつ溺れてもおかしくない状況に、数を数えるユキの握りしめる手には汗をかいている。
本当だったら、「ユキがお取りしますよ」と取ってあげたいところだが、あれだけ真剣に石拾いをしているのだ。
あれはきっとヒヨク様への贈り物を選んでいるはず。
つがい付き使用人のユキは、余計な申し出などするべきではなく、ナナミーが溺れないように、ただこうして陰から見守ることしかできないのだ。
緊迫した時間が流れる中、「5、6……」と数えた時に、ビュンと風を切ってヒヨクが川に向かって駆けていくのが見えた。
仕事から帰ってきたヒヨクが、ナナミーの救助に向かってくれていた。
(これで安心ね……)と、ホッとユキは息をつく。
手に当たった川底の石をギュッと握り込んで、ザバッと立ち上がったナナミーは、はあはあはあはあと大きな呼吸を繰り返した。
狙いを定めて慎重に掴んだ石は、今度こそ特別な石に違いない。まだ息が荒いままに、石を握った手をグッと上に上げて、そうっと目を開くと、今度は水色の石だった。
『また違った……』
水に濡れてキラキラと輝く水色の石はとても綺麗だけど、今回もまたナナミーの狙っている石ではなかった。
ナナミーの恋を告げる石は、やっぱり近くて遠くにある石だ。
「ナナミー」
じっと水色の石を眺めていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれて、ナナミーは川辺に顔を向けた。
川辺には、いつの間にかヒヨクが立っていた。スーツ姿のヒヨクは、会社から帰って、着替えることもなくここに来たのだろうか。
「ほら」と言いながらナナミーに手を差し出している。
ナナミーは差し出されたヒヨクの手のひらに、取ったばかりの水色の石をそっと乗せた。
昔からいつだって、弱小種族のナナミーに差し出される手のひらは、「ほら。早くよこせよ」と催促する手だ。
キラキラ光る、取り立ての新鮮な水色の石を見て、ヒヨクも欲しくなったのだろう。
ヒヨクは手に乗せた石をじっと眺めた後―――「いい石だが、違うだろ?ほら、早くしろよ」と、またナナミーに手のひらを向けて、次の石を催促してきた。
ヒヨクも水色の石は違うと思っているようだ。
やっぱりあの若草色の石を取るしかないのか。
またナナミーは大きく息を吸い込んで、水の中にしゃがみこんだ。
「あ……」
ヒヨクの差し出した手を取ることなく、ナナミーがまた水の中に潜ってしまった。
まだ危険な遊びは終わらないようだ。
ナナミーが危険な遊びにハマっているという報告を受けていたから、今日は急いで仕事を終わらせて帰ってきたところだった。
悪い予感は的中して、報告通りに今日もナナミーは危険な遊びをしていた。
ナナミーが楽しんでいるなら、なるべく見守ってやりたい。
『20数えて顔を上げなかったら助けに行こう』と考えて、「1.2.3.4.5.……」と数える速度は少し早くなっていたかもしれない。
だけど20を数え終えた時、我慢できずに飛び出した。
ちょうど顔を出したのでホッとして、ナナミーを川から引き上げるために手を差し出すと、手のひらに川の石を乗せられてしまった。
乗せられた石が、「まだ川遊びは続けるつもりだ」と、ナナミーの珍しく固い意志を告げている。
楽しんでいるなら見守るしかない。
『次も20秒数えて顔を出さなかったら、助けよう』と決めて、ヒヨクはナナミーを見守る事にした。
「1.2.3.4.5.6.7.……」と数える速度が、さっきよりも早くなっているかもしれない。
20秒数え終わった時、ザバッと顔を上げたナナミーが、はあはあはあはあはあと肩で大きく息をしている。さっきよりも息の切らし方がひどい。
顔色も少し悪い気がする。
もう危険な遊びは止めてほしい。
早く川から上がってほしい。
手を高く掲げて掴んだ石を確認しているナナミーに、ヒヨクは「ほら、早く」と手を差し出しながら声をかけた。
木の陰から見守るユキの、「ヒヨク様、ナナミー様に「掴まれよ」と。「俺の手に掴まれよ」と言ってください!」と、叫ぶ心の声はまだヒヨクには届かない。
ナナミーがヒヨクの手のひらに、拾ったばかりの黄色の石を置いていた。
続く石拾い。




