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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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弱小な日常


お昼休みにカリナが、空を見上げてハッと息をのんだ。スルメをかじる手が止まり、じっと空を見つめている。



「カリナちゃん。……どうしたの?」


何か怖いものでも見つけたのだろうか。

不安になったナナミーも、セロリをかじる手を止めた。


凶暴なトンビが、カリナとナナミーのお弁当を狙っているのかもしれない。

ナナミーは急いで食べかけのセロリをカバンの中に隠して、お腹にカバンを抱えてギュッと目をつぶる。


ドキドキしながらしばらくじっとしていたが、何も起こらなかったので、『もう大丈夫かな?』と恐る恐る空を見上げた。



「ケルベロス様……。ねえ、ナナミーちゃん。あの雲ケルベロス様の形に似ていない?」


「ケルベロス様?」


カリナのうっとりした声に、『怖い鳥じゃなくて雲の形だったんだ……』とホッとする。

ケルベロスが何を指すものかは分からないが、カリナの指差す方向を眺めた。


―――よく分からない形をした雲だった。


「ケルベロス………?」


首を傾げるナナミーに、「あ、ナナミーちゃんに話してなかったね」と言いながら、カリナが自分のカバンから一冊の本を取り出した。


「今ハマってる本なの」と言いながら渡してくれた本の表紙には、〈地獄の番犬 魔獣戦士ケルベロス〉とタイトルが書かれて、三つの頭を持つ強そうな犬が描かれている。


本の表紙を見て―――空の雲を見る。


確かによく似た形をしている。

本の表紙に描かれているように、空のケルベロスも口を開けて鋭い牙を見せていた。



「確かにすごく似てるね。なんか戦う系のお話なの?」


「うん。ケルベロス様がヒト族の仲間を連れて、魔獣を倒す冒険の旅に出る話よ。ケルベロス様は魔獣を見つけた瞬間に、問答無用でやっつけちゃうんだから。

あーあ。ケルベロス様も人の姿だったらなぁ〜。絶対カッコいいと思うのに〜。ヒト族だけ人の姿だなんて、今どき設定が乱暴すぎない?

ケルベロス様だけ種族の姿をしてるから、仲間のヒト族の女の子とハッピーエンドのラブストーリーにならないんだもの」


「そうなんだ……」と答えながらもう一度表紙を見ると、強そうなケルベロスの後ろに仲間が描かれていて、その中に女の子もいた。


―――すごく弱そうだ。

弱そうな女の子は、ヒト族の中でも弱小な人間なのかもしれない。


「この子がケルベロス様のつがいなの?」


「つがいじゃないよ。〈魔獣戦士ケルベロス〉は、ファンタジー小説だから、現実と違ってつがいのない世界なの。でもだからこそいいのよね。

こんなに強くてカッコよかったら、現実世界だったら絶対アザ持ちだもの。ケルベロス様がアザ持ちじゃないなら、女の子全員にチャンスがあると思わない?

私もケルベロス様と冒険の旅に出たいな〜。もしケルベロス様のいる異世界に転移できたら、ナナミーちゃんも一緒に冒険チームに入ろうね」


嬉しそうに話すカリナに、ナナミーは「うん」と頷いた。


魔獣戦士ケルベロスの詳しいストーリーは分からないが、異世界転移のあるストーリーならば、きっと転移した時点で、ナナミーは腕のいい剣士としての能力が付いているだろう。


ナマケモノ族の剣士ナナミー。

――『ちょっとカッコいいかも』と密かに思ってしまう。


剣を持った自分の姿を思い浮かべると嬉しくなって、ナナミーはカバンからセロリを取り出して、剣士らしくシャクッ!とカッコよくかじってみせる。


口の中に爽やかな旨みが広がって、まるで魔獣をやっつけたような爽快感で満たされた。









お昼過ぎに、取引先のアザ持ちの男どもがまたナナミーの部署にやってきた。

チーター族のチレッグと、ピューマ族のヒューだ。


お茶を頼まれたナナミーは、グラスにたっぷりの氷を入れて、冷蔵庫で冷やしていたお茶を注ぐ。

夏はグラスに注ぐだけでお茶を用意できるので、「遅えんだよ」と言われないから安心だ。


『とっととお茶を出して、絡まれないうちに避難しよう』と、応接コーナーに近づくと、アザ持ちの男たちが会話に盛り上がっていた。

聞こえてきた言葉に、ナナミーの足が止まる。




「俺もこの前街歩いてたら、ハイエナ族の野郎どもが睨んできそうだったからよ、全員殴り倒してやったんだ。アイツら本当にタチ悪いよな」


忌々しそうにヒューが話すと、二人のアザ持ちの男が「確かにアイツらほど無礼なヤツらはいねえよな」と深く頷いた。


「ハイエナ野郎は集団じゃねえと何も出来ねえくせに生意気だよな。俺もアイツらを見かけたら、絡まれる前にボコボコにしてやってるぞ」


チレッグの言葉に「まあ当然だな。アイツらは厄介な奴らだからな」とヒューとヒヨクが頷いている。


「いっそ二度と集まれねえように、アイツらの家ごと潰してやるのはどうだ?」


ヒヨクの言葉に、「いいなそれ」「やっちまうか」とはははと楽しそうに三人が笑っていた。





お茶を出すタイミングを失ったナナミーは、アザ持ちの男どもをじっと眺めた。


『アザ持ちの男どもほど厄介な者はいないだろう』とナナミーは思う。


ヒューは「ハイエナ族の野郎どもが睨んできそうだったから」と話していた。

ハイエナ族の集団は、睨んでもないのにヒューに殴り倒されたようだ。


チレッグも「アイツらを見かけたら、絡まれる前にボコボコにしてやってる」と話していた。

ハイエナ族の集団は、絡んでもないのにチレッグにボコボコにされているらしい。


確かに不良集団のハイエナ族はタチの悪い集まりだが、アザ持ちの男たちが、それ以上のタチの悪さを見せつけていた。


ふと、昼休みに話していたカリナの言葉を思い出す。

カリナは、「ケルベロス様は魔獣を見つけた瞬間に、問答無用でやっつけちゃうんだから」と言っていた。


魔獣戦士ケルベロスは、ハイエナ族を見つけた瞬間に、問答無用でやっつけてしまうアザ持ちの男どもに似ているのかもしれない。


カリナの憧れる本の世界のケルベロスが、現実世界のナナミーの目の前にいた。






三人のアザ持ちの男達を、ケルベロスのように頭の中で合体させていたら、少しボンヤリしてしまった。

『お茶出さなくちゃ』と思い出して、急いで冷たいお茶の入ったグラスを置く。


「お前、気が効くじゃねえか。夏はやっぱりキンキンに冷えたお茶だよな」

「確かに今日は美味いな」


また「遅せえんだよ」と言われるかと思ったお茶は、ボンヤリしている間に氷がお茶をキンキンに冷やしていたようだ。


『ふう助かった』と去ろうとすると、チレッグが「そうだ。お前ちょっと待てよ」と何かを思い出したようにカバンをゴソゴソしてから、棒付きの飴を取り出した。


「お前飴好きだろ?ここに来る時、ちょうど店の前通ったから買ってきてやったぞ。前の武器持ってるバージョンが気に入ってたみてえだったから、今日のは特別長い武器にしてやった…………んだが、長すぎて折れてるな。はは。まあ弱いお前らしくていいんじゃねえか」



はははと笑いながら渡してくれた棒付き飴の、『長い棒を持った強そうなナマケモノの飴』は、袋の中で武器になるはずの棒が折れていた。


折れていたのは棒だけではない。

棒を持った腕も折れているし、強そうにこっちを睨むナマケモノの顔にもヒビが入っていた。


それはまるで剣士となったナナミーの未来を表すようだった。


『剣士は諦めよう』とナナミーは飴を見て思う。


「ありがとうございます〜」とチレッグにお礼を伝えながら、『異世界転移したら、何もしないで隠れておこう』と、ナマケモノ族としての誇りを思い出し、剣士への道を諦めた。




「失礼します」と自分の席に戻ろうとした時、ナナミーの持つ飴をじっと見つめるヒヨクの視線に気がついた。


「あ。少し食べてみますか?美味しいですよ」


袋から折れた部分の飴を出してヒヨクに渡すと、ガリッガリッと音を立ててすぐに食べてしまった。

―――アザ持ちの男らしい食べ方だ。


『ヒヨク様、飴が好きだったんだ……』と、また新しくヒヨクの事が知れて、ナナミーは嬉しくなって足取り軽く席に戻っていく。


「ナナ〜ン、ナナ〜ン」と鼻歌を歌いながら仕事を始めた機嫌のいいナナミーを、機嫌の悪い顔でヒヨクが眺めていた。




――そう。それは嫉妬。


おまけの日々の三章です。

三章は弱小な日常を、時々の書き足しで。

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― 新着の感想 ―
わ〜い!続きが読める! 鬼畜な世界の癒しを求めて、ゆっくり更新なら、何回も読み返して更新待ちます! 嬉しい!
更新ありがとうございます! ナナミーに癒されます!
やったー3章だ! ありがとうございます!! ナナミー相変わらず可愛い。
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