27.運命を意識する時
ナナミーの一人暮らしは終わりをつげた。
雨の降る休日に、突然に家の屋根に穴が開いて、部屋が水浸しになって住めなくなったのだ。
ヨウの屋敷に運ばれて、極上のストールに包まれながらウトウトしている間の出来事だった。
「ナナミー様。残念なお知らせですが、天井に大きな穴が開いていたみたいで、部屋の中がずぶ濡れになっています。
ちょうどナナミー様のお部屋を掃除している時に雨漏りが始まったので、濡れる前にお荷物はこちらにお運びしてますよ」
ユキからの話に、『隠してるハンカチが!』とドクンと心臓が跳ねたが、幸いにもたまたま偶然、ユキがベッドの下のお菓子の缶を見つけて持ち出してくれていた。
「缶の中の飴が濡れなくてよかったですね」
お菓子の缶は、飴が入っていた缶だった。
缶の中のハンカチに気づかずに微笑むユキに、『良かった……』と安心した。
ヒヨクが羨ましそうに缶を見ていたので、「飴くれよ」と言われてしまう前に、お菓子の缶は急いでカバンの中にしまっておいた。
勝手にカバンをゴソゴソして飴を探されないように、カバンのボタンもしっかり閉じておく。
屋根に穴が開いた原因を、ヒヨクは「キツツキの仕業じゃねえか?ペラペラの薄い屋根だったしな」と話し、ヨウは「誰か狂ったヤツの仕業じゃねえか?」と話し合っていた。
『狂った人が森に潜んでる!』と怖くなってカメリアと震えたら、ヨウは「いや、そんな事は絶対にないな。どう見てもキツツキの穴だったな」と話していた。
キツツキがナナミーの天井に、穴を開けてしまったのだ。
「家がなくなっちゃった……」
また素敵なものはナナミーの手からこぼれ落ちてしまった。
『いつもの事だ。しょうがない』と思いながらも、悲しくなって俯いたナナミーに、ヒヨクは「良い部屋があるぞ」と新しい場所を用意してくれた。
最近ヒヨクの屋敷は改築していたらしい。
新しくなった一室を、また使わせてくれるようだ。
「この部屋使えよ」と案内された部屋は、以前と同じ部屋だったが、布団やソファーやカーテンの生地が変わっていた。
雨が上がり、開けられた窓から入る風がカーテンを揺らしていた。風に揺れるカーテンの生地は、ふわ…………っとした極上の肌触りの、天女の羽衣と同じ生地だ。
カーテンの前に立つと、風に揺れる布が、ナナミーの顔に、腕に、足に優しい極上の肌触りを与えてくれる。
「わ〜…………」と感嘆の声がもれ、立ったまま眠ってしまいそうになる。
ソファーやベッドも同じく天女の羽衣生地で、ナナミーは部屋の中のどこにいても、軽やかに空に飛んでいける気分になれた。
極上の幸せをくれる部屋だった。
変わっていたのは、部屋の中だけではない。
ヒヨクの森も大きく変化していた。
池は森の中を大きく回る川になり、小さな滝の滑り台もあった。
水の温度もちょうどいい。
川の水は相変わらず澄んでいて、川底にはキラキラと光る、色とりどりのキレイな石が敷き詰められていた。
以前はなかった、トウモロコシ畑やサトウキビ畑も出来ている。森になるフルーツや野菜には、初めて見た若葉色のシールも貼られていた。
それに森の景色が一番素敵に見える場所に、ヨウの森と同じうろまであって、うろの内装は極上の肌触りの天女の羽衣生地が貼られていた。
ヨウの森の素敵な家は失くなってしまったが、ヒヨクの新しい家は、それ以上の幸せがあった。
休みの今日、朝からヒヨクと川遊びをしたナナミーは、うろに入って休憩を取ることにした。
うろに入った途端に身体中の力が抜けて、川遊びの疲れも抜けていく。
眩しい光が差し込まない方向にうろが作られているので、大きな葉っぱで日差しを遮る必要はなく、うろの前で仕事をするヒヨクの広い背中を眺めていた。
とても穏やかで落ち着いた時間だ。
ずっと握っていた、川遊びの時に拾ってくれた石をヒヨクの背中と並べてみる。
若葉色に光る石はあのハンカチの色で、ナナミーのイメージするヒヨクの色だ。
『あの缶に一緒に入れておこう』と、なくさないようにギュッとまた石を握りしめる。
改築したヒヨクの屋敷には、ナナミーの好きな物で溢れていた。
森を一周する川も、滝の滑り台も、
ピタリとナナミーサイズにフィットしたうろも、
あちこちで使われている天女の羽衣生地も、
森のフルーツや野菜に貼られた若葉色のシールも、
全てにヒヨクと過ごしてきた時間が感じられるものだ。
きっとこれは偶然ではない。
『ヒヨク様は、私が運命のつがいだって気がついてくれた……んだよね?でも何も言ってくれないし、違うのかな……?
私が名乗り出た方がいいのかな?………名乗り出てみようかな……』
ナナミーはゆらゆらと揺れる気持ちの中にいた。
スウスウと背中から寝息が聞こえてきて、『眠ったか』とヒヨクは背中のうろに意識を向ける。
書類から顔を上げて振り返ると、ナナミーが気持ちよさそうに眠っていた。
川遊びの時に拾ってやった若葉色の石を握っている姿を見て、缶に入っていた若葉色のハンカチを思い出し、ヒヨクはフッと口の端を上げる。
ヨウの森にあった、ナナミーの家の屋根に穴を開けてやる前に、部屋の荷物は濡れないように、全て屋敷の方に運ばせていた。
忘れ物がないか、最後にくまなく部屋をチェックしていたユキが、ベッドの下の奥の方に隠されたお菓子の缶を見つけていたのだ。
缶の中を確認したユキが、「まあ!」と声をあげたので、覗いてみたら缶にはヒヨクとお揃いの色のハンカチが入っていた。
違うのは、缶のハンカチにはヒョウの刺繍が入っていた事だ。
若葉色のハンカチは、ユキも同じ物を持っている事は知っているが、ユキのハンカチには雪の結晶の刺繍が入っている。
―――ナマケモノの刺繍ではない。
だからヒョウの刺繍は、ユキではなくヒヨクを指しているはずだ。
ヒヨクと対になるハンカチを、大切そうにベッドの奥に隠していた事に、思わずブワッと多幸感に包まれたが、ハンカチに気づいた事はナナミーには言わない事にした。
隠していた物を勝手に見た事が分かったら、幻滅されてしまうかもしれない。
その可能性を考えると、『ハンカチ見たぞ。お前も俺の事が好きなんじゃねえか?』とは聞けなかった。
ユキから受け取った缶を、急いでカバンの奥にしまうナナミーを眺める事しか出来なかった。
ヒヨクは、はぁ……と深いため息をつく。
『なんでコイツが俺の運命のつがいじゃねえんだろうな』
何度考えてもどうにもならない事を、また考えてしまう。
『コイツにつがいの証が現れたら、その時点ですぐにつがいを名乗り出てくるだろうに』と思うと、ままならない運命に苛立ちさえ感じてしまうほどだった。
「まあいい」、とヒヨクは呟く。
『運命のつがいが何だってんだ。運命のつがいなんて、どうせラニカみてえな、俺を大きく苛立たせる女に決まってる。そんなヤツを相手にする必要はねえ。国民の義務とか、関係ねえだろ』
フンと鼻を鳴らしてみせた。




