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06.運命のつがいの行方


休日のナナミーの一日は早い。

まるで魔法にかけられたかのように、あっという間に時間が溶けてしまう。



お昼を大きく回った頃に起床して、食料品の買い出しに出かけて、部屋に帰りつく頃にはもう夜だ。

お風呂に入ったらもう寝る時間だし、目覚めたらまた仕事の一週間が始まる。


ナマケモノ族失格の烙印を押されそうなくらいに慌ただしい休日を送っていた。




そして休みの今日。

いつもの休み通りに、目覚めたらお昼の2時を過ぎていた。

もう一眠りしたいところだが、冷蔵庫は空っぽだ。買い出しに行かなくてはいけない。


ナナミーはノロノロと起き上がって、ノロノロと最大限に手早く準備を整えてから、街の市場へ向かった。



市場に着くと八百屋の前で立ち止まり、「おじさーん、ナナミーです。いつものセットを受け取りに来ました〜」と、八百屋のおじさんに声をかける。


ナナミーはこの八百屋の常連客だ。

買い物の時間が遅すぎて、いつも残り物を悲しそうに見つめるナナミーに、「ナナミーセット」を取り分けてくれている親切なお店を、ナナミーはこよなく愛していた。


「おっ!ナナミーちゃん、今日も遅いね。ほら、今日のセットはキャベツとさつま芋と人参とリンゴとグレープフルーツだよ。特別大きい物を取り分けといたから」



「わ〜おじさん、いつもありがとう」と受け取った紙袋がズシリと重い。

その日のお勧め野菜や果物をセットにしてくれているのだが、今日のナナミーセットの組み合わせはかなり重かった。


一週間分の食料品の買いだめはなかなかの重労働だ。

重い紙袋を抱えながら、ナナミーは元来た道をヨロヨロと帰っていく。





―――重い。

やっぱり今日のセットは重すぎる。


まだ市場から出てもいないが、すでにナナミーは力尽きてしまった。

『もう歩くの無理……』と、道の端っこで休憩を取る事にして、ちょうどいい大きさの石の上に座り込む。


座り込みながら、通りを歩く人をぼんやりと眺めていた。




どれくらい眺めていただろうか。


「ナナミー?お前こんな所で何してんだ?調子でも悪いのか?」


「あ……ヒヨク様。袋が重くて休憩してるだけですよ。ヒヨク様はどうしてここに?」


通りがかったヒヨクに声をかけられた。

家が大金持ちで実はボンボンだという噂のヒヨクは、こんな市場などで会うはずのない人だ。



―――まさか。

まさか困っている運命のつがいのピンチに駆けつけてくれたのか。


ドキドキドとナナミーの胸が波打ち始める。





「ああ。この辺りによく当たる占い師がいるって聞いてな。ナナミー、この辺に詳しいんだろ?そこまで案内してくれ」


………違った。


どうやらヒヨクはナナミーのピンチに駆けつけてくれた訳ではないらしい。

助けに来てくれたどころか、疲れ果てているナナミーを道案内に使おうとしてくる。


案内するのが当然といった様子の鬼畜ヒヨクに、ナナミーは反発する。



「え〜〜今は労働時間外なので無理ですよ。占い師の店のテントは、市場の正反対の場所ですよ?そんな場所まで案内なんて出来るわけないじゃないですか。甘えないでくださいよ」


―――そう言ってやりたい。


言ってやりたいが―――言えない。


なぜならナナミーは弱小種族のナマケモノ族だ。最強種族のヒョウ族のヒヨクに逆らえるはずがないだろう。


「少し離れてるけど案内しますね〜」とにこやかに笑ってやった。


そしてノロノロと立ち上がり、ノロノロとヒヨクの前に立って歩き出す。

手に持つ紙袋が重かった。




数歩も歩かないうちに、ヒヨクがひょいとナナミーの紙袋を持ってくれた。


「お前は歩くのが遅えんだよ。どっちへ行けばいいんだ?………チッ。腕を引いてやるから、さっさと歩け」


そう言い放つと、ナナミーの腕を掴んでスタスタとヒヨクが歩き出す。



ごった返す人混みの中をはぐれないように、強いイケメンに手を引かれて歩く女子。

――それは全種族女子の憧れのシチュエーションだ。



だけどこのパターンは違う。

ヒヨクはナナミーの腕をガッチリと掴んで、ズルズルと引きずっていく。


「この鬼畜野郎め!」と言う代わりに、ナナミーは全体重をヒヨクに預けてやった。自分で歩く事はせず、ズルズルと引きずられていく。


これはこれで、意外と楽チンだ。


引きずられながらナナミーは、「あっちですよ〜」「あ、次は右です〜」とヒヨクに指示を出す。


そしてすぐに占い師の店のテントにたどり着いた。





占い師のテントを見上げながら、ヒヨクに声をかけられる。


「この店か……。ナナミー、案内の礼に帰りは送ってやるから、ちょっと待っとけ」



帰りも引きずってくれるらしい。

ナナミーはもちろん快く頷いてやった。

野菜と果物の入った重い紙袋もついでに持たせてやればいいし、ヒヨクの歩く速さなら、夜になる前に家に帰れるだろう。


ナナミーはテントの横に座り込んで、通りを歩く人をまた眺める事にした。






どうやらヒヨクは、つがいの居場所を占ってもらっているようだ。


布が薄いテントから、ヒヨクと占い師の会話が丸聞こえだった。

ヒヨクがつがい認定協会につがい申請を出してからもう何年も経つが、ヒヨクの運命のつがいは見つからない。

何人かつがいを名乗り出る者があったようだが、それはアザを偽ったヒヨクを慕う者達ばかりだったらしい。


「俺の運命のつがいはシャイすぎるようだ。名乗り出るのを待っていても埒が明かないし、居場所を探そうと思う。占ってくれ」

―――そうヒヨクは占い師に言葉をかけていた。



ナナミーはテントの外で、ドキドキと成り行きを見守った。


ここの占い師の占いは、とてもよく当たるという。

占いに興味がないナナミーだって聞いた事がある噂だ。

ついにナナミーがヒヨクの運命のつがいだと明るみになる時が来たようだ。




占い師が際どい答えをヒヨクに告げる。


「お前さんの運命は近くにおるぞ。すでに会っている者をよく探してみるといい。お前さんの心を大きく動かす者をよく思い出すんじゃ」


「近くに……?俺の屋敷の者はヒョウ族ばかりだから違うだろうな。俺の部署には女など一人もいねえし、出張先で出会ったのか?

――まさか隣の国で入った小料理屋の、カピバラ族の女か?そう言えばあの女、ずいぶんいい干し肉を作るもんだなと思ったんだ」





ドキドキしながら外で会話を聞いていたナナミーは、スッと心が冷えた。


どうやらナナミーは、ヒヨクの心を動かすつがいではないらしい。


いや、それよりも。


あの鬼畜上司野郎は、「俺の部署には女などいない」とキッパリと言い切りやがった。

そんな野郎はつがいだったとしても願い下げだが、上司としても願い下げだ。


『あんな鬼畜上司なんて、隣国でつがいを見つけて、そのまま隣国の者になればいい』と、ナナミーは心の中で激しくヒヨクを罵ってやる。


罵りながら紙袋から、八百屋のおじさんがオマケでつけてくれたアスパラガスを一本取り出して、ポリ……ポリ……と齧ってやる。


午後の日差しがポカポカと暖かい。

ドキドキしていた気持ちもあっという間に冷めて、今は穏やかな気持ちで、地べたに座り込んでいる。

齧るアスパラガスは新鮮で、ポリ……ポリ……と口の中で鳴る音を聞いていたら、眠たくなってきた。



『眠たいな……。帰ったら、お風呂に入って今日はもう寝なくっちゃ』


うららかな日差しの中、ナナミーはウトウトとテントの前で眠り出す。






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