25.危険な真相
ラニカとのお別れの日。
ナナミーはラニカと二人で、ヒヨクの屋敷でお茶をする事になった。
「ナナミー。今日の仕事終わりに、うちの寮に来てくれる?私も一緒に帰るわ。二人で話したい事があるの」
同僚達に別れの挨拶をするラニカに誘われて、ナナミーが「はい」と頷く前に、ヒヨクが「俺の屋敷を使えよ」と声をかけてくれたからだ。
「コイツは定時後にも仕事があるからな。俺の屋敷にいるなら、夜遅くなってもコイツの家まで送ってやれるし、うちを使えばいい。
―――なあナナミー、そうだろ?ハッキリ言ってやれよ。お前には親父から任された仕事があるだろうが」
「あ、はい。そうなんです」
ヒヨクの言葉にナナミーは頷いた。
レオードの仕事は「休日だけでいい」と言われているが、ナナミーは部屋にいる時はいつでも仕事を頑張っている。
極上の肌触りのストールに包まれて、窓の外で揺れる木の葉を眺める事が、最近の一番のお気に入りだ。
ラニカが「二人で話したい」という話は気になるが、たくさんの人が住んでいるラニカの寮に行くのは怖い気がした。
たくさんの人がいる場所でも、ナナミーの事などいないものとしてくれる所なら安心はできる。
だけどワッと囲まれて、「お肉食べな」「貝食べなよ」と、もてなしを受けたりしたら、怖くて体がすくんでしまうだろう。
ヒヨクが部屋を貸してくれると言うなら、その好意にはぜひ甘えたい。
ラニカは、「そう……?せっかくみんなを紹介しようと思ったのに残念だわ」と惜しみながらも同意してくれた。
「ヒヨクさんの事で迷惑をかけたから、ナナミーだけにはちゃんと説明しておこうと思って。
でもお願いがあるの。私が今から話す話は、誰にも言わないでほしいの。外に漏れると大変な事になっちゃうのよ。だから絶対に言わないで。
ナナミーだけの秘密にしてくれるって、約束してくれる?」
ヒヨクの屋敷にたまたま来ていたユキが、ナナミー達にジュースとオヤツを出して部屋から下がると、ラニカが真剣な顔で話を切り出した。
ラニカの、「大変な事になっちゃう」という言葉に怖くなって、ナナミーは「そんな怖い話は聞けません」と言いたくなった。
だけどそんな無礼な事を言えるはずもなく、ドキドキしながら「約束します」とナナミーは頷く。
『ここにあのストールがあれば少しは落ち着くのに』と、部屋に置いてある極上の肌触りのストールを思い出した。
落ち着かない気持ちで耳を傾けるナナミーに、ラニカが口を開いた。
「あのね、私につがいの証のアザが出た原因が分かったの。―――本当にこれは内緒よ?」
声をひそめて話し出したラニカの話は、いまだに原因不明とされている、ラニカのアザについての話だった。
ナナミーはゴクリとツバを飲む。
「そうね。どこから話した方がいいかしら……。
私は向こうの会社に、すごく気の合う親友がいるのよ。ワニエルって子なんだけど。
彼女はコスメ部門で部署が違うし、自宅通いだから、なかなかゆっくり話せないんだけど、お誕生日の時はスペシャルなプレゼントを贈り合う仲なの。
今年の誕生日には、オシャレなジャケットをもらったわ。ワニエルはすごくファッションセンスがいいのよ」
「あ、はい」
話の筋は見えないが、とりあえず相槌を打っておく。
「それでね。私、そのジャケットがすっかり気に入っちゃって、潮干狩りの時はいつもそれを羽織っていたの、オシャレなUVジャケット代わりにね」
「あ、はい」
やっぱり話の筋が見えないが、とりあえず相槌を打っておく。
「そのうち私の左肩の後ろにつがいの証が現れたから、名乗り出て仮認定を受けたのよ。
でも結局は、キエール社のシミ取りクリームと美白クリームで、アザは消えたし、仮認定も取り消してもらえたでしょう?
だからこの前、仮認定の解消祝いパーティーを寮で開いたのよ。その時にワニエルも呼んで、みんなで朝までおしゃべりしていて分かったんだけど………」
そこまで話すとラニカは言い淀んだ。
ラニカはジュースが入ったグラスを手に取ったが、口を付ける事もないまま、手の中でもてあそんでいる。
このまま話を続けるべきか悩んでいるように見えた。
よほど言いにくいようだが、確信に近づいたようだ。
ナナミーに緊張が走り、またゴクリと唾を飲んだ。
「…………実はワニエルったら、ヒヨクさんの秘密ファンクラブの会員だったみたいなの。ほら、アザ持ちの男って、女の子に人気あるでしょう?私にはよく分からない感覚だけど」
「あ、そうですね」
また話がよく分からない方向へ進んでしまったが、とりあえず相槌を打つ。
確かにアザ持ちの野郎どもは、女の子達の憧れだ。
強くてとても格好がいいし、誰もが一度は「運命のつがいになりたい」と憧れるものだろう。
あんな傲慢野郎どもだと知らなかった頃は、ナナミーだって憧れた。現実を知らないうちは、夢を見れるものなのだ。
密かに運営されるファンクラブがあってもおかしくはない。
だけど秘密ファンクラブが、アザ持ちの野郎どもに見つかったら、酷い目に合わされるだろう。
「テメェら気色悪いんだよ!」と見つかった瞬間に、秘密の集会所など破壊されてしまうに違いない。
ナナミーだったら入会する勇気はない。
逃げ遅れて、きっと真っ先に捕まえられてしまうだろう。
それこそジメジメした牢屋の中に入れられて、鉄格子の中で泣くしかない。
想像してナナミーはゾッと背筋を凍らせる。
言葉を選びながら話をするラニカは、固まるナナミーに気づかずに話を続けていた。
「それでね。ワニエルの贈り物のジャケットは、ヒヨクさんの秘密ファンクラブのレアグッズだったのよ。
一見普通のジャケットだけど、肩の後ろが薄い三重生地になっていて、真ん中の生地に「実物サイズの走るヒョウ模様」が透かし模様として入っていたの。
左肩の部分を日にかざすと、やっと見えるくらいの隠し模様よ。
だから潮干狩りに行くたびに、そこがヒョウ模様に薄く日に焼けて、シミになっちゃったみたいなのよ」
「え……」
こうして聞くと、つがいの証の形に現れたシミに納得しかない話だが、確かにこの話を公にする訳にはいかないだろう。
秘密ファンクラブの存在など知られたら、アザ持ちの野郎どもにことごとく潰されてしまうし、会員達もアザ持ちの野郎どものブラックリストに載ってしまうかもしれない。
大きな会社を経営する一族が多いから、就職に差し支えが出る可能性もある。
国やつがい認定協会も、今後同じような誤認定が起きないように、威信をかけて全力でファンクラブを取り潰しそうだ。
これは絶対にバレてはいけない真実だ。
ラニカが懸念するように、誰かに知らでもしたら、大変な事になってしまう話だった。
ラニカが更に念を押して「そういう訳だから、この話はナナミーの胸の内に収めておいてね」と言いたくなる気持ちが分かり、ナナミーは大きく頷いた。
「すごく気が合う親友だからといっても、男の趣味までは合わないものね……」
ラニカが静かにため息をついている。




