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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第二章

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24.アザを持つ男


今日は雨だ。

窓の外では、しとしとと雨が降っている。


ナナミーは天女の羽衣ストールにくるまりながら、窓の外を眺めていた。


静かな部屋の中には、小雨がポツポツと窓に当たる雨音と、家の隣に立つ大きな木から落ちる雫が、タン……タン……と屋根にリズムよく音を刻んでいる。





休みの日の雨はいい。

部屋に響く雨音と、極上の肌触りの天女の羽衣ストールが、とても穏やかで満たされた気持ちにしてくれる。


今日は川遊びも、バーベキューも、うろでのお昼寝も出来ないが、「雨ならしょうがない」と諦める事が出来る。


それにこんな雨の日は、強い種族の者達も家に閉じこもっているに違いない。


安全な家の中がより安全に感じられて、ナナミーは家の中で心地よい時間を過ごしていた。



晴れていれば今頃は、川遊びを終えて森へバーベキューの材料を採りに行っている頃だろう。

今日はヒヨクの手料理は食べれないが、冷蔵庫には今日一日分の食料は入っているし、雨の中収穫しに行く必要もない。


『もう少しお腹が空いたらご飯にしよう』と考えながら、小雨が当たる窓のガラスを見ていた。


窓についた雨粒と雨粒が合わさって、少しずつ大きな雨粒になり、最後にツ―――ッと窓を伝って落ちてゆく。


また別の雨粒と雨粒も合わさっていき、いくつもの雨粒を集めて大きくなって、また最後にツ―――ッと流れ落ちていった。


『次はあの雨粒が落ちそう』と、真剣に窓を眺めていたら、トントントンと扉がノックされて、ナナミーはハッとして背筋を伸ばす。


『ユキお姉さんかも!』


ユキは毎日ナナミーのお世話をしに来てくれる。

「明日は雨だし、濡れちゃうから、ユキお姉さんもお屋敷にいてね」と伝えていたけど、来てくれたのかもしれない。


ナナミーは雨の中を歩いてきたユキが濡れていないか心配になって、急いで扉を開けると、立っていたのはヒヨクだった。



「ヒヨク様?―――あ。濡れますからどうぞ。今オヤツを用意しますね」


こんな雨の日に外に出る者などいないと思っていたが、アザ持ちの男くらいになると、雨など気にせずにヨウの屋敷まて歩いてくるらしい。


本人は気にしていないようだが、ヒヨクの足元が濡れているのを見て、ナナミーは急いでタオルを手渡して、柔らかい座布団に案内した。


冷蔵庫に入れていたサトウキビをお皿に乗せて、水を入れたグラスと共にヒヨクの前にコトリと置く。


今ナナミーの家にある唯一の食べ物だが、『雨の中を歩いてくるのは、大変だったろうな』と考えて、精一杯のおもてなしをしてみせた。


―――だというのに。



「お前………。また水かよ。しかもサトウキビってなんだよ。もっとなんか良いもんないのか?」


唯一の食べ物で精一杯のもてなしの心を見せてやったのに、傲慢な男が呆れた顔で、サトウキビ以上のご馳走を催促してきた。


「帰れ!お前に出すものはもう何もない」と言ってやりたい。


だけど言えるはずもなく、「家にある食べ物、これだけなんですよ〜」とふふふと笑って、大人の余裕を見せつけてやった。


「は?嘘だろ……?他に何かねえのか?」


「空っぽですよ」


疑い深い男だ。

冷蔵庫に視線を送って、そこにご馳走を隠しているだろう?と疑いの眼差しを向けてきたので、ナナミーは冷蔵庫の扉を開けて、全てが真っ白な内面を見せつけてやった。


「お前な……。雨だからって怠けすぎだろ。もっとちゃんと食えるもん用意しとけよ」


ヒヨクがナナミーを怠け者扱いしてきた。

自堕落な怠け者扱いされる事は、ナマケモノ族として光栄な事だ。


だけどここで怠けている事を認めてしまったら、「外に行って何か良いもん採ってこいよ」と、雨の中ご馳走を収穫しに行かされるかもしれない。

こんな雨の日は、絶対に怠けている事を認めてはいけない。雨の日にご馳走をたかられても困るのだ。


「怠ける時間なんてないですよ。休日はレオードのお父さんの仕事を手伝っているから、私は結構忙しいんです」


体に巻きつけたストールの端っこを持ち上げて、『ほら。私はこんなに忙しいんだから、外へ出るなんて無理ですよ』と主張してみせた。







「どうせ仕事するなら向こうの屋敷でしろよ」と、ヨウの屋敷にナナミーを抱えて移動したヒヨクは、嬉しそうにフルーツの盛り合わせを食べているナナミーを眺めていた。


今日は朝から雨だったが、いつものようにヨウの屋敷に向かったところ、ちょうどユキがナナミーにブドウを運ぼうとしていた。


「今日一日分の食事は冷蔵庫に用意してるとは聞いていますが、オヤツだけでもお運びしようかと思いまして」


ユキのその話を聞いてからナナミーの家に向かったが、冷蔵庫に入っていたのは、昨日の朝切ってやった短いサトウキビ一本だけだった。


ナナミーの家の近くにも、様々な野菜やフルーツはなっているが、ナナミーが雨の日に外へ出ない事を知っている。

今日はまだ何も食べていないと話していたから、今日の食べ物はあのサトウキビ一本だったのだろう。


『俺の部下は本当にしょうがねえヤツだな』と思う。

ラニカの仮認定取り消し願いが正式に受理されたら、やっぱりナナミーは屋敷に戻すべきだろう。


『庭の改造を急がねえとな』


ナナミーサイズのうろはすでに完成している。

あとはうろの内装を、ヨウの森のうろより、より快適仕様にするだけだ。


池は庭を一周する川に変えているところだ。

ヨウの森の周遊プールのスケールには劣るが、改造を進めている川にも、小さな滝の滑り台は作る予定だし、川底にはヨウの川よりキレイな色の石を敷き詰めるつもりだ。


森の中では、ナナミーの好物のトウモロコシやサトウキビも育てているところだし、ヨウの森と比べて劣る所などないはずだ。




ラニカが運命のつがいではない可能性が見えた時から、嬉々として庭の改造に取り掛かり出した自分に、『何をしているんだ俺は』と自嘲する時もある。


占い師から告げられたように、運命のつがいとは心を大きく動かす者なのかもしれないが、ヒヨクはナナミーのように、一緒にいて落ち着くような女が運命のつがいであればと思ようになっていた。



『ナナミーみたいな女?』


ふと浮かんだ自分の言葉に、『いや違うな』とヒヨクは首を振る。

ヒヨクが望むのは、「ナナミーに似た女」ではない。


ヒヨクは『ナナミーが運命のつがいであれば』と、―――そう望んでいる。


それは認めたくはない想いだが、認めざるを得ない想いだった。

『ナナミーにつがいの証が現れてくれたら』と、確かにヒヨクは心のどこかでそう願っていた。




だけどナナミーはつがいの証のアザを持っていない。


もしナナミーがつがいの証のアザを持っているならば、とっくに名乗り出ているはずだ。

何年も前から目をかけてやっている、面倒見のいい上司でもあるヒヨクのつがいを、名乗り出ないはずがない。


―――だから違う。


ヒヨクはどうにもならない現実に、ため息をつくしかなかった。












「いいかい?ここからは特に大事だからよく聞いてね。知識は自分を守るものだよ」


小雨の降る休日。


つがい認定協会の最高責任者のサイモンは、「休日特別新人講座」の中で、新入社員にアザ持ちの男の特性について講義していた。


「種族を表すアザは、強者ほど目立つ所にあるものだよ。

顔にアザを持つ男性は、通常より傲慢な思考を持つ傾向があるから、「自分の運命のつがいなら、アザが現れると同時に名乗り出るに違いない」と思い込む事が多いんだ。

実際には、顔にアザを持つ男性のつがいは、通常より心が弱いから、男性の方が気づいてあげないと、なかなか運命が結びつかないものなんだよ。

ここで注意したいのが、この事実があるからといって、『アザ持ちの男性にこの真実を指摘してはいけない』という事だ。

彼らは凶暴だから危険だよ。細心の注意が必要なんだ。指摘などしようものなら、いきなり殴りかかってくる事もあるからね。

協会に来られた際は、言葉と態度に気をつけるように」



受講者は強い種族の者ではあるが、自分の身を守るための知識を休日も学んでいる。


「はい。「アザ持ちの男性にこの真実を指摘してはいけない」という箇所に赤線ね。大事だよ」


責任感のサイモンの指示に従って、受講者たちは赤ペンを手に取った。


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― 新着の感想 ―
タイムリーなお返事ありがとうございます! お!おおっ!…あー……という今回でした。 ついに!と思ったんですけどね。認識違いというやつですね。 つがい認定協会の勉強会、これでまたヒヨクは真実から遠ざかる…
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