23.嫌われないために
「ナナミーちゃん。今日から休みの日は、ヒヨクと一緒に俺の仕事を手伝ってくれるなんて、すごく助かるよ。ありがとう」
レオードは精一杯優しく聞こえる声でナナミーに言葉をかけたが、ナナミーは「仕事の手伝い」という言葉に顔を強張らせてしまった。
『ヒヨクの野郎め……!こんな時に俺の名前を使いやがって。使うなら親父の名前を使えよ!俺が仕事の鬼だって誤解されるだろうが!』
レオードの腹の中は、息子ヒヨクへの苛立ちで血がフツフツと沸き上がる思いでいた。
ついでに言うと、ヨウへの苛立ちも合わせて沸き上がっている。
ヨウは、休日に集まったみんなの前で「休日のナナミーちゃんに仕事をさせようなんて、レオードもヒヨクも、お前ら狂ってんじゃねえか?ナナミーちゃんが可哀想だろ?」と息子と孫を落として、カメリアとコフィとナナミーの点数を稼ごうとするセコイ野郎だ。
事前にレオードを呼び出して、「チーター族の男なんかの家に関わらせないよう、ナナミーちゃんにはしっかり仕事を任せるんだぞ」と言っていただけに苛立ちが募る。
だけどそんな怒りの感情は、娘のように可愛いナナミーの前で見せるわけにはいかない。
レオードはにこやかな笑顔を浮かべてみせた。
「ぜひナナミーちゃんに任せたい仕事があるんだ。
――あ!いや、書類仕事とかじゃないよ。そんな無粋な仕事は全てヒヨクがするべきだ。
ナナミーちゃんには、うちで仕入れを検討中の商品のモニターをしてほしいんだ。うちの会社はハイブランドの日用品も扱っているからね、検討中の商品の使い心地を、消費者目線で見てほしいんだよ。これだよ」
「ナナミーちゃんに任せたい仕事がある」という言葉でサッと顔色を暗くしたナナミーに、レオードが素早く用意していた物を取り出した。
『嫌われたくない!』
その思いがレオードの手を急がせる。
『これならばナナミーちゃんからの好感度が下がる事はないはず』と確信を持って、苦労して入手した物をナナミーに差し出した。
レオードの読み通り、ナナミーは差し出した物を見て、ぱあああああっと顔を輝かせている。
「レオードお父さん!私、このストール知ってます!「天女の羽衣」ですよね?チレッグ様のお母様への贈り物に選んだ物と同じです!
これをモニターするお仕事………!!!」
「わぁ〜……」と感嘆の声を上げながら、そっと天女の羽衣を優しく撫でたナナミーの頬が緩んでいる。
なで……なで……と優しく撫でる手が止まらないようだ。
『良かった、正解だった。苦労した甲斐があった』とレオードは安堵した。
「さすがナナミーちゃんだ。希少価値の高いこの布の事も知ってるんだね。
最近俺もこの布に注目していてね。このストールのモニターは、コフィにも頼もうと思ってるんだ。――はい。これはコフィの分だよ。
このストールは、「心から寛げるラグジュアリーな時間」というテーマで考えてる商品だからね。出来るだけ寛いだ時間を送って、感想を聞かせてほしいんだ。
そうだな。高級商品になるから、十分なモニター期間を取ろうと思ってるんだ。数ヶ月は頼みたいな。――あ、もちろんモニター品はプレゼントするよ」
コフィにもナナミーとお揃いの布を渡すと、肌触りを確かめたコフィが「わぁ〜……」と感嘆の声を上げて、頬を緩ませていた。
「ナナミーちゃんとお揃い……!」
「コフィお母さんとお揃い……!」
お揃いにした事も良かったようだ。
ヒソヒソ声で「レオードお父さん、素敵ですよね」と話すナナミーに、「そうでしょう?レオードって素敵でしょう?」とヒソヒソとコフィが言葉を返していた。
レオードの頬も緩む。
『後でユキにも褒美をやらんとな』と機嫌良く、ナナミー情報を回してくれていた使用人のユキへも特別ボーナスを用意してやる事にした。
「じゃあ書類仕事をするヒヨクの邪魔にならねえように、俺たちは向こうの部屋に移動して、ジュースでも飲みながら俺たちの仕事をしようか」
レオードは機嫌良く、愛するコフィと、コフィによく似た娘のようなナナミーを別室へと促した。
不機嫌そうな顔をしたヒヨクと一緒の部屋にいても、気分が悪くなるだけだ。
「テメェはいつまで鬱陶しい顔してんだよ!」と、コフィ達の前でヒヨクを殴ってしまう前に、別室に移って三人だけの癒される休日を過ごすべきだろう。
二人に乱暴者だと誤解されるわけにはいかない。
部屋を出て扉を閉める前に、「その仕事終わるまでこっちくんじゃねえぞ。バーベキューに参加したかったら、キリキリ働いて昼までに仕上げろよ」と、睨んでくるヒヨクに言葉をかけてやった。
ふわ…………っとした肌触りのストールに包まれると、とても満ち足りた気持ちになる。
ウトウトとまどろみながら、三人で穏やかな時間を過ごしていると、扉が開いてヒヨクが部屋に入ってきた。
少し顔が疲れているように見える。
「お仕事終わりましたか?」
「おおかたな。………そのストールが気に入ったのか?」
ドサッとソファーに腰かけたヒヨクも、この極上の肌触りのストールが気になるようだ。
ストールを触りたそうにナナミーを見つめてくる。
それならば仕方がない。
「特別にこっちの端っこ使っていいですよ。なでる時は、そーっとなでてくださいね。引っ張っちゃダメですよ」
ナナミーは『しょうがないな』と、体全体を包んでいたストールを外して、端っこの方を渡してあげた。
素敵な物はいつだって他人の物になってしまう。
『もしヒヨク様が横取りしようとしたら、レオードお父さんは怒ってくれるかな?』と、レオードの顔をそっと伺う。
「おいヒヨク。そのストールは、ナナミーちゃんに任せた仕事なんだから、慎重に扱えよ。横取りしようなんて考えてんじゃねえぞ」
ナナミーの心配事に気がついて、レオードがヒヨクを注意してくれた。
『レオードお父さん、ありがとうございます……!』と心の中で感謝を伝えると、レオードは笑顔で頷いてくれた。
『親父の野郎……!』
レオードがヒヨクに濡れ衣を被せて点数を稼ごうとしていた。コフィとナナミーに、頼れる男をアピールしたいのだろう。
『本当にこの男はセコイ野郎だ』と、ヒヨクはチッと舌打ちをする。
得意げな顔を見せるレオードはムカつくが、それでも「どうぞ」と、神妙な顔をしてストールの端を差し出してくるナナミーを見たら、苛立ちは霧散した。
『どんだけ惜しみながら渡してくんだよ』とおかしくなる。
ラニカの出現で計画が止まっていたが、ヒヨクは近日中に屋敷を周遊する川と、部下のためのうろ作りを再開させるつもりだ。
ナナミーを眺めていたのは、ストールが気に入ったみたいだから、うろの内装はストールの生地にしようかと考えていただけだった。
「悪いな」と言ってなでてやったストールは、なかなか悪くない肌触りの生地だ。
ヒヨクに取られるとでも思っているのか、反対側の端をシッカリ握りしめているナナミーを見て、『やっぱり内装はこの生地に決めるか。すぐに発注しないとな』と考えた。




