20.見えた可能性
お昼にみんなでバーベキューをする事が、休日の恒例になっている。
バーベキュー前に、各自食べたい物を森の中で収穫する事も楽しみの一つだ。
ヒヨクは今日のバーベキューで、ニンジンの丸ごとホイル焼きを作ってくれるらしい。
時間をかけて焼いたニンジンは、旨みがぎゅっと凝縮されるというヒヨクの説明に、ニンジンを収穫した時から、楽しみでドキドキが止まらない。
バーベキューが始まり、「ニンジンは焼けるまでに時間がかかるから、先に干し芋焼いてやろうか?」とヒヨクに声をかけられたが、丁重にお断りした。
炙り干し芋は魅力的だけど、今日は焼きニンジンを堪能したい。ニンジンが包まれたホイルを、焼き上がりまで見守るつもりだ。
網の上のホイルをじっと見つめる。
ニンジンの隣では、ヨウがカメリアのために肉厚スルメを炙っていた。
火に炙られて、薄い焼き色をつけながらクルンと丸まっていくスルメを見ていたら、ふとラニカから聞いた話を思い出した。
スルメを焼くヨウに、聞いた豆知識を披露してみる。
「ヨウおじいちゃん。知ってますか?日に焼けると、アザが濃くなるんですよ。この、火に焼けたスルメみたいに、ちょこっとずつ色が濃くなるんです」
「アザが濃くなる?」
不思議そうに聞き返されて、ナナミーは照れながら説明する。
少し知ったかぶりをしてしまったかもしれない。
「研究のために、よく潮干狩りに行っている人からの受け売りなんですけどね。
一日海で潮干狩りすると、首の後ろとか肩とかがすごく日焼けしちゃうみたいなんです。「潮干狩りに行くたびに、アザの部分が濃くなっていく」って教えてくれたんですよ」
えへへと笑いながら話すと、ヨウは思案するような顔になった後に、口を開いた。
「日焼けしてアザが濃くなるなんて、シミみたいだな」
「シミ………じゃないと思いますよ。だって――あ。
ヨウおじいちゃん、スルメが焦げちゃいます!」
まだスルメは焦げていなかったが、ナナミーはここで会話を終える事にした。
ラニカが話してくれた話は、シミの話ではない。
「ちょっとナナミー、聞いてくれる?嫌になっちゃうわ」と、二人だけの時に教えてくれた話だった。
「潮干狩りに行ってまた日焼けしたら、つがいの証のアザが、また少し濃くなっちゃったのよ。本当に嫌になっちゃう」
話しながら左肩の後ろをさすっていた。
「こんな事で文句を言うなんて、国民の義務に反するって分かっているのよ。だけど言わずにはいられないわ。
ナナミー、私がつがいの証を嫌がってる事、誰にも言わないでね。
特にヒヨクさんに気をつけてね。あの人本当に嫉妬深いから、すぐナナミーに当たるでしょう?私がアザを迷惑に思ってる事、絶対に言っちゃダメよ」
「あの人本当に子供よね」とため息をつきながら、ラニカがナナミーを信じて打ち明けてくれた話だった。
火に焼かれて色づくスルメを見たら、つい考えなしに話してしまったが、日焼けの話題はここまでだ。
これ以上口を滑らせて、日焼けとアザの関連性を教えてくれた人がラニカだと気づかれてはいけない。
ナナミーはキュッと口を引き結ぶ。
幸いヨウはスルメの方に意識が向かったようなので、ナナミーも「私は今、ニンジンを見るのに忙しいのでおしゃべりは出来ませんよ」という顔をして、網の上に真剣な目を向ける。
網の上では、アルミに包まれたニンジンがパチパチと小さな音を立てていた。
バーベキューコンロを囲みながら、微妙な空気が流れていた。
誰も口を開こうとはせず、場は静まり返っている。
話途中で口を結んでしまったナナミーに、話の続きを促すような無粋な事はせず、ヨウは潮干狩りの話をした者を特定していた。
『それはヒヨクの運命のつがいに仮認定されている、ラニカという女の話だろうな。その女が勤めるパルル社は、最近色んな貝から真珠を採取する研究をしてるって話だし、間違いはないだろう。―――やっぱり誤認定だったか』
ヨウは『なるほどな』と一人納得しながらスルメを炙る。
レオードも、コフィのためにパイナップルを焼きながら考えていた。
『それはつがいの証のアザの話だろうな。協会の審査も当てにならねえもんだな。しかし協会で立ち合いながら仮認定させるなんて、バカな男め』
レオードは『ふうん』と一人納得しながら、片面が綺麗に焼けたパイナップルを裏返す。
カメリアとコフィも、ドキドキしながら考えている。
『それはラニカさんって方の話かしら?つがいの証って、日焼けしたら濃くなるのかしら?』
二人は服に隠れたつがいの証をそっと撫でる。
―――皆が皆、それぞれの思考の中にいた。
ヒヨクは火に焼けて色づいていくスルメに鋭い目を向けていた、
『ラニカ、あの女……!!日焼けするとアザが濃くなるなんて、んな事あるわけねえだろ!
潮干狩り行って濃くなるなら、ただの日焼けかシミだろうが!』
自分達の周りで貝の研究をしているヤツなんて、ラニカしかいない。
ナナミーに、「それラニカだろ」と聞いて確かめるまでもない。
ラニカが「首や肩の日焼けとアザ」の関係性について話したというなら、それは間違いなくつがいの証の話だ。
ラニカは左肩の後ろに、ヒョウ模様のアザを持っている。
運命のつがいについては、古来より研究対象とされてきたし、日焼けとの関連性があれば、とっくに公になっているはずだ。「日焼けしている者ほどアザが濃い」なんて話も、聞いた事はない。
あの消えそうに薄かったヒョウのアザは、単にヒョウの形に似たシミか日焼けに違いない。
『ラニカのアザがやけに中途半端だったのは、そういう事なんじゃねえか?
何で俺と同じアザを持ってるのかは分からねえが、ラニカには、世界最高品質のシミ取りクリームと美白クリームを取り寄せて、送り付けてやるか。
後でナナミーがうろで昼寝をした時に、取り寄せの手続きをしちまおう』
思いがけず差し込んできた可能性に、ヒヨクは機嫌よく網の上のニンジンを裏返した。
ゴロンと裏返るニンジンの動きに合わせて、ナナミーの目も動いている。
「そろそろじゃねえか?」と、ヒヨクがお皿に置いてくれた焼きニンジンは、期待以上の美味しさだった。
「熱いから気い付けろよ」と言いながらホイルを開けてくれると、開いたホイルからは、ふわあっと濃縮されたニンジンの香りが立ち上がった。
圧倒的なニンジン感に、「わぁ〜……」と感嘆の声が口からもれてしまう。
アツアツのニンジンにフォークを刺すと、力を入れなくてもスッとフォークはニンジンに沈んでいく。
フウ……フウ……と息を吹きかけて冷ましてから口に入れると、凝縮されたニンジンの旨みが口いっぱいに広がった。
少し焦げ目があるところが、香ばしくてまたいい。
思わず両手で頬を挟んでしまうくらいの美味しさだ。
気持ちが解き放たれるような優しい味わいに、感動と興奮に包まれた。
スッ……スッ……とフォークでニンジンをすくう手が止まらなかった。
「美味いだろ?昨日試作したら、なかなかの美味さだったからな」と話すヒヨクに、『試作してくれたんだ……』と嬉しくなって、美味しい焼きニンジンが最高に美味しく感じられた。




