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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第二章

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18.休日のヒヨク


よく晴れた休日の早朝、レオードから課せられた仕事が一段落ついたヒヨクは、『そろそろ屋敷を出るか』と思いながら棚に目を向けた。


棚には、先週ヨウの屋敷に引っ越した、ナナミーから贈られたハンカチが飾られている。

ハンカチに施された、楽しそうに歌っているナマケモノの刺繍を見て―――ヒヨクはクッと笑う。


見るたびに『なんだこれ』と笑ってしまう刺繍だが、せっかくの部下からの気遣いなので、ハンカチは棚の目立つ所に飾ってやっていた。




ナナミーはヒヨクの屋敷を勝手に出ていった薄情な部下だが、そもそも屋敷を出ようとしている事はユキからの報告で知っていた。


仮認定でも運命のつがいがいる今は『出て行くと言うならしょうがねえな』と考えていたし、屋敷を出ていく事は驚くような話ではない。

「行くな」というのもおかしいし、「この屋敷にいればいい」と引きとめるのもおかしいだろう。



それでも先週末レオードから、「ナナミーちゃんは、親父の森にある一軒家に住む事になったから」と突然に言われた時は、「ふざけんな!」とレオードに掴みかかってしまった。


レオードが勝手にナナミーの引越し先を決めてしまった事もムカつくが、「ジジイの森の一軒家ってなんだよ」と言いたくもなった。

徹底的に森を管理しているヨウが、そんな意味のない家を森に建てるはずがないと分かるだけに尚更だ。


それにレオードが側に付いていながら、ナナミーがチレッグに運ばれていたという話も、苛立ちに拍車をかけた。

「せめてテメェが運べよ!」とも言いたくもなるだろう。


レオードの言われるがままに引っ越しを決めたナナミーには、「もっとよく考えろ」と言ってやるべきだとヨウの屋敷に向かったが、嬉しそうにドアを開けたナナミーを見たら、『ラニカの寮に住むよりマシか』と落ち着いて考える事が出来た。


あの呑気な顔は人を落ち着かせる。



考えてみれば、ヒヨクの屋敷を出てラニカの寮なんかに移り住むくらいなら、ヨウの屋敷の敷地内に住んでいた方がよっぽど安心できる。


―――『安心?』


ふと浮かんだ「安心」という言葉に、ヒヨクは『何を安心する事があるんだ?』と、自分の中に浮かんだ言葉に疑問を持つ。


そして、『――ああそうか。信じられねえくらい弱い部下だからな。上司としては、使える部下が寮の奴等に虐められないか不安に思って当然だろう』と気がついて、安心の理由に納得した。


決して、寮の男達がナナミーへ向ける好意を心配したわけではない。

『そんな事あるわけねえだろ』と、頭をよぎったあり得ない可能性を鼻で笑って切り捨てる。



壁に飾られた枝がチレッグからの物だと聞いて、再び苛立ってしまった事も、あれは飾られた枝が細かったせいだ。


『もっと強そうな棒を持てよ』と思っただけで、チレッグからもらった枝だった事が許せなかったわけではない。

『それは絶対に違うだろ』と、また頭をよぎったあり得ない可能性を、鼻で笑って切り捨ててやった。



結局ナナミーには、「これ持って構えてみろよ」と程よい長さに切ったサトウキビを渡してやった。


神妙な面持ちでサトウキビを持った手を掲げてみせたナナミーを見たら、全く迫力のカケラもないナナミーの姿に、ハンカチの刺繍を思い出して笑いがこみあげた。


あのハンカチは本当に悪くない。


『あのナマケモノの刺繍みたいに、コイツも歌わせとくか』と思い付き、平日の朝はヨウの屋敷に迎えに行ってやる事にした。


朝は少し遠回りになるが迎えに行ってやっているし、元々部屋に引きこもってばかりいる部下だったので、ナナミーと顔を合わせる頻度は以前とそれほど変わる事はなかった。





ナナミーの世話をするために、ヨウの屋敷に移り住んだユキの報告では、最近のナナミーは川遊びにハマっているらしい。


平日の帰宅後にオヤツを食べてから、水着に着替えて浮き輪を持って川に向かうそうだ。

川辺にヨウやカメリアを見つけると、川に流されながら「カメリアおばーちゃーん!」「ヨウおじいちゃーん!」と名前を呼びながら手を振るらしい。


ヨウとカメリアも、名前を呼んで手を振られるのが嬉しいのか、ナナミーの川遊びの時は必ず川辺に出ているそうだ。


「私も場所を変えて川辺に控えているんですけどね、どこにいても私を見つけて名前を呼んで手を振ってくれるんですよ」とユキが嬉しそうに話していた。


『なんだそれ。面白そうだな』と、ヒヨクは週末の今日を楽しみにしていた。

『今日は川辺で仕事をしてやってもいいか』と考えて、今日片付けるべき書類を持って、機嫌良くヨウの屋敷へ向かった。








今日はとても天気が良くて、少し暑いくらいだ。


『川遊びにはうってつけの天気だな』


ヒヨクは川辺にある木陰を見つけて、簡易テーブルセットを置いて仕事を始めた。

ついさっきユキから、「川遊びを始めましたよ」と報告があったし、そのうちナナミーも川を回ってくるだろう。


『それまでの間仕事を進めるか』と、書類にペンを走らせた。





いつの間にか仕事に没頭していたヒヨクは、ふと気がついて書類から顔を上げる。


『………遅いな。まだそれほど時間が経ってねえのか?』


集中しているうちに仕事は進んだが、まだ一度もナナミーから名前を呼ばれていない。


不審に思って時計を見たヒヨクの心臓がドクンと跳ねた。


時計はもう昼近くの時間を示していて、森を大きく囲む川を3周くらいしていてもおかしくないくらいの時間が経っていた。


『まさか溺れたのか?!』


ガタン!と椅子から立ち上がり、目の前の川に鋭く目を走らせると、浮き輪に乗って流されているナナミーの後ろ姿を遠くに見つけた。


―――空を見ながら呑気に歌を歌っているように見える。




「あの野郎………!!」


どうやらナナミーはヒヨクに声をかける事もなく、目の前を何周も流されていたようだ。

ヒヨクは川の中に入って、ザブザブと水の中を追いかけて、ガッと薄情な部下の浮き輪を掴んでやった。









「ヒッ………!!」


ザブザブ音がするなと思って振り向いたら、ヒヨクが鬼の形相でナナミーを追いかけていた。

息をのむと同時に最期を悟り、『もうダメだ。諦めよう』と大人しく人生を諦めて力を抜いた。


しょせんナナミーはいつだって被食者であり、捕食者に狙われたらその場でお終いを迎える弱小種族だ。

どれだけ足掻いても捕まる運命なら、最初から無駄に足掻く事はない。


―――その先にどんな運命が待ち受けていようと、その運命を受け入れるだけだ。


ガッと浮き輪を掴まれても、ナナミーは大人しくその運命を受け入れた。


休日も仕事に没頭する上司に気遣って、静かに目の前を流されていただけでも、最強種族の気分次第で弱小者は捕まってしまうものなのだ。


浮き輪に乗ったナナミーは、川を流れる水と共に静かに流されていく。


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