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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第二章

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16.87%の男からの贈り物


チレッグに小脇に抱えられながら、ナナミーは逆さに映る空を見ていた。


『前にヨウおじいちゃんのお屋敷に向かった時は、ヒヨク様が背負ってくれていたな……』とヒヨクを思い出すと、少し寂しくなった。


ヒヨクの屋敷を出る事を決めたのはナナミー自身だが、屋敷を出てしまったら、ヒヨクと顔を合わす機会も減るだろう。


もちろん会社では毎日、同じ部屋で仕事はしているが、今のナナミーの席からはもうヒヨクの顔は見えないし、ますます遠い人になっていくような気がしてしまう。


『別に顔を見て嬉しくなってるわけじゃないけど!』


ふと感じた寂しさを否定しながらも、なんとなく気持ちが重くなって、道の脇で風に揺れる猫じゃらしに手を伸ばして、プチっと摘んでみる。


プラプラと揺れる猫じゃらしの穂先は、ヨウの森の家を楽しみに思ったり、ヒヨクの屋敷を出る事を寂しく思ったりして、揺れるナナミーの気持ちのようだ。


手に取った猫じゃらしを意味なくプラプラと揺らしながら、ナナミーはチレッグに運ばれてゆく。





「なんだ?お前、草なんて持ってんのか?そんなの持ってるから、お前はナメられるし、さらに弱そうに見えんだよ。

持つなら木の棒くらい持てよ。そんな草なんか持ってっから、相手を威嚇出来ねえんだよ。

お前は見た目から弱そうなんだし、人を殴れるくらいの棒をもって、もっと強そうに見せてみろよ」


猫じゃらしを持つナナミーに、チレッグが呆れた声で無茶振りをしてきた。


こんな危険な思考を持つサイコパス野郎には、「私が棒を持って威嚇なんてしたら、相手に目をつけられて、あっという間に倒されちゃいますよ」と、弱小種族の常識を教えてやらねばなるまい。


だけどナナミーが口を開く前に、チレッグは通りの脇に立つ木から枝をボキッと折って、「ほらよ」と手渡してくれた。



『重っ!!』


両手で受け取ったが、手渡された枝は太くて重かった。手に持った瞬間、ナナミーは枝を落としてしまう。

『あんな木の枝、持てるわけないし……』と、落ちた枝を見つめるしかない。



「――チッ。テメェはこんな枝も持てねえのかよ。情けねえな。………しょうがねえな。そんなに惜しそうに枝を見るなら、もう一本取ってやるよ。こんくらいの枝なら持てんだろ」


ナナミーはただ落とした木の枝を見ていただけで、拾いたくて見ていたわけではない。


だけどチレッグはまた木から新しい枝を折って、ナナミーに渡してくれた。

全く要らない贈り物だが、彼なりの親切心なんだろう。


ナナミーは「ありがとうございます」と、ナナミーなりの精一杯の親切心を見せてお礼を伝えてやった。

渡された今度の枝は、細くて長い枝だった。




手に持つ細くて長い枝が引きずられて、ズリズリと地面に細い線を描いている。


ナナミーはチレッグに小脇に抱えられながら、枝の先がまっすぐに描いていく線を見つめていた。


揺れる猫じゃらしを持って揺れる心を持て余すより、枝を持って細くてまっすぐな線を見ている方が、確かに気持ちが強くなった気はした。


『寂しくなんてないし!ヨウおじいちゃんの森の家を楽しみにしよう!』と気持ちが上がっていく。


持っている枝で誰かを威嚇してやりたいとは思えないが、意外にもチレッグの言葉はナナミーの気持ちを少し強くしてくれた。







ヨウの屋敷前まで送ってくれて、「じゃあな」と背を向けたチレッグに、捨てるタイミングを失くして枝を握ったまま、ナナミーはチレッグの背中を見送った。


出発する前は、傲慢なアザ持ちの男との旅は憂鬱でしかなかったが、チレッグの一面を知った今は、それほど嫌な相手ではなくなっていた。

好感が持てるというほどではないが、なかなか印象深い人だ。


「チレッグ様、ちょっと良い人ですね」とレオードに話しかけると、レオードが微妙な顔になった。

「ちょっと」という言葉が良くなかったのかもしれない。


『すごく良い人だった、って言った方が良かったのかな?』と思ったが、「すごく」じゃないかもと思い、ナナミーは口を閉じる。


―――黙ったナナミーは、レオードが『87%の相性はあなどれねえな』と考えていた事を知らない。








「ナナミーちゃんが浴槽付きの家を探してるみたいなんだが、親父の森にそんな家なかったか?」


急な訪問だったにも関わらず歓迎してくれたヨウに、レオードが尋ねると、ヨウが「確か森にそんな空き家があったな。案内しよう」と言ってくれた。

建てたはいいけど、使っていないらしい。


早速案内してくれた家は、屋敷近くに建っていた。

ログハウス調の造りの、その小さな家は建てたばかりのようにピカピカで、木の香りがする家だった。

以前遊びに来た時には気づかなかった家だ。


「わあ〜……。素敵なおうち……!!」


ナナミーは家を見た瞬間に気に入った。

ドキドキしながら家の扉を開けると、ブワッと木の香りが深く香る。


「新しいおうちの香り……!!」


ワンルームマンションのような一部屋だけの部屋には、小さな冷蔵庫と備え付けの小さなクローゼット、小さなベッドと小さなローテーブルが置いてあった。

他にも小さなトイレの他に、大きな浴槽付きのお風呂も付いている。

―――理想の造りだ。


「お風呂が大きい……!」


うわぁ〜とまた感嘆の声が口からもれる。


「ベッドもフカフカだ……!」


小さなベッドのマットレスは、ヒヨクの屋敷のマットレスと同じくらいのフカフカだった。寝心地が最高のものだ。



「気に入ったかい?ヒヨクのところから荷物は運ばせるから、今日からでも住むといいぞ」というヨウからの夢のような話に、ナナミーはすぐに大きく頷いた。




ヨウの森の家は家賃なし、光熱費なしだ。

「誰も住んでいない家は不用心だから、住んでくれると助かるよ」と言ってくれた。


食事は自給自足で、森から好きな野菜やフルーツを採って食べていいらしい。

家を少し歩いたところに、ナナミーのお気に入りのうろもある。


ヒヨクの屋敷にあるシール帳などの大切な物は、後でユキが届けてくれるらしいので、ナナミーはユキを待つ間、家を整えていく事にした。



捨てられずに持ってきてしまった細くて長い枝を、部屋の壁にピンで留めて飾ってみた。

ずっと握っていたら、なんだか愛着が湧いてきたし、この枝はナナミーの気持ちを強くしてくれた枝だ。


『もしまたヒヨク様を思い出して寂しくなったり、自分の気持ちに迷いが出た時は、この枝を見て強い気持ちを思い出そう』と枝をお守りにする事にした。


それから外に出て、森で柔らかい大きな葉っぱを二枚拾ってきて、ローテーブルの前に座布団にして敷いた。


拾った葉っぱの横で見つけて収穫した、二本のシール付きのキュウリも冷蔵庫に入れておく。

ユキが来たらおもてなし用のオヤツに出すつもりだ。


お客様を迎える準備も整って、早速部屋で寛ぐ事にして、壁にかかった枝を見つめながら座布団の上に座っていた。


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