05.アザ持ちの男達
今日は昼過ぎから、部屋の応接コーナーに、何人もの取引先の人が集まっている。
ナナミーはナマケモノ族らしく、目立たず息を潜めて周りの景色に溶け込んでいた。
ヒョウ族のヒヨクが率いるこの部署は、強い種族の取引先関係者が多い。
俊敏で体の大きな強い種族は、ナナミーの天敵だ。
誰にも気づかれない存在でいるために、自分の机の前から微動だにせず、静かにペンを走らせていた。
なのに、だ。
「おいナナミー、お茶を頼む。お茶請けの干し肉も一緒にな」
鬼畜な上司ヒヨクが、ナナミーに指示を出してきた。
何がお茶請けだ。
お茶に干し肉が合う訳がないだろう。
ナマケモノ族にとっては、お茶と言えばキュウリが定番だ。
「これだから強い種族の者は……」と、ため息をつきたくなる。
だけどナマケモノ族のナナミーに、否など言える訳がない。
「はい。すぐにお持ちしますね」とにっこり笑って返事を返してやった。
ソファーセットに座る、一人のお客様の顔を見てナナミーはピシリと固まった。
彼は確かチーター族のチレッグ氏だ。
前回会った時にはなかったアザが、右頬に表れていた。
走るチーター模様のアザに見覚えがあった。
それはナナミーの左のお尻にあるアザの模様ととても似ている。
自分は今までヒョウ族のヒヨクがつがいだと思っていたが、実は違ったのか。
ナナミーの左のお尻のアザは、走るヒョウ模様ではなく、走るチーター模様だったのか。
だからナナミーは、毎日こんなにもヒヨクの近くにいるというのに、ヒヨクに惹かれたりしないのか。
――それに。
それに今チレッグは、ナナミーをじっと見つめている。この痛いまでの視線は、ナナミーが運命のつがいだと気づいたからなのか。
考え出すと、色々と辻褄が合った。
どうやらずっと勘違いしていたらしい。
ナナミーのつがいは別にいたのだ。
チレッグとは初対面ではないが、言葉を交わした事はない。だけどつがいだと判明した以上、ここは丁寧に接するべきだろう。
ナナミーはチレッグに失礼のないように、いつもより丁寧な所作を心がけて、チレッグの前にお茶を置いた。
ナナミーの様子をじっと見つめていたチレッグが口を開く。
「おいお前、相変わらずチンタラしてんな。今日なんて輪をかけて動きが遅いぞ。もっと早く動けねーのか」
ナナミーの心がスッと冷える。
違う。
こんな失礼な奴が、つがいのはずがない。
こいつはただの無礼なチーター野郎だ。
少し前の自分――いつもより丁寧な所作を意識した自分を張り飛ばしてやりたい。
「目を覚ませ!こんな奴のために丁寧さは要らないよ!」と教えてやりたかった。
プイとチレッグから顔を背けると、目に入ったピューマ族の男に、ナナミーは固まった。
ピューマ族のヒュー氏の右側の首筋に、走るピューマ模様のアザがあった。
――この前初めて会った時には気づかなかったアザだ。
このアザにも見覚えがある。
それはナナミーの左のお尻の模様のアザにとてもよく似ていた。
走るヒョウの模様だと思っていたアザは、走るチーターの模様だった。
かと思ったら、実は走るピューマの模様だったのか。
「ヒュー様が……?」と、今度は慎重な目でヒューを眺めると、ヒューが言い放つ。
「お前、動きがおせえんだよ。茶ぁひとつ出すのに、どんだけ時間かかんだよ。……チッ、もう冷めてんじゃねぇか」
ナナミーの心がまたスッと冷える。
――どうやらコイツもつがいなんかじゃなかった。
こんな優しさのカケラもないピューマ野郎が、運命のつがいのはずがない。
ムカムカしてくる気持ちを、弱小種族らしく自分の中で抑えながら、ナナミーはこの場をさっさと下がる事にした。
素早くアザ持ちの男どもに背中を向けたナナミーに、言葉をかける者がいる。
「おいナナミー、お前お茶出すの遅すぎんぞ。お茶請けの干し肉の方が先に無くなっちまったじゃねぇか。
おかわりを早く持ってこい」
鬼畜な上司ヒヨクが、追加で鬼畜な言葉を投げつけてきた。
「すみませーん。すぐにお持ちしますね〜」と、空になったお皿を下げながら、うふふと笑ってやる。
『私の仕事は干し肉を出す係なんかじゃない!』と思っても、ナマケモノ族らしく、大人しく言われた事を聞いておくのが賢い生き方というものだ。
ナナミーが山盛りの干し肉を盛り付けたお皿を持って戻ると、アザ持ちの男達がつがいについて話していた。
ナナミーは思わず立ち止まって、気配を消して聞き耳を立てる。
「つがい認定協会に届け出たら、すぐにでも運命のつがいが名乗り出るかと思ったのに、まだ連絡が入らなないんだよな〜」
と、心外だというように、チーターのチレッグが話す。
「確かにな。俺も届け出を出してずいぶん経つが、名乗り出て来るのは図々しい偽物ばかりだ。強者のつがいほど奥ゆかしいっていうのは、都市伝説じゃねえみてぇだな」
と、ヒューが悩ましげにため息をつく。
「まあな。俺の運命のつがいも繊細なんだろうな」
と、ヒヨクも同意する。
聞こえてきた言葉に、ナナミーは「お前達にひと言物申す!」と喉元まで出かかった。
違う。
お前達の運命のつがいは、奥ゆかしくて繊細だからつがいを名乗り出ないのではない。
つがいを名乗り出たくないから名乗り出ないのだ。
胸に手を当てて、自分のしてきた所業をよく思い出せ。
お前達の傲慢さを。
お前達の鬼畜さを。
思い出したその姿に、どこにつがいとしての魅力を見つけられる?
―――どこにもないだろう?
そう言いたかった。
ナナミーは心の中で、強い種族のアザ持ちの男達を激しく罵っていると、罵られている男達がナナミーに声をかけてきた。
「おせえよ。お前どれだけ待たせんだよ」
「本当にトロくせえ奴だな」
「ナナミー、その皿置いたらとっとと仕事に戻れよ。さっき渡した書類が終わったら、次はあの棚に置いてるやつだ。早く取りかかれ」
―――そういうとこだ。
そういうとこだよ!
そう言ってやりたい。
『絶対に!永遠に!あんな野郎どものつがいが名乗り出る事はないだろう。お前達は生涯独り身で生きるがいい』
ナナミーは言えない言葉で、また激しくアザ持ちの男どもを罵ってやった。