13.弱小種族のお買い物
改めて店の中を見て回ると、ハリエットの店には可愛い布雑貨がたくさんあった。
髪飾りや帽子、手袋や靴下、ポーチや布バッグ、ぬいぐるみやクッションまで置いてある。
どれもこれも見ているだけで楽しかったが、中でも目を引いたのが、ハンカチの棚だった。
棚には色とりどりのハンカチが並べてあり、店内の一角でパァッと明るい色彩を放っている。
淡い色合いのパステルカラーや、元気な色合いのビビットカラー。落ち着いた色合いのアースカラーや、シックな色合いのモノトーン。
『きれいだなぁ』と眺めていたら、たくさんの色の中から若葉色のハンカチを見つけて、目がとまった。
その若葉色にヒヨクを思い出す。
鬼畜上司じゃない時のヒヨクは、心を浮き立たせるような、やわらかな緑色の若葉色のような人だ。
ナナミーは若葉色のハンカチに思わず手を伸ばして―――ハッとする。
『これはきれいな葉っぱ色だったから選んだんだし!ヒヨク様を思い出したからじゃないし!ただそんな感じの色みたいだって思っただけだし!』と、ナナミーは急いで自分に否定を入れる。
だけどせっかく見つけたヒヨクのような色のハンカチを、棚に戻す事は出来なかった。
『プレゼントしてみようかな……』と考える。
最近のヒヨクは、残業書類を渡してこない脱鬼畜上司だ。
鬼畜さが抜けたヒヨクは、毎日ナナミーを抱えて会社まで送ってくれる親切な人だ。ハンカチを渡してお礼をしてもいいような気がする。
『そうだ!お礼をしよう!それにみんなにもプレゼントしよう』と考えると、いい思いつきのように思えた。
「みなさんへの日頃のお礼ですよ」という距離感で渡せばヒヨクだって、「チッ!気を引こうとしてるのか?気持ち悪い奴だな!」なんて言いながら、ナナミーの目の前でハンカチを床に投げつけたりはしないだろう。
贈るのは「みんな」だ。ヒヨクだけではない。
『いつも遊びに誘ってくれるコフィお母さんと、いつも美味しいオヤツを追加で用意してくれるレオードお父さんにもプレゼントしよう。
それから素敵な森で遊ばせてくれたカメリアおばあちゃんとヨウおじいちゃんにも届けに行こうかな』
『そうだ、そうしよう!』とナナミーは機嫌良くみんなのプレゼントを選ぶことにした。
選ぶカラーはグリーン系だ。
大切な人には、ナナミーにとって幸せの象徴になるグリーンを贈りたい。
いくつものハンカチを手に取っていくと、ハリエットに声をかけられた。
「ナナミーさん、それは贈り物?刺繍は入れる?」
「あ、うん。ヒヨク様のお屋敷にお世話になってるから、みんなにお礼に渡そうと思うの。それぞれにみんなの刺繍を入れてほしいな。
これはヒヨク様のおじいさまとおばあさまの分で、ヒョウとカメの刺繍をお願いするね」
ヨウとカメリアに選んだ、深みのある上品なグリーンのハンカチ二枚を、カウンター横のテーブルの上に並べる。
「それからこれはヒヨク様のお父様とお母様の分。こっちはヒョウとコアラの刺繍をお願いね」
レオードとコフィに選んだ、鮮やかなグリーンのハンカチを、また二枚並べる。
「これはヒヨク様の分で、これは使用人のユキお姉さんと私の分。ユキお姉さんとは仲良しだから、お揃いにしたんだ。ヒョウと……雪の結晶と、ナマケモノの刺繍をお願いしようかな」
最後に、若葉色のハンカチを三枚並べた。
若葉色はナナミーの一番大好きな色だ。
『私はユキお姉さんとお揃いだし!』と、ハリエットに誤解されないようにちゃんと説明を加えておいた。
「分かったわ。すぐに仕上げるわね。お買い上げありがとうございます」とハリエットはニッコリと笑って、早速刺繍を始めてくれた。
チクチクチクチクッ!と目にも止まらぬ速さで刺繍をしながら、ハリエットがナナミーに尋ねる。
「ナナミーさん、ヒヨク様のお父様とおじいさまは、確かヒヨク様とは違う屋敷なんでしょう?今日今から届けに行くの?」
「うーん……。すぐに届けたいけど、今日一日じゃ歩けないから、今日はヒヨク様のお父様のお屋敷だけ行こうかな」
この前屋敷に来たレオードは、「ヒヨクの態度が悪いから、当分終わらねえ課題を与えてやったんだよ。だから2、3週ほどヒヨクの屋敷には来ないと思うんだ」と、鬼畜上司の先輩のような鬼畜さを見せなから、しばらく会えない理由を伝えてくれた。
レオード達が当分屋敷に来ないなら、ナナミーが届けに行けばいい。
『確か市場の前の道を右に曲がって、まっすぐ行ったとこって言ってたし、表札見ながら歩いて行こう』と考えた。
「なんだ?お前、配送使わないで、レオード様とヨウ様の家に直接それ届けに行くのか?
しょうがねえな。贈り物を選んでくれた礼に、俺が運んでやるよ。レオード様の屋敷回りでヨウ様の屋敷に行くか。最後にヒヨクさんの屋敷に着けばいいだろ?
俺は受けた恩は必ず返す、義理堅い男だからな。まあ遠慮するな」
突然かけられた声に驚いて振り向くと、店に置かれたソファーに、足を組んで尊大な態度で座るチレッグがこっちを見ていた。
ナナミーは『まだいたのか?!』と驚く。
ゆっくりお店を見て回っている間、店内も静かだったし、傲慢な男はとっくに帰っていると思ってたのだ。
「いえいえ、そんな申し訳ない事、チレッグ様にさせられませんよ。お礼なんて結構ですよ、当然の事をしただけです。お役に立てて光栄です」
すぐにかけられた言葉を思い出し、ナナミーは丁重に断りを入れた。
こんなアザ持ちのサイコパス野郎と、一日旅をするなど危険の極みだ。いつどこで「チッ!めんどくせぇ事引き受けちまったな」と気が変わられるか分からない。
そんな危険な提案など受け入れられるはずがない。
大変でも自分の足で歩くべきなのだ。
ナナミーは「ありがとうございます」と笑顔だけ返して、チレッグの提案をなかった事にしてやった。
「あ?……なんだテメェ。ナマケモノ族のくせに、俺の親切心を受けとらねぇつもりか?テメェは俺を恩知らずにしようって言うのかよ」
「いいえ!ありがたく送っていただこうと思います!よろしくお願いします!」
凄みを乗せた声に、危険な旅よりさらに危険が迫っている事を素早く察知して、ナナミーはチレッグの申し出を受けてやる事にした。
しょせんナナミーは弱小種族だ。
どんなに迷惑であっても、傲慢なアザ持ちの男の親切心を断るなどという、畏れ多い事が出来るはずがないのだ。
それは危険な行為だとナナミーの本能が告げていた。
ナナミーとチレッグの会話に、ハリエットの刺繍のスピードがギュンっと上がった。
ハリエットも危険を察知したのだろう。
「早く刺繍を終わらせて、チレッグ氏をこれ以上お待たせするわけにはいかない」という追い詰められたオーラが、ハリエットから放たれていた。
ハリエットもナナミーと同じく、最強種族の顔色を伺うサガを持つ者だ。
いつだって弱小種族らしく空気を読んで、素早く状況を判断して、素早く動くべきなのだ。




