12.最強種族のお買い物
「なに見てやがる。テメェら、見せもんじゃねぇぞ!」
混雑していたハリエット刺繍店は、凄んでみせたチレッグの言葉で、あっという間に客が引いて貸切状態になった。
シン………と静まり返った店内に、ナナミーは青ざめる。
店にいたオシャレ女子達は、頬を染めて、ただチレッグに身惚れていただけだ。
いくら女子に好意を向けられて気分が悪くなったからといって、オープン初日の弱小種族の店の客を追い出していいものではない。
―――それは明らかな営業妨害だ。
ナナミーが連れてきたアザ持ちの男チレッグは、小さなお店に気遣いのカケラも見せることも出来ない、とんでもない鬼畜野郎だった。
ナナミーはゾッと背筋を凍らせる。
ナナミーだって他の女子達のように逃げ出したいところだが、この店は仲の良いハリエットの店だ。
こんなヤバい野郎を連れてきてしまった責任を取らなくてはいけない。
『こんな傲慢野郎には、このお店の中で一番高い物を買わせてやるしかない』と決意した。
ナナミーは真剣な目で商品に目を走らせる。
もはや値札しか目に入らない。
入り口付近の、誰でも手に取れるような商品はダメだ。
――お手頃すぎる。
窓際に飾られている目玉商品もダメだ。
ナナミーでも頑張れば手が届く価格だ。このお金持ちのボンボンには、痛くも痒くもないだろう。
「あ」
『もっと、もっと高い物を……!』と見ていたら、カウンター横に一品だけ飛び抜けて高い物を見つけた。入り口付近の物より、桁が三つも違う。
「これを見せてもらってもいい?」とショーケースを指差すと、ハリエットが感嘆の声を上げた。
「わあ〜さすがナナミーさん。良い物が分かるのね。これ世界的に希少価値の高い糸で編まれた物なのよ」
そう言ってショーケースから取り出してくれたのは、極上の肌触りのストールだった。
商品タグには「天女の羽衣」と書いてある。
高価なストールを傷付けないように、そ……っと指先で慎重に触れてみると、ふわ………っとした手触りを感じた。
指先から痺れるような幸福感に包まれて、意識が天に昇っていく。
もうストールから手が離せない。
なで………なで………と、優しくストールを撫でる手が止まらなかった。
「天女の羽衣」は、ささくれ立っていた気持ちが穏やかなものに代わり、ウットリと夢心地にさせてくれるストールだった。
――さすが桁違いの高級品だ。
「それか?」
チレッグの言葉に、ナナミーはハッと意識が現実に戻った。
チレッグのために心を込めて選んだ物ではないが、このストールは本物だ。ナマケモノ族を魅了する物となるだろう。
最高の誕生日プレゼントになるはず。
ナナミーはコクリと頷く。
「―――そうか。お前がそう言うなら、今回は母さんも喜ぶかもしれねえな。悪いな、助かった。
俺が選んだ物はいつも浮かない顔になるからな。去年は最高級のナマケモノの毛皮を選んだのに、ハズレだったしな」
「え?」
ナナミーはチレッグのお礼の言葉に『幻聴か?』と、自分の耳を疑った。
チレッグの明るい笑顔に、『幻覚か?』と自分の目も疑ってしまう。
この男からお礼の言葉を聞くとは思わなかったし、この男が明るく笑う事があるなんて思いもしなかった。
誕生日プレゼントを選ぶのを面倒くさそうにしていたから、家族に対しても鬼畜な野郎だと思っていたが、実は贈り物のセンスが悪すぎて途方に暮れていただけなのかもしれない。
『この人、意外と良い人なのかも……』
チレッグの意外な一面を知ってほっこりしかけたナナミーだったが、『待て。よく思い出せ』と冷静な自分に引きとめられた。
この男は昨年、誕生日にナマケモノの毛皮を贈ったと言っていた。
ナマケモノ族の母親に、だ。
〈サイコパス〉
この一言に尽きるだろう。
ナナミーはゾッと背筋を凍らせる。
こんなサイコパスなセンスを持った男が、『意外と良い人』であるはずがない。上がりかけた好意度はあっという間に地に落ちた。
「今年のチレッグ様のお母様のお誕生日は、きっと喜んでもらえると思いますよ。あ、このお店では、買った物に刺繍も入れてもらえるそうです。ストールには、ナマケモノの刺繍と、チーターの刺繍、それからお母様のお好きなフルーツの刺繍を入れてもらったら、さらに特別感が上がると思いますよ」
ナナミーは、チレッグがこの店で営業妨害した事も思い出して、有料刺繍サービスの三種類の追加で、刺繍代三倍を上乗せさせておく。
さらに有料ラッピングサービスも、素敵な箱に入れて、大きくて上質のリボンで結んでくれる、一番高い物を選んでやった。
ナナミーだったら、箱だけでも嬉しくなってしまうような素敵な箱だ。
もしこんな箱をもらったら、大切な物を入れる宝物入れにして、結んである上質のリボンだって、宝箱にしまって一生の宝物にするだろう。
『母親の喜びと引き換えに、支払い額で泣くがいい』
素晴らしい物が選べて、ナナミーは満足だった。
「これで頼む」と、キラリと光る金色のカードを見せて、チレッグが涼しい顔で支払いを済ませていた。
刺繍はすぐに終わるはずなのに、「持って帰るのが面倒くせえから送ってくれ」と配送料金までかけている。
『請求額を聞いてショックを受けるあの男の顔を見てやろう』とチレックスを見ていたナナミーは、『つまんないの……』と、お店の商品を眺める事にした。
しょせんナナミーは弱小種族のナマケモノ族だ。
アザ持ちで傲慢でお金持ちの、チーター族の男の財布に、ダメージ一つ与えることなど出来はしないのだ。




