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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第二章

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04.うなされる夜は


怖い夢を見ていた。


チクチクする雨が降ってきたので、避難しようと近くの小屋に急いだら、小屋は口を開いた大きな貝殻だった。


「これ貝だ」と気がつくと同時に、パタンと貝が閉じて、ナナミーは貝に閉じ込められてしまった。


貝殻の中はヌメヌメした布団が広がっていて、ナナミーは布団にゆっくりと包まれていく。

「ヌメヌメするから包まないで!」と叫ぶ声は誰にも届かない。


貝は異物を真珠に変えるという。

ナナミーはこれから真珠ナナミーとなり、貝殻に石をぶつけられるまで眠り続けるのだ。


ナナミーが真珠になり始めると、早くも誰かが貝殻に石をぶつけてきた。


カツン!カツン!カツン!と響く大きな音と、チクチクした雨が降り注ぐ。

「石をぶつけないで!」「チクチクするからやめて!」と叫ぶ声は誰にも届かない。


『もうダメだ。もうお終いだ』と覚悟したところで、ぐいっと誰かがナナミーを引っ張ってくれた。






ハッと目が覚める。

目がチクチクして、すぐに目を閉じた。



「ナナミー様、目が覚めましたか?もうすぐ目の痛みも治まるとお医者様も話していますよ。

冷たいジュースですよ。ジュースを飲んだら、またゆっくり休んでくださいね」


「ユキさん……?寝たら貝に閉じ込められるの」


ユキの優しい声が聞こえて、ナナミーはユキに訴える。目をつむりながら怖くて涙が止まらなかった。


目を閉じているので真っ暗な闇しか見えず、ここが現実なのか夢なのかが分からない。

ただ体が熱くて、頭がクラクラして、目がチクチクして、とても喉が渇いていた。



「危ない時はまた手を引っ張って助けに行きますよ。だから安心してジュースを飲んでくださいね」


目をつむりながら泣いていると、ユキが優しく涙を拭いてくれて、口元にストローを運んでくれた。

ゴクリと飲むと、あの美味しい桃ジュースだった。


「美味しい……」


ジュースに満足して口を閉じると、ユキが手をつないでくれたので、また眠りにつく。

大きくて温かい手に安心できた。









スゥ……と穏やかな寝息に変わったナナミーを、『もう悪い夢は見ていないか?』とヒヨクは注意深く見つめる。


定時で仕事を終わらせて、急いで帰ってユキの報告を聞いたが、ナナミーの熱はまだ下がらないという。

ユキに代わって涙を拭いてやり、ジュースを飲ませて、今日も手をつないでやっているが、握るナナミーの手が熱かった。


なかなか下がらない熱に、ヒヨクはため息をつく。

『あんな女に構わずに、コイツを連れてさっさと帰るべきだった』と、何度思ったか分からない。



あの日ラニカが協会を出て行った後、いつもぼんやりしているナナミーが、いつも以上にぼんやりしていた。

様子がおかしいと思い、屋敷に戻りすぐに医者に診せたが、そこからどんどん熱が上がっていった。


医者は、「ナマケモノ族は怖がりの方が多いですから、貝を割る音がストレスになったのかもしれません」と話しながら、「過度のストレスと、貝の細菌が原因での発熱」だと診断した。


強く手を握り込む事があったのか、手のひらに爪でついたような傷があり、そこから細菌が入ったようだ。

さらに目にも細かい貝殻の破片が飛んでいたようだった。



ヒヨクはチッと舌打ちする。


まだ少し腫れているナナミーの目元を見て、「俺の部下をこんな目に遭わせやがって!」とまたラニカに殺意に近いほどの怒りが湧く。


なんて神経を逆撫でさせる女なんだ。


あの占い師が話した、「心を大きく揺さぶる者」という占いは、確かに合っていた。

あの女ほど、俺を怒りに震えさせる者はいないだろう。




最初から―――あの、つがい認定協会から速達が届いた時から不吉な予感はしていた。


女がつがいに名乗り出た事は、事前に協会から連絡を受けて知っていたが、『どうせいつもの間違いだろう』と思っていた。


名乗り出た女の顔写真を見て、『化粧が濃い女だな。コイツはねえな』と思っていたからだ。

協会から緊急速達が届く事はないと、確信を持っていた。


だから、「運命のつがいとして認定いたします」と書かれた速達が届いた時は愕然とした。


『嘘だろう?』と信じられず、思わず―――本当になぜだか部下を一瞬見てしまったくらいだ。

きっと、らしくなく動揺していたのだろう。




駆けつけた協会で対面したラニカは、出会った瞬間から激しく心を揺さぶる女だった。


「あなたがヒヨクさんね」と言ってヒヨクを眺め、ふうとため息をついた瞬間からムカついたが、口を開くとそれ以上に激しい怒りが渦巻いた。


「会えば運命を感じて惹かれるかも、って思ったけど、そうでもないのね。――あ、ごめんなさいね。

私はつがいの証を持っているけど、まだアザが薄いせいか、今のところあなたに運命を感じないみたい。

……もう、そんなに睨まないで。あなたが私に惹かれているのは分かるけど、焦らないでほしいの。私まだまだやりたい事がいっぱいあるのよ。今は仕事が大事なの。私を愛してるなら分かってちょうだい。

でも安心して?まだずいぶん先になると思うけど、国民の義務として、あなたとは結婚するつもりよ」


第一声で高飛車に声をかけられて、「ふざけんなよ!誰がテメェなんかと結婚するかよ!」と怒鳴った事から、罵り合いになった。


口の減らないラニカは、信じられないほどに心を激しく揺さぶってくる。

―――殺意が湧くほどだ。


つがい認定協会の責任者に、「こんな女を、俺の運命のつがいに認めやがったのは、テメェか……?」と牙を見せてやったら、顔色を変えたサイ族の責任者は「そうですね、ラニカさんのつがいの証はまだ薄いですし、正式な認定はまだ早いですよね。「仮」という事にしましょう」と認定を「仮」に落とした。


ヒヨクとラニカは今、「仮」の運命のつがいだ。





『あのサイ男、頑なに「認定取り消し」を認めなかったな……』とサイモンにも怒りを向けた時、握っている手がキュッと握り返してきた。

ハッと意識がナナミーへ戻る。


寝顔と寝息が穏やかだった。悪い夢は見ていないようだ。

スゥ……スゥ……と穏やかな寝息を聞くうちに、渦巻いていた怒りは落ち着いていった。


ヒヨクは眠るナナミーを眺めながら、以前の連休を思い出す。


あの連休はリラックス出来る時間を過ごせた。

『コイツは使える部下だから気楽にいられるが、運命のつがいは部下でなくても、こういう時間を過ごせる女なんだろうな』と、運命のつがいに期待を抱き過ぎていたのかもしれない。


思いがけず、部下と協会で会った時の事も思い出す。


あの時は、認定取り消しを最後まで認めなかったサイモンと、面談がお開きになるまで罵り合っていたラニカを『まとめて消してやろうか』と思うほどの怒りの中にいる時だった。

いつもと変わらない、のんきそうな部下の顔を見て怒りは引いたが、部下が何のために協会に来たのかが気になった。


もしかしたらあの時の俺は、期待したのかもしれない。

『コイツが―……』





穏やかな寝息を聞いていたら、いつのまにか眠気に誘われていたようだ。

部下の手にまたキュッと力が入り、ぼんやりとしていた意識はハッと目覚めた。


ヒヨクは目をつむるナナミーに声をかける。


「起きたのか?アイス食うか?」


「アイスを頼む」


まだ起きてはいなかったようだが、偉そうに返事を返してきて、ヒヨクはホッとした。

以前も話しかけて反応が返ってきた時から、急激に回復に向かっていた。この際、偉そうな物言いは目をつぶってやろう。


「他に食いたい物はないか?」と尋ねると、「干し芋ステーキとトウモロコシを、香ばしく頼む」と注文をつけてきた。


「それはまだ食えねえだろ?他のにしろよ」と声をかけると、眉が下がり悲しそうに見えた。

急いで「今度焼いてやるよ」と声をかける。



『まあ、あの時の俺の料理は完璧だったからな』と、連休で過ごした時間を思い出すと、気分が良くなった。


「早くアイスを用意してやれ」とユキに指示を出す声は、ヒヨクが気づかないままに機嫌の良いものになっていた。



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