表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/68

03.運命のつがい(仮)


目の前で言い争いは続いている。

ラニカがヒヨクに向かって、はあっとこれ見よがしに大きなため息をついた。


「国民の義務だからしょうがないと思って、運命のつがいを名乗り出てあげたのに、ヒヨクさんは運命のつがいとしてまだまだ未熟者ね。全然分かってないわ」


『本当にしょうがない人ね』というかのように首を振るラニカに、ヒヨクがギリッと奥歯を鳴らした。


「未熟者はテメェの方だろ。そもそもそんな中途半端なアザで名乗り出て来んなよ。アザの形が一致しても、色が薄過ぎるだろが。もうすぐ消えんじゃねえのか?

だいたい、正式に認められるまで、俺の運命のつがいを名乗るなって言っただろう?「仮」だって事、もう忘れたのか?寝ぼけてんなよ」


「仮?」



思わず口にしてしまった言葉に、ヒヨクとラニカの目がナナミーに向いた。



『怖っ!』

――ナナミーに向ける二人の顔が怖い。

相手を睨みたいなら、相手に向けてほしい。


ヒヨクが口を歪ませて笑いながら、ナナミーに事情を話してくれる。


「この女のアザが、アザなんて言えねえくらいに薄いんだよ。こんなんで、「仮」でも運命のつがいだと認める協会も協会だが、名乗り出てくるこの女もこの女だと思わねえか?ふざけてるだろ?

名乗り出るなら、もっと確信を持てるくらいのアザを持ってから出てこいって、お前からも言ってやれよ」


―――やめてほしい。

ヒヨクがナナミーに説明すると見せかけて、ラニカに嫌味を投げつけていた。

「そうですね」と同意しても、「いやそれは……」と意義を唱えても、打つ相槌に危険しかない。

ナナミーは聞こえなかったフリをして視線をそらす。




ラニカが口の端を上げただけの笑顔で、ナナミーに話しかけてくる。


「やあね。無知って本当に怖いわね。現れたてのアザは色が薄いって、子供でも知っている事よ?そんな常識をアザ持ちの男が知らないなんて、無知なんて言葉で片付けていいのかしら?

ヒヨクさんは仕事が出来るって聞いていたけど、きっと部下が優秀だったのね。あなた今まで大変だったでしょう?」


―――やめてほしい。

ラニカがナナミーに同情するフリをしながら、ヒヨクに嫌味を投げつけていた。

今まで大変だった事は事実だが、「そうなんですよ」と同意したら危険しかない言葉に、ナナミーはキュッと口を結んだ。



強い者同士の言い争いに口を挟むなど、愚の骨頂も甚だしい。


こういう時は諍いに巻き込まれないよう、周りの空気に溶け込むべきだ。

ナナミーは『私は今、あそこに気を取られているから、何も聞こえませんよ』という顔をして、協会の壁にかかった時計を睨んでやった。





「――そうだね、ナナミーくん。相変わらず素晴らしい仕事ぶりだ。何も言わずに間違いを諭すなんて、さすがだね。

確かにあのポスターが示す通り、確信がなくとも名乗り出る事が大事なんだよ。ナナミーくんは「アザの色が薄くても、名乗り出たラニカさんの勇気は美しい」と、そうヒヨク様に伝えたかったんだね」


元上司のサイモンが、ナナミーを褒めてくれた。


心当たりのない褒め言葉にサイモンを見ると、サイモンが『頑張ったね』というように、コクリと頷いてくれる。

やっぱりよく分からなくて、「あのポスター」とサイモンが指差す先を見ると、ナナミーの見ていた時計の下に、見慣れないポスターが貼ってあった。


貼られたポスターは、つがい検査申し込みの推進ポスターだった。


〈その勇気が美しい〉と極太文字のタイトルが入ったポスターは、つがい検査申し込み書を持った女の子が、「名乗り出る事が大事なのよ」とふき出し付きで笑っていた。


―――ポスターが「名乗り出る事が大事なのよ」と、ナナミーを静かに諭していた。


ナナミーはポスターをじっと見つめる。


『でもこんな雰囲気の中、今さら名乗り出られないよ』と、キュッと目をつむる。

そうっと目を開けると、やっぱりポスターが「大事なのよ」と諭している。


それでもナナミーは名乗り出る勇気が持てず、『無理だよ』と心の中で言葉を返す。




「ナナミー、もういいわ。そんなにヒヨクさんを責めなくても、私は大丈夫よ。

ヒョウ族の()上司に臆する事なく、黙して諌めるなんて、あなたやるわね。上司の私を庇おうとするあなたの忠誠心、気に入ったわ」


ポスターから目が離せずにいたナナミーに、ラニカがニヤリと微笑んだ。


「――おいラニカ」


ヒヨクが「元上司」の言葉に反応して、苛立った声でラニカを呼ぶ。


「もう……。部下を褒めたくらいで、いちいち嫉妬しないで。ナナミーは私の部下なのよ?

こんな事で苛立つなんて、つがいのサガとはいえみっともないわよ。

それよりもう行くわね。今日はまた仕事に戻らなくちゃいけないの。私は忙しいのよ。

今度の休みにヒヨクさんの屋敷に行ってあげるから、会いたいってだけで、仕事中に会いに来たりしないでね」


「会いたかねえし、行かねえし、絶対にうちに来るなよ!」


「ヒヨクさんったら、本当に子供なんだから……。こんな事で拗ねないでよ。そんな幼稚な態度を取るなら、本当に行かないわよ?

ナナミー、悪いけど今日は失礼するわ。また必ず連絡するから安心して。

これを受け取ってくれる?あなたの見せてくれた忠誠心にお礼をするわ」



すがる男をあしらうように、軽くヒヨクをあしらったラニカは、優雅な手つきでカバンの中から石と貝を取り出した。


つるりとして鈍く光る石と、膨らみが薄くてスタイリッシュな見た目の貝。



『石と貝をくれるのかな?』とラニカを見ていたナナミーは、ラニカが左手に石を、右手に貝を持った時も、身構える事なく眺めていた。


油断していたナナミーは、突然響き出したカツ!カツ!カツ!カツ!と大きな音に、ビクッと大きく体を震わせる。


ラニカが貝を石に激しくぶつけていた。


カツ!カツ!と石に当たる貝殻が、細かい破片を周りに飛び散らせて、ピシッピシッとナナミーの顔にも服にも当たってくる。

破片を避けたいが、飛んでくる破片が早すぎて身動きする事もできなかった。急いで目をつむるのが精一杯だ。


口を上げると破片が飛んできそうで、「痛い……」と言う事も出来ない。


「両手を出してね。さあどうぞ」


と声をかけられて、よく分からないままに両手を出して、そっと目を開ける。


「はい」と、左手に一粒の真珠を置かれた。

『真珠?』と思って左手に気を取られていると、「はい」と右手に剥きたての貝をペシャリと置かれた。


剥きたて貝のヌロッとした感触に、ザワザワザワザワッと全身の毛が逆立った。


手の上のテラテラと光る生の貝から目を逸らす事が出来ない。

体が硬直して、生の貝を振り払う事も出来ない。

体が勝手にブルブルと震え出す。


「ふふ。そんなに感動されると嬉しいわね。じゃあまたね」とラニカに背を向けられたところで、ナナミーの記憶は消えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ラニカさんん~ なんかずれてる笑 真珠は嬉しいけど貝は食べられない種族っているからね 食べてるものがもう肉食動物寄りだから弱小じゃないとことかツガイじゃない確率高そう… 接し方もなんでも言い合える友達…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ