34.運命のつがい
今日の予定は川遊びだ。
みんなで森の奥にあるという滝に行って、好きに過ごす予定になっている。
昨日のバーベキューの時に、「明日は川遊びをしましょう?冷たくないお水だから、水着を着て行くといいわ。ユキさんが荷物の中に入れてくれているはずよ」とカメリアに言われて、ナナミーは今朝をとても楽しみにしていた。
ヒヨクに背負われて歩く朝の森はとても爽やかで、木々の間から差し込む柔らかな光や、鳥のさえずりや、新鮮な空気に、素敵な一日が始まる予感がした。
少し肌寒いが、背負ってくれるヒヨクの背中は温かい。
スウッと深呼吸すると、湿った土や苔の匂いと、朝露に濡れた木々の香りに満たされて、「ふぁ〜………」と力が抜けていった。
滝へと続く川沿いの道からは、朝日が反射してキラキラと光る川が見えた。
シャラシャラコポコポと音を立てながら流れる川からは、ふわりと湯気が立ち上がっている。
昨日ヨウが教えてくれたように、今の時期の川の水は、温度調整されて少し温かいのかもしれはない。
一番先頭を歩くヨウの背中から、風に乗ってカメリアの歌が聞こえた。
「ヨ〜ウ、ヨ〜ウ♪ヨウヨッウ〜、ヨウヨッウ〜♪」
―――あの歌は。
ナナミーはハッとする。
あの頭の中を回るメロディは、コフィが昨日の朝歌っていた歌だ。
しばらくすると、ヒヨクの前を歩くレオードの背中からも、風にのってコフィの歌が聞こえてきた。
「ヒョ〜ウ、ヒョ〜ウ♪レオレッオー、レオレッオー♪」
二人の歌声が森の中にこだまして、今日もナナミーの頭の中を回り出す。
ナナミーも知らず「フ〜ン、フ〜ン♪」と鼻歌を歌いながら、ヒヨクの背中から手を伸ばして、朝露に濡れた若葉をプチと取って、なで……と葉っぱでヒヨク髪に撫でつけた。
少しだけ跳ねた髪の部分を、なで……なで……と葉っぱでなでつけながらナナミーも歌う。
「フ〜ン、フ〜ン♪かみかっみ〜、かみかっみ〜♪」
とても気持ちの良い森の朝だった。
「わぁ滝だ!」
ザアアアアアアッと止まることのない大きな水の音と、滝の飛沫と、目に見えないながらも確かに感じるマイナスイオンに、ブワァッと気持ちが膨れ上がり、「マイナスイオーン!」と大きな声で滝に向かって叫んでみる。
飛んでくる飛沫がいい感じの温度だった。
ワンピースを脱いで、下に着ていた水着姿になって、膨らましてくれた浮き輪を掴んで、「浮き輪、浮っき輪〜♪」と浮かれて、川に入っていく。
足をつけた川の水はぬるま湯で、とても気持ちが良かった。
そのままザブザブと川の中に入って行って―――そして流された。
「わぁぁぁ」と叫ぶ間もなく、浮き輪に浮かんだまま急流に乗って、ナナミーは一人滝から離れていく。
遠く離れていくみんなの姿が見えたが、誰もナナミーが流されている事に気がついていないようだった。
『――仕方がない。諦めよう』
流される運命にあらがう事なく、ナナミーはそのまま流されていく。
『もうみんなに会えないかも……』と思うと寂しくなったが、流されながら見える森の景色はとてもキレイだった。
シャラシャラコポコポという水の音と、チチチチチと鳴く鳥の声で心が落ち着いた。
気持ちの良いぬるま湯は、水がとても澄んでいて、たまに見える白い川底の石が気になった。
このまま地の果てまで流されるなら、それはそれで仕方がない。たどり着いた地で暮らしていくしかないだろう。
だけど『これこそが私の望んだ熱帯雨林ライフかもしれない』と思ったら、流される不安も消えていった。
冒険の旅に出ると思うと楽しくなって、「ナッ、ナッ、ナッ、ナッ、ナーマケッモッノー♪」と歌ったら、浮き輪をガシッと掴まれた。
「――あ。ヒヨク様」
「ナナミー、テメェは流されながら呑気に歌ってんじゃねえよ!」
鬼の形相で怒るヒヨクに浮き輪は掴まれていた。
浮き輪を掴んでザブザブと川を遡りながら、ヒヨクはハッと気がついた。
川に入ったはずのナナミーの姿が見えず、「流されたか!」と必死になって追いかけてきたが、よく考えたらこの川は全てが腰までの浅瀬だ。
それに森の中をぐるっと回る、流れる周遊プールでもある。
人を感知して滑り台へと変わる滝は安全だし、あの場所でそのまま待っていればそのうち一周回ってくるだけだった。
焦りすぎてつい冷静さを欠いてしまった。
急に流れに逆らって歩く事が馬鹿馬鹿しくなって、そのまま部下と森を一周流される事にした。
浮き輪の中にいる部下は、ヒヨクの掴んでいる部分が沈んで気になるのか、さりげなく浮き輪を揺らしてヒヨクの手を振り払おうとしている。
「コイツ……」と、助けに来てやった恩も忘れるような部下の仕打ちに苛立つが、よく分からない歌を歌う機嫌の良さそうな部下と流されるのも、悪くはないなと思えた。
「今日も、明日も、明後日も〜♪かーわあっそび、川遊び〜」
歌を聞くともなしに聞きながらヒヨクは考える。
『明日と明後日の予定も川遊びか。――しょうがねえな。休みは明後日までだから、あと二日くらい川遊びに付き合ってやるか。見ておかないと、またどっかへ消えちまうかもしれないしな』
『俺の屋敷の池ももう少し広げて、温水装置を付けてやってもいいかもしれないな』
『俺の森の木にもうろを作るか。後であのうろのサイズを測らないとな』
『しかしコイツの歌は、眠たくなる歌だな……』
ゆらゆらと流されながら、ヒヨクの思考も眠気でゆらゆらと揺れていた。
楽しい連休はあっという間に終わってしまった。
連休最終日にヒヨクの屋敷に戻ったナナミーは、夜寝る前に布団の中でヒヨクを思い出す。
『最初の日にうろに入っていた時以外、ずっとヒヨク様と一緒だったな……』
早朝に屋敷を出て、森の川を一周流れて滝の滑り台を滑る時も、森になっている野菜やフルーツを探す時も、バーベキューをする時も一緒だった。
ナナミーがうろに入ってお昼寝する時は、ヒヨクはナナミーのいる木にもたれて本を読んでいるようだった。
ナナミーがうろから出た隙に、ヒヨクがナナミーのうろに手を突っ込んでゴソゴソ中を調べ出した時は、『うろ泥棒かっ?!』と焦ったが、「隣のうろもなかなか良いうろですよ」と適当に隣の木を指差したら、隣の木を調べ出してくれて安心した、という事件はあったが、それ以外は穏やかな時間だった。
川遊びをする時のヒヨクの水着姿に、少しドキドキしたくらいだ。
川遊びを始めてからの三日間は、ヒヨクは仕事の話をしなかった。
ナナミーを「便利な部下」扱いする事がないヒヨクとの時間は、とても心穏やかな安らげる時間で、ヒヨクの側にいるだけで安心できた。
『一緒にいると気持ちが安らぐのは、世界中でただ一人の人だからかな。
―――だったら、ヒヨク様も私といる時に同じ思いでいてくれたのかな?………そうだといいな』と、ナナミーはウトウトしながら考える。
〈運命のつがいは、世界中でただ一人だけ〉
―――それは誰もが知る明白な事実だ。
ナナミーだってずっとそう思っていた。
ここまでが第一章です。
ここまでお話を読んでくれてありがとうございます。
ひとまずお話の一区切りです。
すみません。少しお休みします。
「えっ、残念」と思ってくれた心優しいあなたに感謝します。
「ふうん」と軽くスルーするあなたに、「そんなつれない返事するなよ。寂しいじゃないか」と未練の言葉を伝えます。
では。あなたの今日が、力を抜いて過ごせる日でありますように。




