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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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33/68

33.森の中のバーベキュー


『鬼畜上司が入り口の前にいる限り、ここから出るもんか!』と、ナナミーはうろの中で誓う。


この休み中にうっかり楽しんでいるところを見られたら、休み明けに鬼畜上司は、「十分休んだだろう?」と言いながら山ほどの書類を渡してくるに違いない。


そんなナマケモノ族としての誇りを捨てた仕事人生などまっぴらごめんだ。


この快適なうろから出るわけにはいかない。

どれだけ干し芋の香りが魅力的でも、釣られたりしない。


そう自分に誓ったナナミーだったが、焼きトウモロコシの香りまでが辺りに漂い出すと、固く誓ったはずの決意はグラリと動いた。


ナナミーのお腹がまたグゥ……と鳴る。


『お腹がすいたな……』とお腹をさすると、お腹の音に気づいたヒヨクが「ここかよ」と入り口の落ち葉をベリッと破いて、ナナミーの両腕を掴んでぐいーっと引っ張り出してしまった。


快適なうろから出されてしまったが、外にはカメリアとコフィも集まっていた。

「ナナミーちゃんのうろも素敵ね」と二人が褒めてくれて、ささくれだった気持ちはスッと落ち着いた。


「ほら早く座れよ」と、ヒヨクに隣の椅子を指差されて座ると、「干し芋焼いてやったぞ」「トウモロコシもあるぞ」とお皿に置いてくれ、香ばしく焼き上がった干し芋とトウモロコシに、鬼畜上司への怒りは霧散した。


カメリアの「さあ食べましょう」という言葉に、早速干し芋にガブリと噛み付くと、外側のカリッとした香ばしさと、中のねっとりと甘みを増した味わいに、ナナミーはカッと目を見開く。


「美味しい」―――そんな陳腐な言葉では言い表せないほどの旨みが凝縮されていた。


「ふぁ〜………」と感嘆のため息しか出ない。

さすがスイポテ社の干し芋。

さすが炭火焼き。

さすが料理人ヒヨク。


モグ……モグ……と食べる炙りたての干し芋は、とろけるような柔らかさで、一枚をあっという間に食べ切った。

普段なら干し芋一枚で満足してしまうところだが、続けて焼きトウモロコシも食べれそうだった。

モシャッ……とトウモロコシにかじりつく。


「甘――――!!!」


なんだコレは。

なんだこの美味しさは……!


時間をかけてじっくり焼いたトウモロコシは、程よく水分が抜けて甘さが凝縮されていた。

美味し過ぎて体が震え、一瞬時が止まってしまったが、また続けてモシャッ……モシャツ……とかじりつく。







いつもより食欲を見せるナナミーを、ヒヨクは満足そうに眺めていた。


『完璧な料理を作り上げた時は、こんなにも気分が良いものだな』と、仕事の達成感とはまた違う、満ち足りた気分だった。


ヨウはカメリアのために肉厚スルメを炙っている。

レオードはコフィのために皮付きバナナを焼いている。


『運命のつがいしか目に入らねえなんて、相変わらず視野の狭い男どもだな。俺のように部下の面倒まで見れるような余裕を持てよ』と、嬉しそうに運命のつがいの世話をする父親と祖父を見て、ヒヨクはハッと鼻で笑ってやった。


ついでに機嫌よく部下に激励の言葉をかけてやる。


「おいナナミー、しっかり食えよ。そのくらい毎日食ってたら、体力も付いて仕事がもっとはかどるぞ」







格別に美味しいごはんを食べている時でも、鬼畜な上司は容赦なく鬼畜な言葉を投げつけてくる。


ナナミーは「ガンバ……モグ……マス……モグ」と、トウモロコシで口をモグモグさせながら、心を込めずに答えてやる。


「美味しいごはんが、仕事のエネルギーなんかになるわけがないだろう?」と言ってやりたかった。


言ってやりたいが言えない言葉を飲みこんで、モシャッとトウモロコシにかじりついてやる。

ついでにモギュッ……モギュッ……と力を込めて、口の中のトウモロコシを噛み締めてやった。








孫が、また運命のつがいに余計なひと言を言っていた。


『自分の手料理を美味そうに食べてもらえたからといって浮かれやがって』と、ヨウは憐れな者を見る目でヒヨクを見つめた。


まだヒヨクは、仕事の話が運命のつがいを怒らせる事に気が付けないようだ。

トウモロコシを見るナナミーの目に、わずかに目力が感じられた。あれはきっとヒヨクの代わりにトウモロコシを睨んでいる。


『バカな男め』とは思うものの、「そんなに急いで食うと喉をつまらせるぞ。ジュースも飲めよ」といそいそと機嫌よく世話を焼く孫のために、ここで祖父として孫に助けの手を差し伸べてやる事にした。


運命のつがいと出会うには、仕事の話題は禁句だと教えてやらねばなるまい。

『俺はなんて孫思いの祖父なんだ』と呆れるばかりだ。


「――ヒヨク。休みの日に仕事の話などするな。他に話題はねえのか、つまんねえ男だな。

だからお前には運命のつがいが名乗り出ねえんだよ。早く運命のつがいを見つけて、この森に毎日遊びに来させてやれよ」


「あ?何言ってんだ?仕事の話を始めたのはじいさんだろ?もう忘れたのか?ボケジジイだな。

それに運命のつがいを見つけたら、こんなわけの分からん森に連れてくるはずがねえだろう?寝言は寝て言えよ」


フンと鼻で笑いながら、孫を思ってかけた言葉をヒヨクはぶった斬ってきた。


「コイツ……!」と湧き上がる怒りにヒヨクを殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、カメリアとコフィとナナミーの手前、ぐっと怒りを押さえ込む。


乱暴なところを見せてはいけない。弱小種族の中でも最弱な彼女達を怯えさせる訳にはいかない。

愛するカメリアに似た、コフィやナナミーにも嫌われたくはない。


「―――そうかよ。まあいいさ」と引いてやる事にした。

そしてナナミーに視線を移し、ヨウはなるべく優しく見えるように微笑んでみせる。


「それよりナナミーさん。この森には、四季に合わせて温度調整している温水の川もあるぞ。川は森の中を一周回ってるんだ。よかったら明日川遊びも楽しむといい。森になっている野菜やフルーツも、どれでも食べ放題だ」


「ヒヨク様のおじいさま――!!この森は本っ当に!素敵な森ですね。私、毎日遊びに来たいくらいです!」


「そうか、そうか。いつでも遊びにおいで。――ヒヨク様のおじいさまなんて、そんな他人行儀な呼び方はいい。俺のことは「おじいちゃん」と呼んでくれ。俺もナナミーちゃんと呼ばせてもらうよ」


「はい!ありがとうございます、ヨウおじいちゃん」



ぱああっと顔を輝かせて笑うナナミーに、優しい微笑みを返しながら、ヨウは『ざまあみろ』とヒヨクを蔑んでやる。



「運命のつがいを見つけたら、こんなわけの分からん森に連れてくるはずがねえだろう」


ヒヨクのその言葉はきっと、運命のつがいが名乗り出てくるのを、さらに遅らせるだろう。


「カメリアの森」と名付けたこの森を、「わけの分からん森」呼ばわりする者に、気づかいを見せた自分が間違いだった。

こんな生意気な孫は当分一人で過ごすといい。



「ボケジジイ」の言葉に反応を見せなかったヨウに、憐れな老人を見る目を向けてきたヒヨクに向かって、ヨウはフンと鼻を鳴らしてやった。



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