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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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32/68

32.炙り干し芋の周りで


バーベキューコンロの炭から出ていた炎が落ち着くと、炭はうっすらと白くなり、食材を焦がさずに美味しく焼き上げる準備は整った。


ヒヨクは「そろそろだな」と網の上に干し芋を並べて、気を引き締める。

最高に美味しそうな香りを引き出すために、慎重に干し芋を炙らなくてはいけない。


ヒヨクは網の上に神経を集中させた。


表面がチリチリと音を立てながら色付き出すと、焼けた干し芋から甘く香ばしい香りが立ち始めた。

干し芋好きならば、強く引き寄せられる香りになるはずだ。


ヒヨクは立ち上がった匂いを、うちわでバッサバッサバッサと周りに広げるように激しくあおいだ。

焦げてくると新しい干し芋を置いて焼き直し、また激しくうちわであおぐ、を繰り返した。




辺りには炙った干し芋の匂いが広がっているはずだが、まだ部下は姿を見せない。


「もっと炙った方がいいのか?――干し芋だけではダメか?次はニンジンを焼くか。――いや、ニンジンよりリンゴの方が香りよく焼けるか?」


ヒヨクは網の上をうちわであおぎながら、次に何を焼けば部下が姿を現すだろうかと考える。




「―――ヒヨク。それだけナナミーさんの事を気にかけながら、本当に彼女をただの部下だって思ってるのか?彼女の存在は、お前にとってそんな軽いもんじゃねえだろう?胸に手を当ててよく考えてみろよ」


苛々とうちわをあおぎ続けるヒヨクに、ヨウは『自分の気持ちに素直になれ』という思いをこめてアドバイスしてやった。


「何だよじいさん。まだナナミーが俺の運命のつがいだって思ってんのか?違うって言ってんだろうが。何度も同じ事言わせんなよ、ボケジジイかよ。

()()()()運命のつがいを見逃すはずがねえだろう?

俺はじいさんや親父みたいに、運命のつがいの側にいながらも、長い間気づけねえような、寝ぼけた野郎じゃねえんだよ」


「間抜けなテメェらと一緒にするなよ」と言い放った後、ヒヨクは言葉を続ける。


「でも……まあそうだな。俺はナナミーの事を、ただの部下とは思ってねえな。確かにそんな軽いもんじゃねえ。

―――そうだなアイツは、()()()使える部下だ。この休みに遊んだ分、連休明けにはもっと働いてもらうつもりの部下なんだよ」


「………」


年寄りの戯言を軽くあしらってやったら、普段は「ボケジジイ」の一言で殴りかかってくるヨウが、言い返してくる事もなく静かになった。


『じいさんも歳とって気弱になったもんだな。俺を恐れて黙っちまったか』


ヒヨクは黙り込んだヨウに、老いた老人を見るような、憐れみの目を向けてやった。









その時ナナミーは、快適なうろの中で夢を見ていた。


夢の中のナナミーは、最強の勇者だ。

長い長い長い剣を使って、遠くから魔王をブスリと刺して、近づく事もなく怖い魔王を倒してやった。


人類の楽園と呼ばれる木のうろを無事奪還して、勇者ナナミーはうろに入りこむ。

――さすが最高峰のうろだ。

勇者ナナミーの体にピッタリフィットした、極上のうろだった。


うろの外では最強種族の同僚達が、勇者ナナミーを頼る仲間達となって、魔王を倒した祝勝の宴の準備を進めていた。


「アニキ!もうすぐバーベキューの準備が整いますから!待っててくださいね!」と、勇者ナナミーの機嫌を取る仲間達に、「おう」とうろの中から片手を上げてやる。


料理人ヒヨクも、勇者ナナミーに干し芋ステーキの焼き加減を問う。


「もっと炙った方がいいのか?」と聞いてくるので、「そうだな。もっと香ばしくしてくれ」と威厳を持って答えてやる。


「次はニンジンを焼くか?いや、ニンジンよりリンゴの方が香りよく焼けるか?」と悩んでいるようなので、頼れる勇者らしく、「どちらも頼む」と答えてやる。



―――そして目が覚めた。


目が覚めたら夢の中と同じように、干し芋が香ばしく焼ける香りがした。目を開けて、スンスンと焼き干し芋の香りを確かめる。


どこかで誰かが干し芋を焼いている。

ナナミーのお腹がグゥ……と鳴った。


『いいな。干し芋食べたいな……』と思っていると、今度はすぐ外で誰かの話し声が聞こえて、ナナミーは耳をすませた。


『この声は……ヒヨク様のおじいさまと、ヒヨク様?』


聞き覚えのある声に、ナナミーは入り口を閉じていた落ち葉の隙間からそうっと外を覗いてみた。



「――まあそうだな。俺はナナミーの事を、ただの部下とは思ってねえな。確かにそんな軽いもんじゃねえ」


すぐ目の前にヒヨクの背中が見えて驚いたら、さらに驚くべき言葉が飛び込んできて、ナナミーの心臓がドクンと跳ねる。


どうせ自分の事を「こき使ってもいい部下」くらいに見ているんだろうと思っていたが、ヒヨクはナナミーを特別な人として意識していたようだ。

ナナミーが運命のつがいだと気がついたのかもしれない。


だからいつもお取り寄せしてくれるのかも。

だから背負ってくれるようになったのかも。

だからヒヨクの分のレアシールもくれたのかも。


いくつもの心当たりに、ナナミーの胸はドキドキとトキメキ出す。


もしヒヨクがナナミーを特別な存在だと認めているなら、ナナミーだっていつまでも意地を張るつもりはない。


『つがいの証を持ってるって伝えなきゃ―』と思った瞬間―――「そうだなアイツは、()()()使える部下だ」と、ヒヨクの言葉が続いた。


鬼畜な上司が、「連休明けにはもっと働いてもらうつもりだ」と、ナナミーのいないところでも鬼畜な言葉を言い放っていた。


ふと連休前にも散々しごかれた事を思い出す。


………トキメキ始めた気持ちは秒で冷めた。


ナナミーは浮かれかけた少し前の自分に、「バカ者がっ!」と喝を入れてやる。


あんな鬼畜上司に運命の()()なんているはずがない。


『お前の運命のつがいは、仕事だ。一生仕事と付き合えばいい』とナナミーは心の中で激しく罵ってやった。










ヒヨクが傲慢な言葉を放つ中―――「今何かが動いた」とヨウは、ヒヨクの背後に鋭く目を走らせた。

ヒヨクの真後ろに立つ木の幹の一部が、わずかに動いた気がしたからだ。


目を凝らして木を眺めると、落ち葉が幹の一部に擬態していた。


『あれは……』と落ち葉に注視していると、隙間からこっちを見つめるナナミーの片目が見えた。



いつもならば、ヒヨクの「ボケジジイ」という言葉を見逃す事はなく、ヒヨクを殴り倒しているところだが、ここは大人しく引く事にした。


今暴れてはナナミーに見られてしまう。最弱のナナミーに乱暴者だと思われて、嫌われてしまうかもしれない。


―――愛するカメリアによく似た、孫のように思えるあの子に嫌われたくはない。


それにヨウがわざわざヒヨクに制裁を下すまでもない。


落ち葉の隙間から片目しか見えないが、見えるナナミーの目が暗い。


「働けってばかり言うヨウなんて、一生独り身でいればいいって、ずっと思ってたの」と、昔話をする時のカメリアと同じ目だ。

あの目はきっとヒヨクを睨んでいる。


『バカな男め。俺をボケジジイ呼ばわりするヤツは、運命のつがいに罵られておけ』とヨウは、網の上の干し芋に気を取られている孫を、ハッと鼻で笑ってやった。


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