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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第一章

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30.ヒヨクの祖母カメリア


静かになった空気を断ち切るように、明るい声が部屋に響いた。


「さあさあみなさん、お疲れでしょう?シロ特製のジュースをお持ちしましたよ。

ナナミーさん、はじめまして。私はカメリア様付きのシロと申します。ユキがいつもお世話になってます」



ジュースをカートに乗せて運んできた優しそうなおばあちゃんが、ナナミーに挨拶をしてくれた。


ナナミーは、ユキの祖母がヒヨクの祖母に仕えている事を、ユキから聞いて知っている。

優しく微笑む目元がユキに似ていて、ナナミーは一目で「この人がユキお姉さんのおばあさまだ」と気がついた。


シロが「さあさあみなさん、お席についてくださいね」と皆をソファーに促して、ナナミーとヒヨクも隣同士の席に案内してから、「さあ召し上がれ」とそれぞれの前にジュースを置いてくれた。


コトリとジュースがナナミーの目の前に置かれると、ふわりとジュースが香りたつ。


初めてかぐ上品な香りに誘われるように、グラスに口をつけると、ゴクリと飲んだジュースが口の中で甘くとろけて、まったりと広がる芳醇な香りが鼻へ抜けていった。


「わぁ〜………!」

「わぁ〜………!」

「わぁ〜………!」


ナナミーとコフィとカメリアの声が重なる。

みんなもこの香り高い濃厚な味わいに酔いしれているようだ。


うっとりとする三人に、「一番おいしい瞬間を逃さず搾った、完熟ラフランスのジュースです。屋敷の庭園製なんですよ」とシロが教えてくれた。


「これがラフランス……!!美味しい……!!」


ナナミーが初めての味に震えると、「ナナミー様も気に入ってくれたようですね」とシロがニッコリと笑い、「はい、これはみなさんに。この庭園製ラフランスに貼っていたシールですよ」と全員の前にシールを一枚ずつ置いてくれた。





配られたシールは、「カメリアの森」と印字されたオシャレなシールだった。庭園で採れるフルーツに貼られるレアなシールのようだ。


ナナミーはいそいそとカバンからシール帳を取り出して、並んだシールの一番最後に、新しいシールをペタリと貼り付ける。


新しく加わったレアなシールに鼻を近づけて、スンと匂いをかぐと、シールからはふわ……っと体が軽くなる香りがした。

―――ラフランスの幸せな香りだ。

スンスンスンスンと香りをかいでしまう。




「シロ、俺はシールは要らねえっていつも言ってんだろ。―――おい、これも貼っとけよ」


ヒヨクが罰当たりな事を言いながら、ヒヨクの分のシールをナナミーにくれた。


『レアシールの価値も分からない男め』と呆れながらも、「わ〜……」と喜びの声が出てしまい、ありがたく受け取っておく。

受け取ったシールは、さっき貼ったばかりのシールの隣にペタリと貼り付けてやった。


レアシールが二枚になった。


ナナミーは機嫌よく、貼ったばかりのシールの香りをもう一度スンスンとかいでおく。







〈仲良きつがいは美しきかな〉


有名な小説家の名言を思い出し、『本当にそうね』とシロは深く頷く。


シロの前でアザ持ちの男達が、それぞれの運命のつがいに自分の分のシールをプレゼントしていた。

子供の頃からシールに見向きもしなかったヒヨクも、口では生意気な事を言いながら、のんびりしたお嬢さんにシールを渡している。


ヒヨクはまだ運命のつがいの存在に気がついていないようだが、父や祖父のようにつがいを大切にしているようだ。


『小さな頃から、あんなにとんがっていた坊ちゃまが……』と、シロは目頭を熱くさせた。


プロフェッショナルな運命のつがい付き使用人のシロは、アザ持ちの男達にもシールを配って、今日も素晴らしい仕事ぶりを見せていた。







ナナミーがゆっくりと味わいながらジュースを飲んでいると、カメリアに声をかけられた。


「ねえナナミーさん。後でコフィちゃんと三人で、木の()()を見に行ってみない?

うちの森は、うろがある木が多いの。もし気に入ったうろがあったら、ナナミーさんのお部屋にするといいわ」


「うろの部屋……!素敵……!ヒヨク様のおばあさま、私うろに入るのって初めてなんです。

私の住んでいた森にも木のうろはあったけど、遠くから見てる事しか出来なかったから、すごく楽しみです!」


木のうろはナナミーの憧れの部屋だ。

うろを見かける度に、『安全な木の中にすっぽりと収まれる幸せって、どれほどのものだろう。いつか入ってみたい』とずっと思っていた。


だけど木のうろなんて滅多にないし、良いうろがあったとしても、すぐに埋まってしまう。


うろは競争率が高いのだ。

弱肉強食の世界で、ナナミーはうろに近づく事もできない存在だ。森の中でも、ナナミーはただ遠くから「いいなぁ 」と、うろの住人を眺める事しか出来なかった。


それが自分の部屋に出来るなんて……!!!



ナナミーは興奮で目を輝かせて―――そして興奮のあまりに、うっかり余計なことを話してしまった事に気づいて、カアッと顔を赤くした。


木のうろに住みたがる者は弱い者が多い。

木のうろに憧れながらも、遠くから見る事しか出来なかったなんて話は、弱小種族の中でも最弱だと告げているようなものだ。

弱いナマケモノ族の中でも、さらに弱い者だと思われてしまう。





「――分かるわナナミーちゃん。私も昔ね、森に住んでいた時に木のうろを見つけた事があるの。だけど意地悪なコアラ族の男の子に、「お肉も食べられないくせにうろに入るなよ」って、横取りされて泣いた事があるもの」


ナナミーが自分の言葉に真っ赤になったまま動けないでいると、コフィがナナミーの気持ちを分かってくれた。


「――分かるわナナミーさん。私も若い頃、池の近くに住んでいた時に素敵な木のうろを見つけた事があるもの。だけど意地の悪いカメ族の女の子に「イカの踊り食いも出来ない、スルメしか食べられない子に木のうろは贅沢よ」って横取りされて、泣いたものだわ」


「コフィお母さん、ヒヨク様のおばあさま――!」


カメリアもナナミーの気持ちを分かってくれた。

ナナミーも誰にも話せなかった昔話を、二人に打ち明ける。二人ならきっと、ナナミーの感じた悔しさを分かってくれるはず。


「実は私も一度だけ、木のうろを見つけた事があるんです。でも私もナマケモノ族のすっごく意地悪な男の子に、「ウインナーも食べれないヤツが、木のうろに入る資格なんてないだろ。あっち行けよ」って横取りされたんです。私も何日も泣きました」


「まあ!なんてひどい子!」


「本当ね。いつの時代にも意地悪な子はいるものね。

ねえナナミーさん、「ヒヨク様のおばあさま」なんて呼び方はよして。「カメリアおばあちゃん」って呼んでくれたら嬉しいわ。

私も「ナナミーちゃん」って呼んでいいかしら?」


「もちろんです!カメリアおばあちゃん」



―――よく似た三人の女子は世代を超えて、すっかり打ち解けて仲良くなった。







昔話に花を咲かせる弱小種族の女子達を、アザ持ちの男達が見ていた。


信じられないほどの弱小エピソードに、ヨウもレオードも、『俺が守らなくては』とさらに妻への想いを強くする。


ヒヨクは『俺の部下はどんだけ弱いヤツなんだよ』と呆れながらも、うろを横取りしたというナマケモノ族の男に苛つき、『誰だソイツ。まだそのうろに住んでるなら、使える部下のために今度そのうろを潰してやるか」と、ヒョウ族らしく物騒な事を考えていた。


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