03.つがい疑惑
「ベアゴーとナナミーって仲良いよな。二人は付き合ってるのか?」
休憩中に、差し入れの干し肉を齧りながら、ゴリラ族のゴルゴに尋ねられた。
もぐ……もぐ……と、一人だけ持参した干し芋を齧っていたナナミーは、口の中の干し芋を飲み込んでから、ゴルゴの問いに顔を上げた。
「付き合ってないわよ」
「それだけはないよ」
ナナミーとベアゴーの返事が重なる。
―――待て。
それだけとはなんだ。
ナナミーだけは範疇外だと言うのか。
ナナミーは素早く立ち上がり、ベアゴーに近づき鋭い鉄拳をくらわせてやった。
「――!!!!」
鉄拳をくらわせた右手に衝撃が走る。
激痛で声も出なかった。
ビリビリと痺れる右手を、左手で庇いうずくまる。
うずくまってシクシクと泣くナナミーを見て、ゴルゴが呆れ声を出した。
「ナナミーって本当に最弱種族だよな。今ので素早く動いたつもりなんだろ?スローすぎて避ける気も起きねーよな」
ベアゴーが、一応慰めの言葉らしき事を言う。
「でもナナミーちゃん、弱小種族の中ではこのヘタレ具合が可愛いって人気らしいよ」
「弱小種族にヘタレって言われるって、どんだけ弱い奴なんだよ。終わってんな。
――待てよ。こんだけ弱い奴がこの部署にいるなんて、改めて考えるとなんかおかしくねえか?……まさか誰かの運命が動いてるのか?
もしかしたらこいつ、誰かのつがいなんじゃねえか?この部署、アザ持ちの関係者もよく来るし」
うずくまりながらナナミーはギクリとする。
ゴルゴの野郎が余計な事を言い出した。
「このゴリラ野郎め!」と、ナナミーは心の中で激しく罵ってやる。
「言われてみればそうだよね。ナナミーちゃんの力の弱さ、半端ないもんね。いつも石鹸の匂いくらいしかしないし、匂いも弱すぎるよね。つがいがいてもおかしくないかも」
ベアゴーまでも余計な推測をし出した。
「この裏切りベアゴー号め!」と、ベアゴーも心の中で罵ってやる。
つがいの話題に、カバ族のカラクが反応した。
「ナナミー、お前どっかにアザ持ってんのか?俺の兄貴のつがいが名乗り出てないが、まさかお前じゃねぇだろうな?」
「違うよ!」
すかさず否定する。
ナナミーはアザ持ちだが、カバ模様ではない。
――いや、ダメだ。否定するところはこれだけでは足りない。
アザを隠し持ってるつがい持ちだなんて疑われたら、危険しかない。
ここは強さをアピールして、つがいなどに選ばれる者ではないと、弱さを全否定するべきだろう。
ナナミーは、いかに自分が優れたナマケモノ族かをアピールする事にした。
「みんな私の事を誤解してるみたいだから、話しちゃうけど。自慢話になっちゃうけどごめんね?
実は私、ナマケモノ族の中で一番強いんだよ。ナマケモノ族スポーツ大会で、去年も優勝してるんだ。マラソン競技も水泳競技も一位なんだよ?」
証拠として、ポーチに入れていた何枚もの優勝メダルを見せてやる。
ピカピカ光るメダルは、スポーツ大会の開催年度とナマケモノ像が彫刻されている。
こういう時のために使おうと思って、いつでも持ち歩いているメダルだった。
最初は胡散臭そうに優勝メダルを見ていたカラクが、色々な角度からメダルを検証して、諦めたように納得した。
「……どれも本物みたいだな。俺、ナナミーほど弱い奴はいねえって思ってたけど、下には下がいるもんだな。
しっかし、ナマケモノ族にもスポーツ大会なんてあるんだな。これ、何人くらいが参加したんだ?」
「参加希望者は100人以上いるよ」
胸を張って答えてやる。
ナマケモノ族スポーツ大会は、年に一度の大きな大会だ。参加を希望する者はかなり多い。
「参加希望者?実際の参加人数は何人なんだよ」
カラクが痛いところをつっこんできた。
ナマケモノ族スポーツ大会は、確かに大きな大会だ。
普段スポーツをする事がないナマケモノだって、「今年は参加しようかな?」と参加表明する者は多い。
だけど実際にスポーツ大会日を迎えると、面倒になって誰も競技場に集まる事さえしない。
実にナマケモノらしい大会だった。
ナナミーだって競技場に行く事さえ面倒だと思っているし、実際に競技をしなければならなくなったら、その時点で棄権するだろう。
不戦勝で優勝できると読んだから、――そしてこういう時に強者を名乗る事が出来るから参加しているだけだ。
そこをつっこんでくるとは。
『このカバ野郎め!』とナナミーは、心の中で激しく罵ってやる。
「おい!お前らいつまで遊んでんだ?!差し入れ食ったなら、とっとと仕事に戻れ!」
ナナミーが言葉に詰まっていると、そこにヒヨクの怒声が部屋に響いた。
『救・世・主!!!』
さすが鬼畜な上司だ。
「休憩は10分以上は認めない」という姿勢を、今日も貫いていた。
『助かった……』とホッとしてから、ふと思う。
もしかして、だが。
もしかしてヒヨクは、運命のつがいのピンチに気づいてくれたのかもしれない。
ヒヨクはナナミーがつがいだと気が付いてはいないようだが、本能的に「他の者の運命のつがい」だと疑われる事を不快に思ってくれたのかも……。
いつもは微塵も感じた事がない、ヒヨクの優しさが感じられた。
気のせいかもしれないが、ただの偶然とは思えなかった。
気分が上がったナナミーは、手元の書類をいつもより集中して素早く仕上げ、ヒヨクの元へ持って行った。
少しでもヒヨクの役に立ちたいと、認められたいと思ったからだ。
にこやかに書類を提出するナナミーに、ヒヨクが顔も上げずに言い放つ。
「ナナミー。お前の書類、干し芋くせえんだよ。手ェ洗ってから仕事しろ。……チッ、本当くせえな。なんで干し芋なんだよ」
はあとため息をついて、さらに言葉を重ねてきた。
「まあ仕事は早いな。おいナナミー。その隣の棚に置いた書類もついでに訳してくれ。その調子なら、少し残業すれば今日中に仕上がるだろう?さっさと取りかかれ」
ヒヨクの言葉にスッと心が冷える。
何がつがいだ。
何が運命だ。
何がつがいのピンチを助けてくれた、だ。
そんなおとぎ話が現実にあるはずがないだろう?
ナナミーは「ふざけた事を考えるな」と、少し前の自分に言ってやりたかった。
こんな優しさや気遣いのカケラもないような男がつがいだなんて、私は認めない。
こんな男は、生涯独身で孤独に生きるべきなのだ。
『絶対に!永遠に!こんな野郎のつがいだって名乗り出てやるものか!』
ナナミーは今日も心の中で固く誓った。